"The missions to expel GAHHA" episode4 Part5


 時は少し遡る。

 奇構獣が自分を踏み潰しに来るかも知れない――そう考えた時、リノの頭にはとっさに三つの選択肢が浮かんだ。


 一 奇構獣と戦う

 二 奇構獣と話し合う

 三 奇構獣から逃げる


 常識的には三の一択である。が、そんなことをしたら、自分を追いかけ回して怪獣が町一帯を破壊しまくるかも知れない。それはいくらなんでも申し訳ない。それで生き残れるにしろ、今後平穏な心で暮らしてはゆけまい。

 ならどうする?

 と、そこまで考えただけで、あっさり行き場を失ったリノはマックスまでテンパってしまった。昔から簡単にパニクってしまうもんだから、学生時代など「パニクリーノ」とのニックネームを奉られたこともあるほどだ。ましてや今回のこれは、生死に関わる重大事である。

 ほとんど全身硬直のような状態で突っ立ったまま、ひたすらとりとめのない、思考のような、妄言のような言葉の断片が頭の中で猛吹雪のように荒れ狂っているのを、ただただ持て余すばかりのリノ。

 ――……サカナのすり身。サカナのすり身がイヤーンIV改造型における致命的な要因物質であって、それが本件における情報アドバンテージって嘘でしょそれやっぱ何かの陰謀系でしょやっぱ信じらんないってのに中佐は左反田つぶすなとかなにそれワケわかんぱ。でも私はマネージャーで実質店長代理で四百万はレジの底にも天井裏にもありませんからそうだあの鏡あの本社直通映像通話装置売りさばいたら一千万ぐらい簡単にって怪獣が全部踏み潰してしまうううううううっ! 奇構獣! あのデカブツは、なんとしてでも店から遠ざけないと怨霊退散悪霊退散いっそ店中の殺虫剤全部ぶっかけてバルサンの雲にひきずりこんだらってそんなこと仕掛けても不渡りは不渡り回避不可なんだから怪獣と手形の問題を同時解決は絶対条件しかも答えは待ったなしさあどうすんだアタシ左反田の被害最小限にかつ現金収入を確保する奇跡の一手は――


   って言うか、怪獣がこの店踏み潰すかも知れないんだし、そんな心配――


 まるっきり唐突に、思考のごった煮の中からついさっき聞いたばかりの言葉が脳内リピートされた。おばちゃんCのセリフだ。その瞬間、妄想の嵐がピタリと止んだ。

「そうか」と小さく口に出し、一つ頷くと、リノは搬入口のシャッターを開けた。奇構獣の足音は、もう百メートル以内にまで近づいているようで、尋常じゃない地響きとともに、砂ぼこり混じりの突風まで吹き付けてくる。

 ちょっとだけ首を外に突き出してから、いったんバックヤードの隅に戻って、あるものを両手につかむ。何もかも予定された行動のように、リノはそのままシャッターの外側へ足を踏み出しかけた。

「マネージャー! なんだかやばい状況に……って、何してんですか!?」

 関本チーフとおばちゃん達が駆け込んできて、つむじ風にさらされるリノを見て呆気にとられた。

「いや、なにもそんな危険な方向から逃げ出さなくても! ほら、避難しますよっ、南口からだったら――」

 リノが恐怖で単身店から飛び出そうとしてると判断したのだろう、せわしなく呼びかけた関本へ、けれどもリノは落ち着きはらった動作で顔だけ振り向け、妙に真面目くさった、でも穏やかな表情で、小さく頭を下げた。

「関本チーフ、『左反田』をよろしく頼みます」

「えっ?」

 なぜかぎょっとした様子で固まった関本。怪獣の足音のテンポは結構間がある。所詮あちらも同時代の人工構造物だけに、映画やアニメのように早足で歩き回ることは不可能なのだ。数十秒間静まり返るその合間で、リノは伝えるべきことを一気に語った。

「明日の朝いちばんで、市役所へ災害補償金の申請に行ってください。十八番の窓口です。多分たくさん並んでます。すいませんが、早出出勤お願いします」

「えっ? えっ? 何の話?」

「ここ、これから多分建物が部分損壊すると思うんで」

「えええっ? って、なんでそんな確信ありげに――」

「で、その補償金、全額『左反田』の決済用口座に移動お願いします」

「……」

「市役所は、こちらの支出報告と支給金額が一致すれば、いちいち横流しとか言わないはずですから」

 しばし目を白黒させていた関本だったが、そこで急に気がついたように、リノの両手のそれを指さした。

「えっと、そ、その件はちょっと置いといて……リノ、ちゃん? そのバケツって――」

「ジャコです」

 一部保管に失敗して売り物にならなくなった生シラスである。畑の肥料にはちょうどいいと、廃棄商品扱いにしたものを、裏の片隅に置いてあったのだった。片頬だけでニコッと微笑んで、リノはバケツを少しだけ浮かせてみせた。

「これで私はあの怪獣を退治してきますね」

「「「はあああっ!?」」」

 今度こそ驚愕に目を大きく見開いて、おばちゃん達がそっくり返った。ちょうどそのタイミングで、一層の至近距離から局地地震級の地響きが伝播してくる。砂混じりの突風が届く間際、リノは晴れやかに挨拶した。

「どうか、みなさんお元気でっ!」

「ちょ、ちょっと、マネージャ〜〜〜!?」

 すっかり動転しきったおばちゃん達の声を背後にして、リノは飛び出した。同時に、心の中でぐっと親指を立ててみせる。完璧な演技だ。これで証言は盤石だろう。

 恐怖のあまり一時的におかしくなった副店長が、ジャコで怪獣を退散できると思いこんで、その足元へ突っ込んでいった、という悲劇のシナリオ。ぐだぐだな筋書きだけれど、あの鷹東司ならありえる、とみんな納得してくれるはず。

 ともかく、奇構獣がリノを追いかけ回すのなら、それをうまく誘導すれば、スーバーの一部損壊ぐらい演出できる。不可抗力っぽく。それで手形の件はクリアだ。

 後はそのどさくさの中で姿を消して、しばらく時間稼ぎをすればいい。もちろんジャコはブラフだ。こんなの、怪獣に効くはずがない。でも、少なくともGAHHAの上層は「鷹東司が指令を真に受けて最後まで騙されてくれた」と考えるだろう。騙されて圧死したと思うだろう。あとは、どこにも死体がなかったとバレるまでの、その間に……

 その間に、どこに行く?

 分からない。何の当てもない。まったくの行き当りばったりの行動だ。でも、地球最大の悪の組織が自分を消しにかかっているんなら、せめてこれぐらいやらないとっ。

 昔からすぐにパニクるたちだった。それでも、そのたび結果オーライになって生き延び、流されまくってここまで来た。

 いったい本当の話、中佐は本気であたしを始末するつもりだったんだろうか? とにかく、ここを乗り切れば、今回も――

 と、なけなしの光を目指して、あえて粉塵の嵐の中に突っ込もうとしたまさにその瞬間、もんのすごくでっかい何かが目前に現れた気配を感じて、リノは急停止した。

「え…………」

 顔だ。大型乗用車並にでかい顔。奇構獣が、足元でちょこちょこ動き回っている人間を速攻で人物特定してしまったのか、ぬっと頭を下げて地べたすれすれにリノをねつけている。そのように見える。

 もちろん、正社員のリノは分かっている。これは怪獣じゃない。生き物ですらない。でも、ムダにリアリティを追求したGAHHA製の〝東宝映画っぽいアレ型〟陸戦メカは、造形にも妥協がない。ドラコンと目が合ってしまった新米冒険者の気分ってのは、きっとこういうものなんじゃないだろうか。

「えぃやぉぅわあああああええええええぇぇぇぇ〜〜!?」

 三つぐらいの感嘆詞を無理やりくっつけて絶叫する。もう逃亡の算段も何もかも一瞬で放り出し、それこそ完全に反射そのものの行動で。

 リノはジャコ入りバケツを、その頭部めがけて投げつけた。

「はぇっ! ふぇっ! ひいいぃぃぃぇぇええええっ!?」

 ブリキバケツが岩のような皮膚の上で何度かバウンドするも、相手は瞬き一つしない。いかにも分かりやすい「私、腰が抜けました」のポーズで、リノは仰向けにへたりこんだ。一方の奇構獣は、何事もなかったかのようにすうっと頭を元の位置に戻し、そのまま片脚を上げて路上のリノを踏み潰すべく――

 いや。

 確かにそう動きそうな気配を見せたところで、急に静かになった。とは言え、地表では土ぼこりがもうもうと舞い上がっている状態だし、二十メートル上の怪獣の表情がどうなってるのか、リノには分からない。なおもしばらく取り乱した悲鳴を撒き散らして、でもふと気がつくと、明らかに様子がヘンだったので、ようやくリノは我に返り、霞みの向こうの巨大な頭部を透かし見た。

 なんだかシルエットがおかしいな、と思った途端。

 ぐぼぉっ! という感じで、これまた乗用車並みの大きさの何かが、足元から数メートル前の路上に落下した。泥の塊のような何か。正体が分かった瞬間、リノは驚愕で完全に声を失い、目と口をでっかく開いた顔で石化した。

 落ちてきたのは、イヤーンIV改の頭部部分そのものだったのだ。



『ここここ、これわああああああっっ、なんとしたことでしょーか!? 奇構獣の頭部が落ちました! 体の方はぴくりとも動きません! ということは、機能停止と断定してよろしいのでしょうか!? 撃破であれば、対怪獣戦闘では初の快挙! しかしいったい何があったのか!? インターセプター三機からの攻撃は確認されておりません! 何か、防衛軍の別働隊からの仕掛けが成功したのか、それとも奇構獣サイドに何らかのトラブルという可能性もありますが……ええと、スタジオの屋楽瀬さん、どうですか?』

『はい、ヤラセです。今こちらで直前のドローン映像をチェックしているところですが、出ますかね……はい、ここです。奇構獣が頭をいったん地上すれすれに下げたこのタイミングで、どうやら何かあったようですねー。ええと……誰かいるようです。誰か、としか分かりませんけど、何者かが、果敢にも怪獣へ単身で突撃し、何かを投げつけたみたいなんですが』

『投げつけたと言うと、手榴弾とか、爆弾?』

『いえ、爆発している様子はないです。うーん、なんだろう。薬剤とか何かの機械とか? とにかく、それが致命的なダメージにつながったようですね』

『え、人間一人でしょう? なんかすごくないですか? 一体誰がそんな。もしや、自衛隊? ついに陸自が出張ってきたとか?』

『ううん、どうなんでしょう。政府筋からも何のアナウンスもありませんし、それはないと思います。……各防衛軍に別働隊が作られたとも聞いておりませんし、もしかすると』

『もしかすると!?』

『新手の対怪獣戦隊が現れたのかも知れません。一発で奇構獣をノックアウトできるような、すごい兵器を運用できて、しかも何十億円もの人型メカを必要ともしない組織が』

『対怪獣……戦隊ですか!? それはやっぱり五人で爆弾ボールを蹴り合うような』

『かも知れません。あるいは、本格派の美少女ミリタリーユニットか。サイドカー付きの大型二輪車とか装甲車からRPG-7をぶっ放したりする、その手の同人作家が泣いて喜びそうな』

『それはなかなかに胸踊る可能性ですね!(これだからオタクは) あれ? でもそうなると、国とか県とか市の対怪獣機関にとって、強力なライバル出現ということでは?』

『もちろんそうです。ライバルという程度で済めばいいんですが』

『え、つまり、これは各邀撃部隊にとって存亡の危機という話に!?』

『民間から優秀な新興勢力が出てくれば、当然そうなりますよね』

『おおお、これは激震ニュースですっ。でもそーですよねー。っていうか、あんだけバカ高い装備を税金で製作して、そんなのが三機揃っていったいここまで何してたんだって話ですよね』

『今回は足止めすらできませんでしたからね。いや、〝今回も〟か』

『これは、奇構獣を仕留めた勢力の正体いかんで、今後の対怪獣政策への風当たりがいっぺんに強くなりそうな気配も』

『そういえばそろそろ国会ですからね』

『さあ、そういたしますと、先ほど緑町公園の北西で起きた出来事については、いったい誰が何をしたのかということに、いやが上にも興味が高まってしまうわけですが……ああっ、今、緊急の社内連絡が入りました! ってか何それ。無期限休止? え、どういうこと。ギャラどうなんの? え、あ、すみません! 官憲の横暴です! たった今総務省からの通達で、この番組は間もなく放送終了、以後制作は無期限休止せよとの行政命令が下されました! なんということでしょうか! え、これマジ? スポンサーの圧力じゃなくて? 何なの、GAHHAは何も言わないのに、お役所が強権発動って、一体どこの闇のせ』

             (プツン)



 陽が没してだんだん夜の気配が濃くなってきた暗がりの中で、奇構獣のボディが溶けてなくなるように、頭、頸、胸、そして肩部分と、徐々に変質して材質が分解し、崩れ落ちていくのを、リノは半口開けて眺め続けていた。おそろしくゆっくりの変化だったが、どうやらこのまま足元まで全部ぐちゃぐちゃになっていくのは間違いなさそうだ。ついに怪獣の両肩も侵食され、腕から先がきれいな手の形を残したまま、揃ってどどんと落下する。それを合図としたように、わーっと歓声が上がって『左反田』からおばちゃん達が駆け寄ってきた。

「リノちゃん、すごーい! ほんとに退治しちゃった!」

「何やったの? っていうか、どこでやっつけ方教えてもらったの?」

「町の救世主だねえ〜。これは防衛軍から報奨金もらわないと」

 ぼーっとした顔でおばちゃん達にばしばし叩かれていたリノは、金の話で急に我に返った。

(し、しまった、これじゃ、手形の不足分、稼げないっ)

 なんでこんなことに? ってか、このままじゃGAHHAに消されて……あ、でも怪獣いなくなったから、踏み潰される心配はなくなったのか。うーん、安心していいんだろうか。とりあえず夜逃げの準備はしておくとして、今は経営ピンチの問題だけ――

 と、ほっとしつつもアンニュイな気分を新たにしていると、駐車場の反対側からいきなり何台もの自動車が突っ込んできて、リノのすぐ近くで次々に鼻を並べるように急停車し、スーツ姿の男女がばたばたと現れ出た。全員、争うようにしてリノ達の元へ殺到してくる。

 一瞬、報道関係者が特ダネの材料に群がってきたのかなあと能天気に構えたリノは、けれどもその集団のただならぬ様子に、たちまち顔を引きつらせた。

「な、なにごとで!?」

「県立防衛局だっ。全員その場を動くなっ。お互い距離を取って両手を頭の後ろに――」

 真っ先にやってきた集団の先頭で、若い小男の職員が警察のようなことをわめきたてる。と、なんぼも言い終わらないうちに、横から突っ込んできた相撲レスラーのような巨体の女に吹っ飛ばされた。女はピンクのスーツを整え、こちらはこちらで何人もの配下を従えながら、顔の皮膚だけでニコリと笑いかけた。

「市立防衛軍の者です。鷹東司さんでいらっしゃいますね? 実は、先ほどの戦闘において、鷹東司さんが使用した戦術兵器について、ぜひ詳しいお話を」

「はい? ……えと、何かの間違い……だと思います。わ、私たち、ええと、ずっとお店の中で」

「鷹東司さんご本人が何かを奇構獣に投げつけた様子は、あちらとそちらの防犯カメラにはっきりと映っておりました。失礼ながら、我々も職務上、町中のその手の設備から情報共有させてもらっておりますので」

 とりあえずすっとぼける、という基本戦術は、あっさり粉砕された。口をパクパクさせたまま、リノは二の句が継げない。

「あれだけの効果を上げた兵器、本来ならじっくり時間をかけてお話を伺いたいところですが、よんどころない事情がありまして、とにかく大至急現物を確認させていただきたいのです。その上で、ご同意いただけますなら――」

「はっきり、その新兵器をよこせって言ったらどうだね?」

 夕闇の中からさらにもう一人、真っ白い頭の老人が歩み寄ってきた。気さくな印象のじいさんだが、その両脇はボディガードのような強面が二名、ぴったり固めていて、後方にはさらに部下と思しき大人数のスーツの男女が、緊張した顔で居並んでいる。

「失礼。自治省のもんだ。用件は分かるね? さっさとブツを持ってきてもらった方が、お互いのためだと思うがね」

「は? え? いや、あの」

「まだ持ってるんだろう? BC兵器か? マイクロ波発生装置か? あんたがどこの何者かは今は聞かない。とにかく、現物出しな。現物と、それに付随する資料全部な」

「そそそ、そんな御大層なものは持ち合わせておりません!」

「おいおい、今さらつまんねえ言い逃れはなしだぜ」

「いやいや、言い逃れとかじゃなくて、ですね」

「邪魔をするなっ、木っ端役人どもぉ!」

 いきなり、最初に口火を切った若い小男が、泥をはたきながら再乱入してきた。木っ端役人と言いながら、小者感の印象が半端ない若造だが、同行していた県の職員数名は、律儀にも小男の背後に再結集して加勢の意志を示した。

「鷹東司リノ! 我々と来るんだ! 話は車の中で聞こう!」

「ななな、なんですか、あなたは!?」

「君には不許可戦闘行為の容疑がかかっている! わが県では、特定機関以外の者が怪獣に手出しをするのは条例違反! これは県防衛局に対する越権行為、ひいては県の問題だ! ゆえに、自治省もQ市も余計な手出しは――」

 ずんっと太鼓腹を突き出して、市立防衛軍の女が小男の前に立ちはだかった。こちらも同行の市職員が背後で睨みを利かせている。女は下目遣いに男をねめつけながら、

「いつから県防は県警の下請けになったの? そんな筋書きゴリ押しするんなら、せめて警官連れてくるぐらいのことはしなさいよね。ほんとにこの人連行する権限があるんならね」

「ぬ、ぬう、市立防衛軍の分際で、県に楯突く気か!?」

「へえ、あんた、うちの市にケンカ売って、ここの県庁が無事で済むと思ってるんだ?」

 市 vs 県で、なんだか高校同士のカチコミみたいな状況になっている。リノを挟んで、今にも大の大人達が取っ組み合いを始めそうだ。

 なんでこんなことにっ、と、またパニックしそうになりながらも、頭の半分では冷静に状況分析ができていた。

 つまりは、面子の問題だ。

 数十億か、もしかしたら数百億かかってる製作費のインターセプターが非力そのものだったのに、突然現れた人一人の一回のアクションで、奇構獣が完全破壊に至ったのだ。関係機関・企業の面子は丸つぶれだろう。実況中継も入っていただろうし、国も県も市も、これから浴びせられる大衆からのブーイングに戦々恐々としているはず。

 でも、今ならまだ小細工ができる。戦闘終了直後で、情報が全く未整理なままの、今なら。

 リノが実はどこかの防衛軍の所属で、ちょっと今回は一人で突っ走っちゃいましたとか、手違いで搬送中の新兵器を暴発させてしまったんですとか、そういうシナリオで押し通せるのなら。

 いや、リノ自身はどうでもいいのだ。問題の兵器さえあれば。その装備は間違いなく国なり県なり市なりの防衛隊が所持していたもので、今回の状況はおおむね作戦の範囲内だったと強弁できさえすれば。

(ん? ってことは)

 イヤな考えがひらめいたのと、後方の店舗に不穏な気配を感じたのは同時だった。慌てて振り向くと、自治省の職員たちが、一応は閉店中のはずの「左反田」を勝手に開錠して、正面口から、搬入口から、従業員出入り口から、好きに出たり入ったりしている。店中で家探しみたいなことをしているらしい。

「あの、ちょっと! 困ります、そんなっ」

 声を張り上げて制止にかかると、なおも言い争っていた県と市の二陣営までが状況に気づいてしまって、わっとスーパーの建物へと押しかけていく。たちまち、国と県と市とでモブ同士のド付き合いが始まった。どうも、勝手に〝新兵器っぽいもの〟を物色しているようで、目新しい感じの食品油とかスパイスとか化粧品とかを次々に持ち出している。本人達は差し押さえか証拠品没収のイメージで働いているのだろうが、リノの目からはどこをどう見ても単なる略奪である。

「あああああっ、何すんですか、それっ! わ、私何も隠してませんし、それ全部ただの商品――」

「うーん、申し訳ないねー、みんなテンパっちゃってるからねー」

 白髪頭の自治省老人が柔らかい笑顔をリノに向けた。ボディーガード二名も微笑んだ。けど、三人揃って目は全然笑ってない。

「ま、そういうわけなんで、観念してさっさと引き渡してくれた方がいいよ?」

「えっ、み、みなさん、なな、何か、大きな勘違いなさって――」

「うん、素直に差し出すとは思ってないけどさ、あんまり渋るようだったら、国としてもいつまでも仏の顔はできないかなあ。君に対しても、君の周りの人に対しても、この店にもね」

 そう畳み掛けて、じっとリノを見つめる老人。ボディーガード二名も視線を射込んでくる。とっても物分り良さそうに見えて、使える脅しは最大限使う、海千山千の役人のやり方だ。つまりは、スーパー一つぶっ潰すぐらい、秒でできるよ、とでも言いたいのか。

 ふと、気づくとおばちゃん達の姿がどこにもない。関本チーフもいない。え、なんでっ? と、猛烈な心細さがこみ上げてくるのを感じて、すっかり夜の帳が降りてきた駐車場の中で、一人立ちすくみそうになった、その時だった。

 足音が、した。

 巨大な足音、それも複数の。

 さっきの奇構獣のようなどっかりした音ではないが、もちろん人や動物のものではあり得ない。何より、公園の方向から近づく金属音混じりのこの音。正体は明らかだった。

 さんざん醜態をさらしていた数十人の役人どもが、急に押し黙って、音の聞こえてくる闇空に不安そうな目を向ける。何分もしないうちに、足音は至近に迫ってきた。暴力的なまでに音が高まり、ひときわ強い地響きが一同の総身を震わせた直後、それらは同時に現れた。巨大な人型と、人馬と、半車半身の機械神だ。

 そして、愕然とした顔で振り仰ぐ人々を眼下に見下ろし、その神はこう叫んだのだった。

『なあに悪さしてんだぁ、この罰当たりどもがぁ!』


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