新人採用面接

 「!?」


 事務所に入る直前、ドアの前で斑鳩さんは顔を強張らせた。


 「え?どうしたんすか???」

 「い、嫌なんか急に悪寒がして……」

 「野生の勘ッテヤツデスカ?」 


 もしくは虫の知らせというやつかもしれない。


 だとしても、何故このタイミングで……?


 「も~、そんなのどうでも良いから早く入ってよ。外、寒いんですけど~???」

 「う、うん。そうだね……、入ろうか」


 春沢に促されて、俺達は事務所の中に入って行く。


 相変わらず明るい音のチャイムが俺達を出迎えてくれた。


 受付の中には千空さんが、その前には源さんがいて俺達に気付いた。


 「お!待ってたぞぉテレビ少年~」

 「あら~?うちの事務所の様じゃなあい」


 事件後も千空さん達の俺に対する態度はそれ程変わらなかった。


 変に腫れ物扱いされないので、こちらとしては助かっている。


 只、少しばかりテレビに映った事と配信者数が増えた事に対しては弄られるようにもなった。


 と言うのも。


 文化祭スタンピード事件以降、俺のライブチャンネル登録者数は爆発的に伸びた。


 若者風に言えば、いや、もマジパないくらい伸びた。


 ……。


 兎に角、それくらい伸びたのだ。


 なにせ、現在の俺のライブチャンネル“魔王タツミの真ダンジョン無双録。”の登録者数は300万人にまで達していたのだ。


 Ⅾライバー界ではほぼ無名に等しかった俺のチャンネルは、今や世界のⅮライバーライブチャンネル登録者ランキングで第七位にランクインしてしまっていた。


 皆、俺がテレビの報道に映ったのをきっかけにチャンネルを特定して登録をしていったのだろう。


 報道映像が流れるたびにそれが宣伝の役割を果たして、たった一週間で今までの数十倍の登録者に膨れ上がったのだ。


 これまでの俺の努力とは……?と思ってしまうくらいである。


 やはり、大衆はこういったセンセーショナルな事件が起こると一気に関心がそこに向くのだ。


 Ⅾライバー界でもこれは異例の事で、弱小配信ギルドのライブチャンネルが突如ランキングレースに躍り出たので、一躍俺は時の人になってしまった。


 今では、誰からも見向きもされない様な状態だった俺のチャンネルはいろんな有名チャンネルからコラボ依頼が来るまでに成長した。


 ここまで来ると、やってやったと言う気持ちよりも怖いという感情の方が大きくなってきてしまう。


 今回新しく増えた登録者達は、純粋に俺のチャンネル活動を見て応援しようと思ったのではなく“テレビに映っていたあの人”という目線なのだ。


 そういった奇異の視線が向けられるのは正直心地が良いものでは無い。


 チャンネルを立ち上げた時には思っても居なかった、贅沢な悩みである。


 「で、その二人が入荷希望の新人さんかな~?」


 おっと――、今日の目的を忘れかけていた。


 今日は俺のチャンネルが大きくなったという事で、新しいチャンネルスタッフを採用したいと、千空さんには言っていたのである。


 こうすれば、護衛の二人が俺と行動していても怪しまれないという寸法だ。


 「イエース!ビクトリカ・エs……、モゴゴゴ!?モモーーー!!!!」


 あ……。


 透かさず、斑鳩さんがビクトリカさんの口を塞いだ。


 「失礼しました~」

 「ん……?ビクトリカ……??何処かで聞いた様な……???」

 「う"……」


 現在、謎の活動休止状態という事になっている歌姫ビクトリカ・エスタ・エストリカがこんなところにいると知られるのは、不味い。


 偽名を使うようにと、斑鳩さんと段取りを決めていたのだ。


 「スミマセン……。間違エマシタ。ビクトリア・斑鳩デス……」

 「えっ?自分の名前間違えるとかあるの??」

 「日本語難シイデス……」

 「な、成る程!?」


 一応誤魔化せたか――?


 何はともあれ、波乱の新人採用面接が始まったのだ。


 


 



 

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