第10話 010 第二話03



 孫堅そんけんの到来に朱儁しゅしゅんは大変喜び、城の南門を孫堅に、北門を玄徳げんとくに、自らは西門を攻撃し、賊徒は東門から逃走し始めた。

 孫堅は自ら先立ち城壁を昇り、賊二十人を斬り伏せると賊衆は逃げまどった。

 趙弘が自ら馬に乗り孫堅を弓で狙うが、孫堅は上より飛びかかり趙弘の槍を奪って刺し殺し、その馬に乗り賊達を殺して回った。

 玄徳は北門で賊を率いた孫仲を迎え撃つが、戦意を失った孫仲は逃走し、玄徳が弓を放つと孫仲を射抜き落馬した。

 朱儁の軍が続いて殺到し、斬った首は数万に昇り、降った者は数え切れなかった。

 南陽方面十数郡はみな平定された。


 朱儁達は都に戻り、車騎しゃき将軍・河南尹かなんいんに封じられた朱儁は孫堅と劉備の功績を上奏した。

 孫堅には別郡司馬叙勲の報せがあり、これを受け去って行った。

 玄徳だけ一向に音沙汰無く、ただ時だけが過ぎていった。


 鬱々とする玄徳ら三人が街を散策していると郎中ろうちゅうである張鈞ちょうきんの車が通った。

 玄徳が張鈞に己の功績を訴え出ると、驚いた張鈞は翌日、帝と謁見して述べた。


「ちょっと前の黄巾の乱ってさー、ぶっちゃけ十常侍じゅうじょうじの汚職・縁故・忖度が原因なわけでさ。あいつら皆ぶっ殺して都の南門に首を掲げてちゃんと功労者を褒賞すれば、そりゃもう天下泰平よ」


 対して十常侍曰く。


「ウソ乙。」


 そして帝は張鈞を投獄してしまった。

 その夜、十常侍は共議する。


「やっべー、これぜってー黄巾で功をあげた奴放っといたからだわ。めっちゃ恨んでやがる。取り合えずちょっと褒賞しといて、それから…でも遅くはなかろう」


 そして玄徳は定州の中山府、安喜あんき県尉けんいを受け、着任することとなった。

 義勇軍は解散し、残った二人の義弟と二十人余りで安喜県に到着した。

 着任して一月余り、民は皆、清廉な玄徳の徳に服した。


 関羽、張飛とは着任以来寝食を共にし、玄徳が仕事する時は二人は横に立って侍り、終日休む事は無かった。


 着任四ヵ月もせぬうち、軍功で地位を得た者を調査する詔が朝廷より下り、玄徳も疑われる事となった。

 玄徳は査察に来た督郵とくゆうに挨拶して迎えたが、督郵は馬上で鞭でもって玄徳を指すだけで返礼しなかったので関羽と張飛はかなり怒った。

 宿舎に至り、督郵は南面に座り、玄徳は下座で立ったまま待たされ、暫くしてようやく、


「玄徳殿ォ、お前どこ出身チューよォ?」


 と尋ねてきたため、玄徳は答える。


「涿郡は中山靖王の系譜だが?黄巾倒しまくってほんのちょっと功を為し、今の職を得たのだ」


 すると督郵超キレて、


「皇族名乗るとかウソ乙!功績もウソっぱちだろ!今調査してんのはな、そういう汚職野郎を調査してんだよぉ!覚悟しとけ!」


 玄徳はただ「お、おぅ…」と呟き帰って行った。


 県舎に戻り部下の役人と相談すると、


 「アイツただ賄賂要求してるだけッスよ?」


 「はー?私も民衆も潔白だが?故に渡す金など無いが??」


 と困ってしまった。


 次の日、督郵はまず役人を呼び出し、玄徳が民を害したと告発するよう命じた。

 玄徳は何度も許しを請いに出向くが、門番に阻まれてしまった。


 さて、張飛は数杯の酒を飲み、宿舎の前を馬で通りかかると、五、六十人の老人が門の前で泣いていた。

 張飛が理由を聞けば老人達は答える。


「督郵が役人を捕まえ劉備殿を陥れようとしてるのです!私達が訴えても、聞くどころか門番に殴られてしまった!」


 張飛は目を見開き、歯を噛み締め怒り狂って馬を飛び降り、宿舎に押し入った。

 奥に入り込み、縛りつけた役人が地に伏し、その前に座る督郵を見るなり叫ぶ。


「はいドーン!民を傷つけましたね!?私が誰だかわかるかこの野郎っ!そうです私が絶対ぬっ殺すマシーン!!」


 督郵が口を開く前に張飛はその頭髪を掴み、そのまま外の馬柱に括りつけ柳の枝で鞭打ち、折れること十数本!


 一方玄徳が思い悩んでいた所、宿舎の前の騒ぎを聞きつけ、左右に問うと、


「張将軍がかなりハッスルしてるんです」


 玄徳は急いで駆け付け見ると、ハッスルされるはまさに督郵その人であった。

 驚いて張飛に聞けば、


「コイツは民を傷つけました!大丈夫、今日のボクはぬっ殺しまではしないマシーン!!」


「玄徳殿ぉ助けてくれぇ…」


 玄徳はだいたい常にめっちゃイイ人なので、督郵に請われて張飛を止めた。


 近くに居た関羽が来て、玄徳に告げる。


「兄者は多大なる功を成したに関わらず県尉止まり、却ってこのような者に侮辱されています。棘のやぶ鸞鳳らんほうの棲む所ではございません。このような者は殺すまでもなく…官を辞して郷里に帰りましょう。大志は別の形で成せば良いのです」


 玄徳は印綬を取り出し督郵の首に掛けて言った。


「お前は民を害したので本来ぬっ殺す所だが、今日の所は許す。印綬も還す、さらばだ」


 督郵が帰って定州太守に伝えると、太守は政府に三人の捕縛を求めた。

 玄徳らは代州の劉恢りゅうかいの元へ赴くと、劉恢は玄徳が皇孫であると見て何も言わずに匿った。



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用語解説


※玄徳が弓を放つと孫仲を射抜き

 恐らく活躍の場を無理に増やした結果、演義において劉備は

 しょっちゅう敵を射抜く弓の達人となってしまっている。


※郎中(ろうちゅう)

 秦の時代から続く官職。元は護衛兵だったが時代が降ると文官

 となり、清の時代まで続いた。


※督郵

 郡への査察官。一般名詞の職名であり個人の名詞ではない。


※県尉

 警察業務を行う地方官。今でいう県警。


※南面

 天子が南に面して座ること。転じて天子の位につくこと。上座。


※「私も民衆も潔白だが?」

 賄賂が横行し上が下から搾り取るのが当たり前の時代。


※「そうです私が絶対ぬっ殺すマシーン!!」

 しつこいようだが前半の張飛はだいたい常にこんな感じ。


※馬柱

 馬樁、馬を繋ぎ止めるための柱。


※鸞鳳(らんぽう・らんほう)

 鸞鳥と鳳凰、神鳥。君子、英才のたとえ。


※印綬

 朝廷より支給されたハンコ。官吏である事の証。

 卑弥呼の金印がこれで、材質が金だとかなり上位。

 天子は翡翠。


※留匿在家不題。

 当時の大陸では同氏族で助け合う習慣が存在した。

 えーと、なんだったっけ?ド忘れしてしまった。

 なんて言ったっけ、この風習…。


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