最終関門

 新人採用面接と言っても履歴書を見て軽い面接をするだけである。


 履歴書の方は色々と嘘を混ぜて書かれているが、LIBERATORより与えられた潜入捜査用の偽造経歴なので絶対に見破れない。


 面接の方も、今回は春沢の知り合いという設定になっているので難なく突破できるだろう。


 斑鳩さん達が履歴書を渡すと、バックヤードで面接が行われた。


 「ふむふむ。斑鳩ビクトリアさんと斑鳩一文さん……、あ!お二人は夫婦なんですか!?」

 「ムフー。ソウデース!新婚ナノデス!!」


 ビクトリカさんが胸を張ってドヤ顔を決める。


 「う、同年代としては眩しい……!!」


 千空さんに効いている……、だと……?


 正直、千空さんは酒とつまみの事しか考えて生きていないと思っていた。


 まさか、人並みの感性を持っていたとは――。


 反省しよう。


 千空さん、ごめん――。


 「あはは……、すみませんうるさくて」


 斑鳩さんは、ちょっと頼りない夫といった感じだ。


 いや、素かこれ。


 「特技は、歌……、歌と言えば……。――ビクトリアさんって歌手のビクトリカ・エスタ・エストリカに似てません!?私さっきも思ったんですけど、声質がめっちゃ似てるなあって……」

 「what!?ソ……、ソンナ事無イデゴザルヨ……??」

 「何故に忍者口調!?」


 しまった――!


 実は今現在ビクトリカさんは、レイズバックの能力で我々には別人に見えているのだ。


 光の反射を利用しているとかどうとか……。


 兎に角、見た目からはビクトリカ・エスタ・エストリカだとばれる事は無いのである。


 しかし、声の方までは変えていなかった。


 やろうと思えばできるらしいが……、「私、嘘付クの嫌イデース!一文は別人のフリシナイデ良イノニ、ズルイデース!!」と言って抗議したのだ。


 なので、協議の結果。


 見た目だけで誤魔化すという方針に決まったのだが……。


 千空さんも只の酒好きダル絡みおねーさんではないのだ。


 変なところで感が鋭かったりする。


 「実はビクトリアは声真似も得意で、特に歌手のビクトリカの真似は彼女の十八番おはこなんですよ」


 上手いぞ!斑鳩さん――。


 見た目やオーラは頼りないが、実の所、一挙手一投足がしっかりしていて危なげが無い。


 恐らくだが、彼が身の回りにいる大人の中で一番まともだと俺は思っているくらいだ。


 それだけ周りに個性が強い人材が集まってしまっているという事でもあるのだが……。


 「え!?ああ……、そうなんですか!?――歌……、声真似……、むむ!!??ゆくゆくは歌系のチャンネルもイケるのか……?」

 「あははは……、あくまで僕達は辰海君のチャンネルのスタッフ希望なので……」


 何とか千空さんの興味が別に移って何を逃れた。


 ……。


 ……。


 ……。


 面接は10分程で終わった。


 「それじゃ、二人とも採用って言う事で!」

 「アリガトウゴザイマース!千空好キー!!!」

 「あ!ちょ!?ビクトリア!!??」


 え……?もう仲良くなってる……。


 陽キャ、怖い……!!


 「すいません。気に入ると直ぐに抱き着く性格で……」


 斑鳩さんがビクトリカさんを引き剝がす。


 そして。


 その更に後ろに、音もなく忍び寄る影が……。


 「!?」

 「これで、うちの事務所もまた大きくなるわねぇ。ヨ・ロ・シ・ク♡一文ちゃん♡♡♡」


 あ……。


 忘れていた……。


 この入所試験の最終関門である、源さんによるセクハラ耐久テストだ。(男性限定)


 これ迄も、このテストによって多くの入所希望者が逃げていってしまっていた。


 この配信ギルドに中々男性配信者が定着しない所以である。


 源さんの手が、斑鳩さんの臀部へと伸びる。


 無駄の無い無駄な動き。


 回避は不可能である。


 「甘いですよ」

 「えっ!?ちょおっ!?!?」


 斑鳩さんはヒラリと身体を翻し、近くにいた俺の身体を掴んで、先程自分がいた位置へと移動させた。


 結果。


 源さんの魔の手が俺のヒップを鷲掴みする。


 「え?ちょ!?辰海ちゃん!?!?いつの間に……」

 「んん……、アアーーー!!」


 思わず声が漏れる。


 「えっ、キッモ」


 それを見て、春沢がドン引きしていた。


 「あら、辰海ちゃん太ったんじゃないの?配信のサボり過ぎね。お尻のお肉が、もっちもっちよん♡」

 「くっ悔しいんん……」


 身体は正直である。


 「うっわ……」


 春沢がゴミを無る様な視線を向ける。


 「そ・れ・と♡アンタなかなかやるじゃないの??良い身のこなしよん♡♡♡」

 「それはどうも。目は少しだけ良いもので。――そんなことよりも貴方みたいな方が、こんな所で何をしているんです?」

 「あら。今のでそこまで分かっちゃうの?――もしかして、元同業者だったりするのかしらん?」


 え?何この会話??


 めちゃくちゃ意味深なんですけど――。


 と、言うか。


 俺のケツを揉みしだきながら会話すな――!!!


 「それは無いと思いますよ?独学ですし」

 「……」

 「……」


 マシでなにこれ――?


 「ふうん……。――まぁ良いわ。悪い虫って感じもしないし。仲良くしましょう」

 「そうして貰えると、此方も助かります」


 斑鳩さんと源さんは握手を交わした。


 何がなんだか分からんが、最終関門も突破したのだ。


 良かった――。


 安堵に胸を撫で下ろす。


 そろそろ、俺の尻を開放してくれると尚良いのだが……。


 

 


 

 


 

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