動き出した世界2

 都内某所。


 宿泊施設内。


 「~~♪~~♪~~♪」


 浴室では、世界的歌手のビクトリカ・エスタ・エストリカが鼻歌を響かせながら、キメの細かい肌を艶やかに濡らしている。


 「ビクトリカ、着替えここに置いておくからね」


 そう言って。


 マネージャー兼通訳の斑鳩一文いかるがひとふみは、乾燥機から出したてのフカフカのバスローブを脱衣所のカゴに置く、これが無いとビクトリカが駄々をこねるからだ。


 次に一文は足元の脱ぎ散らかされた物に気が付く。


 「またかぁ、もう……」


 半分諦めてそう呟いた。


 散乱しているそれらの衣類をあまり直視しないようにしながら、整頓していくと。


 ガチャリと。


 勢いよく浴室の扉が開き、ビクトリカがひょっこり顔を出した。


 「アリガトウゴザイマース!」

 「って!?うわあああああ!??急に開けるなぁ!」


 一文は赤面して、顔を背ける。


 「わざわざ言いに顔を出さなくても良いよ……」

 「ノー駄目デス!感謝の気持チシッカリ伝エル、これ大事デス!!」

 「わ、分かったから、ドア閉じて」


 ビクトリカは、赤面する一文を見る。


 「ムー。一文は、武士ミタイナネームなのに、中身はチェリーデスネ!――って何してたデスカ?それは私の……、一文、まさか下着ドロダッタノデスカ!!??」

 「ふわ!?あ、ちょ!??これは違くて!!!」


 一文は、咄嗟に掴んでしまっていたビクトリカのパンティーを放り投げた。


 「前言撤回シマース。一文はムッツリデシター」

 「違うよー!これは君が散らかすから片付けていただけで……」

 「仕方ナイデスネー。ソーユウ事にシテオキマス。――私モウ着替エルノデ、一文はアッチ行って下サーイ」

 「自由だなぁ……、もう……」


 一文は脱衣所を出て、客室でベットに腰掛けながらテレビの電源を入れた。


 先程の一件で心臓の鼓動が細かに刻まれている。


 気を取り直して、いくつか番組をザッピングしていくが、どの局でも緊急特番が流れている。


 始めの数秒はボーっと眺めているだけだったが、“スタンピード発生、死傷者不明”のテロップで一気に脳が覚醒した。


 同時にルルルルとスマートフォンがけたたましくなり出す。


 発信者も見ずに通話を始める。


 内容は大体想像が出来たからだ。

 

 「ふぅ……」


 眼を閉じて浅く一呼吸、こうする事でいつでも心を冷たく出来る。


 「Hello, this is Swallowtail……, yes, yes, I understand〔はい、こちらスワローテイル……、はい、はい、了解しました〕」


 通話に出ると、手短に状況の説明がおこなわれてから今後の指令が伝えられた。


 一文は通話を終えると、脱衣所に向かう。


 そして、勢いよく扉扉を開けた。


 「ビクトリカ!」

 「What? ちょ……!?ひ、一文!?ノックをシテ下サイ!――マダ、私が着替エテマスヨ!!!??」


 ビクトリカはまだ下着を付けている途中だった。


 反射的に手から零れそうになりながらも胸元を隠す。


 だが、一文は先程の様に取り乱したりはしない。


 「ああ……、ごめん」

 「モシカシテ……、その様子……」


 ここでようやくビクトリカも異変に気付いた。


 「仕事の時間だ」


 ……。


 ……。


 ……。


 テレビには、辰海達がモンスターと戦闘をしている様子が流れている。


 と言っても、遠くから撮影されている為、画質の方はあまり良くない。


 「魔王……。ヤッパリ日本にイマシタカ!フフーン♪賭けハ私の勝チデスネ!!」


 ビクトリカが腰に胸を突き出しながら勝ち誇る。


 バスローブがはだけそうになっていた。


 「いや、僕も日本にいると思ってたから……」


 横から一文がそっと戻した。


 「デ、はナンテ言ッテルノデス?」

 「目視で対象を補足し、映像がフェイクでない事を確認する。その後は24時間体制で監視だ。――が既に動きだしていて、暫くはがこちらに送り込めないらしいから、僕らだけでやる事になるよ」

 「成程、偶然私達が日本に来テイテ、不幸中の幸イッテ奴デスネ!――ムフー!望むトコロデスネ!!私達のチームワーク見セテヤリマショー!!!」


 ビクトリカは何故か嬉しそうである。


 「今後のライブの予定キャンセルは辛イデスガ、これも世界の為デスカラネ!ココカラは、お仕事の時間デース!!――終ワッタラ全国津々浦々ワールド世界一周ツアーライブをシマショウ!!!」

 「うん、そうだね!――その前に一回、キャンセルの電話を入れて回らないとだけど……、はぁ……」


 一文は一人憂鬱になった。

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