"The missions to expel GAHHA" episode4 Part3

「察するにあんたたち、公安とか国防族といい仲になってるんでしょう? そもそも自治省風情がGAHHAの襲撃情報なんてつかめるはずがないんだから」

 県庁職員たちの怨念を小柄な総身に背負いながら環那が追求すると、大慈も大きく頷いた。

「国の役人がやりそうなことっすね。だいたい中央官僚ってのは、ぜーきんの重みが分かってねえっすよ」

「だから僕は下っ端なんだって」

 さすがにうんざりしたように、仁が小さく手を上げて、形だけ降参のポーズを取る。

「上が点数稼ぎでどこと取引してるかなんて、知らないよ。とにかく、今日は泊まりかもってことで、帰宅時間の延長指示が出てるんだ。空振りの可能性だってある。何も知らないで定時に帰れる県や市の方が、もしかしたらハッピーなんじゃないのか?」

 いくらか恨みがましい仁の言い分は完スルーして、環那が、けっと悪態をついた。

「ってことは、夜間のスクランブルってことか。ったく、今夜は刺し身で一杯やる予定だったのに」

「え、でも今日の侵略はひとろくまるまる――」

 軽い気持ちで心中につぶやいたつもりだったのが、つい舌の端にのせてしまったようだ。はっと気がつくと、三人とも目を見開いてリノを凝視している。しまったと後悔しても、後の祭りだ。

「リノ先輩……なんすか、それ」

「え、いやっ、あのっ」

「鷹東司君、いったい誰からその情報を?」

「あっ、その、さ、さっき、て、店長が! ええ、そうなんです、店長が口にしてて! ど、どうせ出任せだと思いますけどっ! ほら、あの人、ヘンな人だし!」

 ひどい冤罪だが、リノにしては気の利いた言い訳である。一瞬、表情を消した面々だったが、ああ、と納得したように頷いて、

「なんだ。もろにガセじゃないっすか」

「ネットかなんかの占い記事でも見たんですね、それ」

「うん、そういう人騒がせなフェイク情報は、あんまり口にしない方がいいんじゃないか?」

 スーパーのお客として、お三方とも店長の人となりはしっかり見抜いているらしい。期せずしてぐだぐだな人物評が出揃ったことで、みんなあはははは、と口を開けて笑った。リノも笑おうとして、首筋の冷や汗を拭いかけた、その時。

 三種類のアラームが一斉にその場の空気を裂いた。大慈の腕から、環那の首元から、仁の腰のベルトから、それぞれ音色もパターンも異なる響きだが、意味する内容は同一だ。

 ある種の特別公務員に、緊急出動を要請する報知サインである。

「むっ、マジか!? さーせん、リノ先輩、招集っす。今日はこれで失礼しやっす!」

「あ、ごめんなさい、この買い物かご、中身戻しといてもらえます? 急用なんで」

「おおう、こんなタイミングでっ、ええと、鷹東司、この荷物、ちょっと置いといてくれる? 後で誰かよこすんで」

 途端に慌ただしく駆け出そうとする三人。リノは一人、きょとんとした顔で、

「ええと、それはいいんだけど、みんなそんなにも急ぐ必要が? 下っ端なのに」

 冷凍光線を浴びたみたいに、ぱたっとその場で硬直する大慈・環那・仁。リノの罪なき一言が、何かこのメンバーには揃って深く刺さるものがあったようだ。いつになくとりつくろった表情で、言い訳を口にする。

「いやあ、し、下っ端だからこそっすよ。うちはその、体育会系で、上下関係キビシイんで」

「県も同じく」

「以下同文」

「そうなんだ? 気をつけてね〜。危なくなったら、ドサクサに紛れて逃げていいんだからね」

 対怪獣防衛軍の公務員、とりわけ局地邀撃機インターセプターに関わる人員には、公には認めていないが敵前逃亡罪に相当する罰則が存在する。引きつった笑みで去っていく仲間たちを、ちょっと不思議そうに眺めながら、リノはひらひらと手を振って送り出す。

 よもやかつての高校の仲間たちが、何の因果か揃って邀撃機パイロットに抜擢され、毎回奇構獣とのコンバットで角突き合わせていようとは、夢にも思っていない。

 ちょうどそのタイミングで、防災無線が耳を聾するようなサイレンをかき鳴らした。「特別災害警報」の発令である。店内の時計を見ると、ちょうど十六時ジャスト。

「さて、と」

 結局この時間になるまで、これから自分が何をしたらいいのか、まるっきりノーアイデアなままのリノであった。



『おおっと、見えてまいりました! 今回のは、古き良き東宝映画を彷彿とさせるような、もろにスタンダードな巨大怪獣です! ……でもまあ、さすがに高さ五十メートルとかってスペックじゃないですね。せいぜい二十メートルってとこでしょうかっ。しかしシルエットはほんとにアレそのまんまっ。ぶっとい二本足で、海岸通りをのっしのっしと歩いてきます! さあ、今回はどんな大活躍を……失礼、本日またしてもこのような暴挙、Q市民のみなさまの不安はいかばかりでしょうかっ! ではスタジオどうぞ!』

 格納庫の片隅にある机のテレビから、能天気なキャスターの実況中継が聞こえてくる。整備班の誰かが、出撃間際のパイロットに向けて、情報のかけらなりとも、と流してくれているのだろう。気遣いには感謝するものの、番組の中のやつらはどう見てもお祭り騒ぎを喜んでいる手合だ。

 自前のレーダー基地を作れとまでは言わないにしても、無責任なテレビ報道を大真面目に戦闘情報のソースにしているこの状況は何とかならねえのか、と、護荘大慈はちょっとだけしかめっ面を作り、すぐに諦めた顔でタラップを上りにかかる。

 たどりついた対怪獣邀撃機――キューボウ改三号機Q防3の操縦席は、すでにパイロットの発進シークエンスを待つばかりになっていた。

「右ひじのベアリング、やっぱどっかおかしいな。すまんが、交換部品が来るまで持たせてもらうしかねえ」

 反対側のタラップにいる油まみれの作業着のおやじが、すまなそうに最終チェックシートのクリップボードを手渡した。確認らしい確認もせず、大慈はシートの底にサインして、ニカッと笑った。

「もう慣れましたよ。多少のハンディも任務のうちっす」

「……おう、歯ぁ見せてみろ」

 言われるまま、おやじに向かって大慈は唇を横にイーっと引いた。出撃前のルーティーンである。整備屋ひとすじのようなこのおやじはQ市防衛対策事業本部長、れっきとした現場部門のトップだ。レスキュー隊務めも経験したこの人に言わせると、人間の体の状態は歯を見れば一発で分かる、のだそうだ。肉体面も、精神面も。

 大慈の歯の並びを用心深く眺めてから、おやじはわずかに頬を緩め、気合を入れるように大声で吠えた。

「よしっ、行ってこい!」

「あざーっすっ! キューボウ改三号機、出動します!」

 おやじがタラップから飛び降りたのとほぼ同時に、ガレージの外側で一斉に赤色回転灯が瞬き出す。ディーゼルの黒煙を吐きながら、のったりとQ防3が道路に巨体を乗り入れた。装輪装甲車に無理やりロボットの上半身をくっつけたようなその姿は、当初「ガンタンクの劣化コピーの出来損ない」とさんざんな評価だったが、最近では「小型機動インターセプターの俊英機」と持ち上げる声が増えつつあるようだ――とは、Q市当局ホームページ上の情報(ただし真偽不明)。

『あ、たった今入った情報です! 市立防衛軍が動きました! キューボウが発進して下山通りを南下している最中とのことです! えーと、映像出ますかね?』

 カーナビをそのまま流用した情報モニターで件の番組を流しつつ、とりあえず一番乗りになったことにささやかな満足を覚える。追っ付け、報道ドローンが飛んでくるだろう。不遠慮な視線を意識しなければならなくなる前に、さっさと前面の装甲シャッターを下ろしておく。表向きパイロットの情報は秘密ということになっているし、どうせろくな面構えに映りゃしないのだ。

 市立防衛軍の任務は怪獣の撃滅。世の中のヒーローごっこに付き合う義理はない――それは低予算な市防対ぼうたい事業本部全体の意地であり、スピリットでもある。そしてもちろん、大慈の信念でもあった。



 同時刻、県立防衛局Q方面隊。

 の下請け企業「株式会社ガーディアンQ」。

 音灘環那は、同僚たちと最終チェックに余念がなかった。

「はーい、じゃあ通路奥から走ってきて操縦席に飛び乗るところ、テイク3いきまーすっ」

「…………」

 協賛会社確保のための契約特典期間限定スペシャルお宝映像、の制作の。

「もうちょっとスピード感出してやってみようか。では、スタート!」

「やってられるかっての!」

 抱えていたヘルメットを床に叩きつけて環那がブチ切れた。

「いつまでこんなオタクごっこやってんのよっ。奇構獣はもう市街地エリアに入ってんのよ!?」

「まあまあ、どうせ指定フィールドまでまだ間があるんだし」

 県防けんぼう独自の指針で、邀撃機はどこでも戦端を開いていい、ということにはなっていない。戦闘してよい場所はその都度審議され、通知される。今回は緑町四丁目公園近辺とのことで、実際怪獣もそこへ向かっており、ではタイミングを合わせて出動しましょう、と先程通達があったばかりだ。

 その合間を縫って、より重要度の高い作業に一同はとりかかったのだった。すなわち――金儲け。

「ぶっちゃけ、ファンドの償還日が迫ってるんだ。奇構獣に勝てなくてもガーディアンQは潰れないが、今晩映像が仕上がらなかったらヤバい。だから、安心してこっちを優先して」

 実は元AV監督らしいという黒い噂のある広報部チーフは、やたら生き生きとした目で詰め寄ってくる。環那は全力で逃げ出したい衝動を辛うじて抑制した。

「私は怪獣やっつけるためにここに出向してんのよ! ゲスい女優やりに来たんじゃない!」

 たちどころに、設計・整備担当が「いやいやいや」と暑苦しくオタクルックスで迫ってくる。

「今回の改修で〝県タロス〟も一気にグレードアップできたんだしさあ。ほら、胸面のハイパーフォールド装甲、あんなの、国の邀撃機にも積んでないんだぜ。パイロットの君にも大きな恩恵のはすだろう? ここは協力してくれよ。あと、左パイルバンカーの……」

 県防の邀撃機、四足歩行式巨大人馬型の「県タロス」。市のキューボウよりずっと戦闘マシンらしい、洗練されたフォルムのマニア受けするインターセプターだが、当然のごとく制作費は巨額だ。

 とてもじゃないがそんなもんの運用に責任を持てなかった県庁は、最上層の事務総括とその直轄の監査部より下の組織を全部民営化した。結果、県防衛局は実質ゆるい形の企業連合になってしまって、よく言えば風通しがよく、色んなアイデアがスピーディーに実現できたのだが、財政面が甘々になり、なし崩し的に重度のコマーシャリズムが組織の風土になってしまった。

 つまり、ええマシン使わせてやるんだから、その分金稼ぎにも励め、というわけである。

 理屈は分かる。現状も理解する。が、そのしわ寄せがすべてパイロットの身の上にふりかかっているようにしか見えないのは、環那にとって由々しき重大事だ。

「いや、県タロスの改修はいいんだけど! 私のこの格好は何!?」

 一瞬虚を突かれた撮影チームの一角から、待ってましたとばかり新たな面々が環那のパイロットウェアに関するあれこれを口々に言い立てる。

「それかね。それはプラグスーツと言ってだね」

「うん、日本ロボット文化の良き伝統が実現できたと、県のえらいさんもみな喜んでおったよ」

「それねー、苦労したのよ〜。環那ちゃんがモデルでよかったわぁ〜」

「う〜ん、セクシーですねっ。うちの事務所の最高傑作ですね、これは!」

 どうやら変なところに執念を燃やすデザインオフィスが企業連合の中にいたらしい。というより技術屋も巻き込んでの合同チームが出来ていた?

「バイタルサインの監視記録ユニットと応急医療処置レイヤー一体型のスーツだ。電磁絶縁・防寒・防刃機能も一級品だぞ。実用新案ものの試作品だから、大事に着るように」

「いやっ、だから、なんで体の線がこんなに」

「それがプラグスーツというものだ」

「じゃなくて、そもそもなんでっ」

 急に激しい徒労感が全身を包み込んだような気がして、環那は口を閉じた。何を言ってもムダだ。この出向先、「ガーディアンQ」なる組織全体が、そもそもロボットオタクの巣になっているのだ。パイロット一人の独断で出撃することができない以上、環那がゴネても何一つ先には進まない。

 今日に始まったドタバタではないけれども、なんだか毎回ひどくなっていくような気がする。こんなところ、大慈や仁にはとても見せられない、と思いつつ、環那はようやく妥協のセリフを吐いた。いつものように。

「ああもう……あと一テイクだけよっ」



 さらに同時刻。自治省特別災害地域対応センターQ支部。

 日本政府が誇る、最新型民生用局地邀撃機、「二十四式覚元かくげん」。全高十七メートル、二足歩行式の対怪獣用決戦装備で、往年の日本アニメでもおなじみのスマートな人型フォルムは、登場時に内外の話題をさらった。

 四基のガスタービンエンジンを派手に始動させ、いったん全機構の正常稼働を確認してから、しかし小鯛仁はすぐに動力を待機モードに落とした。メカに問題がなければ即発進できる市立防衛軍とは違い、政府直営みたいなここは、「国立対怪獣機関」だけに格式が要求されるのだ。すなわち――書類決済。

「あと何枚かな、秘書課長さん?」

 パイロットシートに備え付けの折りたたみ式事務テーブルで手際よく押印を続けながら、仁が尋ねた。操縦席のすぐ前に降りてきている可動式キャットウォークには、細メガネ&パンツスーツ姿の生真面目そうな女性が控えていて、手押し台車から今しも新しい書類の束を持ち上げたところだ。

「健康チェック関係が十四枚、秘密保持関係が二十一枚、技術整備関係が九枚です」

「そうか、今日は少ないな」

「あ、でもまだもう少し増えるみたいです」

 秘書課長の声の向きに気づいて仁がキャットウォークの先を見やると、書類ケースを小脇に抱え、申し訳なさそうな顔の補給課の若者が小走りにやってくる。

「これは?」

「新型制圧用弾頭の納品確認書です」

「む、さすがにそれは補給課のデスクで終わるはずの仕事なんじゃ?」

「メーカーさんからの強いリクエストでして。パイロット本人がうちの新製品を本当に認識して出動したのか、証明がほしい、と。そこまでの要請には応えられない、とうちの課長もがんばったんですけど……すみません」

 さすがに何秒か言葉が途切れた。これで新弾頭を一発も使わなかったら、なぜ使わなかったのか、との追及のメールが来るに決まってる。ちなみに、件のメーカーは某参議院議員との昵懇な仲が噂されていた。軽くあしらったりすれば、ただちに面倒なことになるだろう。

「近々国会ですからねえ。上も色々あるんでしょう」

 秘書課長が補給課の坊やを慰めるように言った。余計な思考は全部追いやって、目の前の捺印に集中する。どうせここで何を言っても書類仕事を済ませなければならないのだ。

「ま、いいさ。どうせ単純作業だ」

「心中お察しします。それと、恐れ入りますが、これを」

「……? これは?」

「秘書課と会計課の女性職員有志から預かっている色紙なんですが……あの、ご迷惑でしょうか?」

 見ると、それまで仏像のようだった秘書課長の顔には、あちこちほころびが生じていた。見たところ三十は出ていそうだが、ぽっと頬を染めるその仕草は、うぶな女子高生そのものだ。〝有志〟の中に彼女自身が含まれていることは明らかだった。

「ええと……サインでいいのかな?」

「あ、はい、何人か、短いメッセージを書き添えてほしいって子が……あの、言葉は付箋に書いてありますので……」

 笑みを絶やさないまま、しかし可聴域以下の密やかなため息を吐き出しつつ、仁は頷いた。

「お安い御用さ。あ、県のお馬ちゃんはまだ出動していないんだよね?」

「え、はい、そのようですが」

「じゃあまだ時間はあるだろう」

 ただ己の信念と仲間の熱意だけを背負って駆け出せる大慈。

 ビジネス上の鬱憤だけ吐き出していれば、潤沢な装備と組織力の恩恵に与れる環那。

 仁の立ち位置は、そのいずれとも異なる。一見、すべてに恵まれているようでいて、何一つ思い通りにならない、それでも気配りを怠るわけにはいかないストレスフルな環境が、彼の主戦場だ。

 何しろ、若手の中央官僚で、今をときめく国家事業のエースパイロットである。立ち位置が微妙過ぎる。注目度のデカさが市や県とは違うのだ。所属官庁、関連企業、裏でつながる政治家・大物財界人、無邪気な心で、あるいは魂胆を隠して近づいてくる民間人、マスコミ、職場の人間たち、その利害を、歓心を斟酌して、すべての人々が満足するように、負の感情をぶつけてこないように、間違っても嫉妬の渦巻きへ引きずり込まれないように、振る舞わなければならない。

 年がら年中微笑みを絶やさない王族とかロイヤルファミリーの苦労の一端が、改めて少しだけ実感できた気分である。って言うか、そろそろ出動しないとマズんじゃね?

「……その、申し訳ありません、もう一枚、よろしいですか?」

 真っ赤になりながら新たな色紙を差し出したのは、補給課の坊やだった。

 一瞬言葉を失ってから、仁は満面の笑みで頷き返した。人生最大級の博愛精神と克己心を総動員しながら。



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