"The missions to expel GAHHA" episode4 part6
またも少しばかり時間を戻して、およそ二十分ほど前。
奇構獣の頭が落ちた瞬間を目撃したインターセプターパイロット達の反応は、ほとんどパニックそのものであった。
「なんじゃあ、ありゃあっ?」
『ちょ……ど、どういうこと!?』
『え? マジかよあれ。護荘君、何やったんだっ?』
「いや、俺は何も……ただ、リノ先輩が……えーと、なんだったんだ、あれ?」
これまでに官製邀撃機がGAHHAの怪獣を撃破できた例はない。「追い払った」と評価できる形にすらなかなかなることはなく、それとて、十分暴れ回って満足した奇構獣の背中に一発二発ぶちこんで、「みごと、インターセプターが怪獣を駆逐した」との体裁を無理やり取り繕ったパターンがほとんどである。
それが、いっぺんに機体破壊にまで成功したのだ。それも、派手な攻撃兵装を一切用いずに。興奮しきった三人が「すげー、すげー」みたいな中身のない会話にしばらく夢中だったのも無理はないのだった。
とは言え、立場が立場である。そのまま機体をほっぽって状況確認に出向くわけにもいかないし、じきに戦闘終了が宣言されて、町の営みも再開されるだろう。大慈はいったん公園の中心部へキューボウを戻し、覚元、県タロスと居並ぶ形で、正式な帰投命令が入るのを待った。
五分が経ち、十分が過ぎた。三機のインターセプターは、展示会の客寄せバルーンみたいになおも突っ立ったままだ。
すでにケータイの三者会話は切っている。じりじりしながら本部からの連絡を待っていた大慈は、通信ランプがようやっと明滅したのを目にして、ほうっと安堵の息をついた。
が、連絡内容は帰投命令ではなかった。
「え、このま待機? マジっすか?」
『うん、俺もよくはわかんねぇんだが……とにかくそうしろってぇ、上からの指示だ』
「上って……」
『市庁舎の事務屋どもよ』
通信に出たのは、出かけにも会話をかわした事業本部長ご本人である。現場組トップであるにも関わらず、本部長の権限はあくまで現場の指揮であるため、哨戒・対外折衝や日頃のデスクワークは市庁舎の事務局が請け負っている。離れ所帯の別組織だけに方針を巡っての軋轢も多く、本部長の口ぶりにもトゲがあった。
『一応、さっき倒した怪獣の残骸処理とかに、邀撃機の労働力が必要になるかも知れねえからってこと言ってんだが……どうも上の奴ら、本命はそこじゃねえみてぇだな』
「と言いますと?」
『おめぇも見てただろ。奇構獣を一発でボロボロにしやがった、謎の秘密兵器をよ』
言われて、思わず黙り込む。確かに異様と言えば異様な幕切れだった。が、大慈本人は、明日にはそれなりに筋の通った説明が明らかになるのだろうと、妙に楽観的な気分でいた。なんと言っても、張本人がリノだったのと言うのが大きい。怪獣を単身でやっつけたのも、あの人ならあり得るかな、みたいな……。
『上の奴ら、どうもあの秘密兵器に頭を全部持っていかれちまってるみてぇでな。まあ無理もねえんだが』
「はあ」
大慈の間の抜けた返事に、少し間を置いてからふっと笑うと、本部長は大慈に言い聞かせるように、
『ま、そういうわけだから、もしかしたら上からおかしな命令とか降ってくるかも知れねぇが……おめぇはおめぇの判断で仕事すればいいさ。何かあった時は俺が全部責任持つ』
「は……はいっ、了解っす!」
何が了解なんだか実は全然分かってないのだが、雰囲気にのまれるまま、大慈は威勢よく返事をした。
なんだか変な気配に気づいたのは、通信終了とほぼ同時だった。フロントガラスの先を見た大慈は、あっけにとられた。右手から、覚元が片膝をついた姿勢で、キューボウのボディすれすれにまで身を寄せている。胸部中央にあるコクピットカプセルにまではほとんど手が届きそうなぐらいで、ニヤニヤ笑いの仁の顔まではっきり見える。その反対側では、県タロスもほとんど前半身をくっつけるぐらいにまですり寄ってきていた。腹のあたりにあるキャノピーが開いてて、シートから立ち上がった環那とは、やはり楽に声が届く距離だ。
「なんすか?」
とりあえず、こちらも横のドアを開けて、声が聞こえる状態にする。
「護荘君、そっちも待機だろ?」
「え、まあ、そうっすけど」
「なんだか妙なことになってきたね〜」
「ああ、そうだな」
謎の秘密兵器がどうとかいう話だろうか? 知ったかぶりだけ通しておいた。
「ってゆーか、環那のその格好、何?」
「あっ、ちょ、こ、これは……あんまり見ないでくれる?」
「いや、そりゃどうでもいいけど、いったい何の用?」
「ああ。少し情報交換しておこうと思ってさ。どうも、鷹東司君のやらかしたことが、あちこちで尾を引いてるみたいだし」
「あんた、近くで見たんでしょ? そんなにすごい兵器だったのかな?」
どうも、それぞれの防衛機関の思惑を抱えての腹の探り合いと言うよりは、ただの世間話的なものらしい。どのみち大したことを知ってるわけでもないので、大慈は記憶のままを語った。
「いや、だから、見た範囲では兵器とかそんなもんでは……」
「え、じゃあ何か化学薬品とかだったの?」
「液体じゃなかったと思うんだが。薬品と言うよりは、むしろ――」
「「むしろ?」」
「粉末……というか、砂みたいなものに見えた、かな?」
「……なるほど」
片手を顎に当てながら、仁が考え深そうに頷いた。
「そういう形態であれば、僕らのどのメカでも運用のアドバンテージは変わらないか。その素材を手に入れるのがどこの部局でも、手に入れたもん勝ちということだね」
「――結局そういうことを確認したかっただけなんすか」
苦々しげに毒づく大慈に、爽やかなぐらい罪のない笑顔で仁が答えた。
「別に君らを出し抜こうってわけじゃない。道が残されてるんなら、その新型兵器とかいうもの、国と県と市で共同運用するってことにしてもいいけど?」
「そこまで平和的に折り合えればいいけどね」
皮肉っぽく環那が言い添える。思わず大慈が反論しようと口を開いた、その時。
操縦席の近くで、誰かが大慈を呼ぶ声が上がった。
一応、まだ警戒態勢中である。外を出歩いている市民は表向きいないはずだが、勝手に自主解除した野次馬が現れてもおかしくはない。加えて、キューボウは比較的安作りな構造だけに、大型ダンプか何かに乗り込むとの同じ気安さで操縦席まで上がれてしまうのだ。
舌打ちした大慈が、近づいてきた人影に警告しようと慌てて下を見た。人物はすぐ間近にまでタラップを上り詰めている。
「ちょっとそこのパイロットさん、今すぐ力貸して! 緊急事態!」
なんだかやたら聞き覚えのある声だ。え?と大慈が目を瞠ると、果たして今日の午後にも顔を合わせたばかりの人物だった。
「せ、関本さん?」
泡を食って身を退きかけた大慈の腕を、「左反田」青果部門チーフの関本はガシッとつかんだ。
「なななな、何事っすか!?」
大慈を睨みつける関本の目は、いつになく強い眼光を放っている。
「護荘君。あんた、自分の女のピンチを見て見ぬふりするような、性根の腐った男なんかじゃないよね?」
「……はぁっ!?」
「それは許せねえっすっ!」
叫んだ大慈が即座にシートに座り直してパワーレバーに手をかける。環那が慌てて自分の操縦ユニットから身を乗り出して手を振った。
「ちょっとあんた、何するつもりよ!」
「もちろん『左反田』行くに決まってんだろーが!」
「正気!? インターセプターで生身の人間脅すなんて――」
「つべこべ言ってんじゃねーっ。人と世の中を守るのが俺たちの仕事だろーがよ!」
(変な展開になってきた)
揉める二人を前に、仁は一人考え込んでいた。「左反田」の顔なじみのおばちゃんが、大慈を邀撃機パイロットだと見抜いていたのは、まあいい。芋づる式に環那と自分の素性を知られたのも、いいとしよう(どうせネットの裏情報では、全国のパイロットの個人情報など、とっくに暴かれているのだ)。が、「左反田」に押し掛けてきた職員たちというのは? この場合、自分はどう動くのか得策だろうか?
「小鯛さんもお願いします」
気がついたら、キューボウの操縦室の横から、関本が仁にも切実な視線を向けている。
「国家公務員が、理不尽な目に遭っている国民を見捨てるなんてこと、あり得ませんよね?」
「それはもちろんです」
「ちょっと、オダジン!」
一種の条件反射で即答してしまった仁に環那が噛み付く。慌てて仁が、スキル「官僚的答弁」を発動した。
「しかし、我々には遵守しなければならないルールというものがありまして、拙速に物事を運ぶわけには」
「つまり、見捨てるということですね?」
「あ、いや、決して、そんなわけでは」
「どっちなんですかっ?」
官僚式の会話術は官僚にしか通用しない。もちろん仁だってそれぐらいのことは分かっているが、本来邀撃機パイロットが民間人と直接話をすることなど、まずないはずなのだ。
(うーむ、困った)
こうなったら、スキル「その場しのぎ」を発動させるか――と、さっそく当座の行動をシミュレーションしていると。
「あれ? ちょっと、操縦席で何か鳴ってない?」
環那が大慈の背後を指さした。何かのシグナル音が聞こえていた。どうやら着信通知らしい。
「キューボウ、緑町公園っす」
気を取り直して大慈が応答する。無線相手は市防の本部らしい。仁達に聞かれても差し支えないと判断したのだろうか、会話はダダ漏れだ。
「何か起きたんすか?」
『おう、実は、その先のスーパーでバカどもが暴れてカタギの衆に迷惑かけてるってぇ話だ』
大慈がちらりとその場の三人を見回し、通信に戻った。
「聞いてるっす。ってか、今その話聞いたところっす」
『さっきの戦闘で、確かに俺たちゃあいいとこなしだったが、だからって怪獣やっつけたカタギに辛く当たるってのは、筋違いだ』
「当然っす」
『……ふん、行くのか?』
「行きます。ここで行かなきゃ、なんのための防衛軍っすか?」
『おし、思う存分暴れてこい!』
「あざーっす!」
えええええ? という顔で、環那が口元に手を当てた。大慈はもはや迷いのない顔で、関本へ手で指し示しながら、
「県タロスに移ってください。あれには予備シートがありますから」
「え? え?」
戸惑う関本の前に、器用な動きでキューボウのショベルアームを差し出し、県タロスへの移動の足場を作ってやる。民間人をインターセプターに入れることも含めて、何から何まで運用規定違反だが、環那の方は気圧されたようで何も言わない。
「じゃ、俺は行くから!」
そう短く告げると、キューボウはディーゼルの唸りを上げるやいなや、轟然と発進した。
こうなると、もう仁としては腹をくくるしかない。
「仕方ない。僕らも行くか」
「え、マジで!? オダジンまでどうしたの!?」
「まあ、ありがとうございます。さすがは中央のお役人さんは違いますわねっ」
目を丸くする環那と、してやったりと微笑む関本。仁としても、こういう流れは不本意だ。だが、ここは行くのが正解だ、と彼の第六感が告げていた。
(ま、いざとなったら護荘君と市防に責任丸投げできるし)
などという、こすい計算があったというのが、実は大きかったりするのであった。
『なあに悪さしてんだぁ、この罰当たりどもがぁ!』
というわけで、およそ五分後、三機のインターセプターは「左反田」の駐車場でスピーカーの咆哮も猛々しく、気勢を上げていた。
自身の手の内にあると思っていた邀撃機が揃って反乱を起こしたもんだから、市・県・国の役人達は、もう上を下への大騒ぎである。
「いや、『というわけで』じゃなくてさあ」
額を抑えながら、県タロスの操縦席で環那が一人ぼやいていた。今しも、上級公務員たちを「罰当たりども」呼ばわりした同乗者へ非難混じりの視線を見せつつ、自分はもう知らん、と言いたげだ。
「なんでこんな展開になるかなー。私たち、ついてきただけだよね? あくまで中立の立場だよね?」
「うん、ゴメンねー。こういう高いところからだと、役人がついゴミのように見えて」
妙に操縦席になじんだ様子で、補助シートの関本がぺろっと舌を出した。マジメ一筋のスーパー幹部店員を装いながら、どうもこの人は奥が知れないところがある。
「でもマネージャーがなんだかひどい目に遭ってたみたいだし、これはこれで正解よね?」
「……関本さん、勢いに任せて暴走するのはいいんですけど、止まり方分かってます?」
「ええ? まあ何とかなるんじゃない? 勝てば官軍なんでしょ?」
屈託のない笑顔でろくでもないことを言うスーパー店員に、環那はそっとため息をついた。関本はなおも実直そうなおばちゃんの顔で、マイクを手に取ると、
「おらおら、悪人どもぉっ! 全員おとなしくその場になおりやがれ! おかしな真似しやがったら、この場で吹っ飛ばすぞぉ!」
すっかり時代劇大捕物みたいな物言いでハイになっている。
『えーと、音灘君、少し抑えた方がいいんじゃないかな? どうもあの連中、やっぱり各防衛機関の情報部とからしいし、このままだと』
遠慮がちに仁がケータイ越しで意見を送ってきた。自分から同行を言い出しておいて、さっそく日和見に走っているようだ。環那はあからさまにぶっきらぼうに、
「その情報部を敵に回した後なんだから、もう仕方ないんじゃない?」
『いや、でも、このまま全面対立というのも……』
「それ、そのまんまあの人たちに言ってやってよ」
言いながら、県タロスの右腕で足元付近の集団を指し示す。その先には、いかにもブルーカラーっぽい、油に汚れたジャンプスーツの面々が、堅気スタイルの役人達とメンチを切りあっている。
Q市防衛対策事業本部のみなさんであった。先頭に立って罵声を撒き散らしているのは、こともあろうに事業本部長その人である。どうやら大慈との通信のあとで、自分たちも現地入りすることにしたようだ。
つまりは、市立防衛軍の中で、邀撃機を含む現場組と、市庁舎の背広組とに分かれて、内乱状態になっているということだ。
(Q市の防対本部って、マジな話、上から下まで熱血脳筋野郎ばっかりなの?)
こうなるとキューボウの抑え役としてついてきたのは間違いなかった……と思うのだが、どうも三体並んでスーパーに出向いたことで、当たり前のことながらその巨体が上級公務員達の心理を圧迫したのがまずかったようだ。これはもう、旗色をはっきりさせるしかない。
「明日の朝刊、読みたくないなあ」
『ああ、それはお気の毒だね』
「他人事みたいに言わないでよ! オダジンだって一蓮托生でしょ!?」
『いやまあ、そうなんだけど……ところで、さっきから市防と一緒になってお役人たちディスりまくってるのって、あれ、君んとこの人たちじゃないか?』
「えっ!?」
思わずシートから立ち上がってキャノピーの防弾アクリルぎりぎりまで顔を寄せてしまう。いいかげん暗くなって人間が入り乱れているから分かりにくいが……なんだか見覚えのある県防の監察部だったかのインケンな小男を取り巻くようにして集団イジメをやっているのは……うん、ガーディアンQの面々だ。何ということだろう。市だけじゃなくて、県まで内ゲバ状態になるとは。
(まさか、市防と同じ情報受けて、同じこと考えて出てきたってこと!?)
「えっ、さすがにこれはまずくない?」
『だから、そろそろ抑えた方がいいってさっきから言ってるのに』
「でも私たちが抑え役に回ったら、却って混乱しそうよね、この状況?」
『まあ、騒ぎのおおもとを絶たなきゃ終わらんだろうな』
「おおもとって誰よ?」
「ああ、それは多分アレ」
対話の横から関本が無造作に割り込んできて、「左反田」駐車場の東口の隅っこにいる何人かの人影を指さした。一人はマイクを、一人はカメラを、さらに一人はドローンかなにかの機械の操作をしているような――
「アレって……さっき放送中止食らったばかりのリポーター連中……」
「ネット配信に切り替えて、また好き放題喋り散らしてるみたいね。あれはあれで立派だわ」
『なるほど、そういうことか』
納得したように、仁が言った。
『いくら庶民派のQ市防対本部と言っても、このタイミングで市庁舎の上層とケンカするなんて短絡的すぎると思ってたけど……あの事業本部長、けっこうタヌキだな』
「え、つまり?」
『つまり、あの人はあの人なりに、市立防衛軍の延命策を考えてるってことだよ。さっきの鷹東司君のサプライズが実際何だったのかは知らないけど、横でカメラ回してたら、怖い役人たちが若い女性をいじめてるとしか見えないしね』
「……だから、つまり?」
『そういう疑惑をマスコミに話して騒がせれば、後は〝正義を求めての勇気ある反乱〟ってことで、何やっても許されるじゃないか』
「…………えっ? えええっ!? 要するにそれって」
『市民から愛されれば、仮に目先の対怪獣戦で無力だったとしても、防衛軍は存続できるしね』
「………………」
思わず絶句してしまう環那。反面、隣の関本はごく自然に頷いてから、ちょっと意地悪っぽく問いかけた。
「まー方針としては悪くないけどねえ。でもどうすんの? そういうことなら、あの人たち、上層部を完全に悪者にするまで手が止められないんじゃないの?」
『ああ……まあ、そういうことになるか』
応じる仁の声は、どこまでも他人事っぽくて、ほとんど無責任と言ってよかった。
『うーん、どうしたらいいかな?』
(ああっ、どうしたらいいの!?)
リノは一人悩んでいた。自分が悩んでも事態の収拾などつけようがないのは分かっているが、それでも悶々と悩んでしまう。それが鷹東司リノという人間だった。
まこと、巻き込まれ苦悩型主人公の
「誉めてどうすんのっ! ってか、話がどんどん壊れていってるんだけど! ちゃんと終わるのっ? 終われるの、こんなのでっ!?」
「どうしたんすか、急に興奮して」
キューボウの操縦席のドアが少し開いて、パイロットがリノに呼びかけた。なんだか聞いたことがあるような声。でも、今のリノはとてもそちらの方へ気を向ける余裕はなかった。
「そこに座ってたら大丈夫っす。自分が絶対リ……えと、おねーさんのこと、守りきりますんで」
「あ、はい、ありがとうございます……」
装甲車とロボットの上半身が合体したキューボウの、そのつなぎ目付近のフロントパネル上にリノはいた。なんだかいきなり『左反田』駐車場へ新手が乱入してきたと思ったら、すごく丁寧な挙動でキューボウがリノをすくい上げ、周囲にいた職員達を蹴散らして、以後は膝の上抱っこみたいなポジションに置いてくれてずっとそのままでいる。
おかげで怪しげなおっさん達から勘違いの脅迫を浴びなくてよくなったけれど、見たところ事態はさらに混乱していってるようだ。集まってきた人達がみんなリノの身の上を案じて駆けつけてくれたらしいのはありがたいとしても……いや、どうもこのヒト達、リノ自身とは関係ないところで騒ぎに来たような感じもするんだけど……
いい加減悩むのも飽きてきた気がして、リノがふと天を仰ぎたくなった、その時だった。
警報が鳴り渡った。そもそも特別災害警報の解除はなされていない。あれ、解除のサイレンの音、間違えて放送したのかな、と訝しんでいると、今までにはなかったことだが、アナウンスが警報に重なり始めた。
――奇構獣が侵入しています……新たに奇構獣が、複数侵入しています……現在、市内に五体の奇構獣が現れています……市民のみなさまは、ただちに身を守るための行動を――
エコー混じりで聞き取りにくかった放送の意味が分かった瞬間、リノは絶叫した。
「え………えええええーっ!?」
二次攻撃の話など、GAHHA正社員のリノにとっても寝耳に水だ。というか、同じ日、同じ都市に奇構獣の襲撃が連続したことなど、これまで例がない。それも、五体同時とは、全国新聞一面トップ並みの大事件である。
「奇構獣が?」
「そんなハナシは、かけらも」
「おい、県庁っ。どうなってんだ!?」
「いや、知らん。本当だ。今の今まで連絡だって」
「自治省は!? さてはあんたら、知っててこんな茶番を」
「聞いてない! 誓って事実! いや、ほんとに!」
さすがに周囲の公務員達も、これは想定外だったようで、みんな戸惑いと混乱をあらわにしている。誰もが次の行動を決めかねて、揃って動きがにぶった、その時だった。
一応は普通に開店時のような照明だった「左反田」が、不意にフルライトアップ状態になり、外灯も全部光らせて、あろうことか大音量で店内放送まで鳴らし始めた。やたらやかましい音楽がギンギンに付近一帯に響き渡って、未だ罵り合っていた何人かまで思わず動きを止める。
その音楽は、従業員すらめったに聞くことのない(もちろん歌うことなどない)忘れられた迷曲――「スーパー左反田 店歌」であった。
さったん さたん さたんダ〜
さったん さたーん さたんダ〜
愛のさたんダー みんなのさたんダー
この世界にただ一つぅー 地上の天国 さたんダー
神様だって大好きさ〜
さったん さたん さたんダ〜
歌が一巡りすると、その場の空気はすっかり脱力感に満たされていた。毒気を抜かれた体の集団の真ん中で、県防監察部の小男がつぶやいた。
「なんだか……ひどく冒涜的な歌詞を聞いたような気分なんだが……」
「あら、奇遇ね」
市防の4Lサイズ大女の声も、いささか疲れたものが混じっている。
「初めて意見が合ったじゃない」
何が始まるんだ? と周りを見回していた人々が、にわかに一つの方向に顔を向け始める。新装オープン時のようにキラキラした照明を背負い、エプロン姿の人物が一名、マイクを片手にして店の正面出入り口前に現れていた。その顔をひと目見て、リノは再度絶叫した。
「て、て、店長ぉっ!?」
昼過ぎにバックヤードで短く言葉をかわし、以後は店を出たまま行方知れずだったはずの、リノの上司であり、このスーパーの総責任者である人物だ。
『みなさま〜、本日はスーパー左反田にお越しいただきまして〜、まことにありがとうございます〜』
にこやかな笑みを伴い、鷹揚そのものな表情でその女性は一同を見回した。千両役者のように。
『左反田店長、明日輪若美でございます〜』
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