栄光の11人
そして、また一週間後の今日。
俺の頬には一筋の汗、調理室のドアを開ける。
「来たな、辰海。こいつらすんげぇ仕上がってるぜぇ……」
「お、おう」
笠井は、俺に気が付くと嬉しそうに
嫌な予感しかしない……。
調理班はと言うと取り付かれたように試作品のメニューを調理していた。
あらゆる所作に迷いが無い、自分が何をすべきか完全に把握しているのだ。
一週間前とは見違えた動きである。
それもそのはず。
この頃になると彼らは、地方の料理大会を荒らして優勝する程の腕前となっていた。
たった一週間でと思うかもしれないが、一週間でそうなってしまったのだから仕方が無い。
我々はこの事実を受け入れるしかないのだ――。
俺は、慣れた手つきで魚を三枚おろしにしている水道橋に話しかける。
「凄いな水道橋、これなら高級料亭でも働けるんじゃないかw?」
ついでに、冗談交じりに軽くイジってやった。
「悪いな鱶野。ここじゃぁ俺は、
「は?」
え、何?二つ名とかあるの――??
「驚いただろ鱶野?」
「鷹村……!」
助かった――。
俺は鷹村に助けを求める。
「俺は
「うっす……」
あ、これ、そういう流れかぁ――。
「――それであれが、スイドーの
「ん?なんて??」
俺は如何やら不思議の国に迷い込んでしまっていたらしい。
こいつらの言う事が何一つわからん。
いきなり、学園バトル物の漫画並みに固有名称が、耳に怒涛に流し込まれる。
「ふ、驚くのも無理はない。――俺の捌いた魚は一切痛みを感じる事は無い……。調理した魚は半日は死なないぜ?」
皿の上には、水道橋の言った通りダンジョン・トラウトの活け造りがピチピチと動いていた。
無駄に活きが良くて、それがシュールだった。
確かに凄くはあるが……。
「……」
俺には、“早く殺してくれ”と懇願しているようにも見える。
う――、
目が合ったんだが……。
大体、文化祭では衛生上の観点から火を通さない料理の提供は禁止されている、水道橋のアーツ?が純麗祭で役に立つ事はあるのだろうか……。
「……で、鷹村のビストロ・アーツ?は何なんだ??」
聞いてほしそうなので、仕方なく尋ねる。
「俺のアーツは
鷹村は、ダチョウの卵並みに硬いサンダーバードの卵を素手で軽く割って見せた。
「へぇー、カッコ良いな……」
聞かなければ良かった……。
何だか二人が遠く思える。
これがNTRと言う奴か――?
いや、違うか――。
俺は他のメンバーを見渡した。
誰も彼も常人のして良い動きじゃない。
文化祭が終わった後、彼らは元の普通の暮らしに戻れるのだろうか――?
心配になって来た。
ん――?
この中で唯一、御此木だけはまともみたいだ。
「御此木……、お前は普通でいてくれたんだな……」
「あ?たりめぇだろうが。――なんの用だ?鱶野??生憎こっちは忙しいんだよ」
普段はとっつきにくい御此木だが、今は彼女だけが俺の心の支えだった。
「――おい!猪原!!まだその唐揚げ、中が生だぞ!!」
御此木は、背後で鍋からコカトリスの唐揚げを掬った猪原を怒鳴る。
「ええー。きっちり3分揚げたぜー!?しかも、ちゃんとキツネ色だぞ??」
確かに、食欲をそそる綺麗な黄金だ。
それに、御此木は唐揚げを一度も見てはいない、それで一体どうして分かると言うのか――?
「うぇーい!これが、“絶対調理音感のオギン”の力だぜぇ!!こいつは食材の声が聞こえてんだよw」
「てめ!クソ笠井!!!だから、その変なアダ名は止めろっつってんだろうが!――私は、人より少し耳が良いだけで、てめぇらと違って普通だ。殺すぞ?」
く、御此木もか――!
他にも、“鍋奉行ゲンナイ”、“沈黙するサル”、“
それぞれに二つ名があるようだ。
もう、付いていけん――。
などと、現実逃避をする算段をしていると、
「うわぁ!?あっちいいい!!!」
猪原が揚げなおそうとした唐揚げを床に落とした。
「あ、おい!猪原ぁ!てめぇ!!」
笠井が猪原の胸ぐらをつかみかかる。
「待て!笠井!!」
「止めんじゃねぇよ、鱶野ぉ!!こいつは、料理人の命よりも重い、食材を床に落としやがったんだ!!落とし前はつけねぇといけねぇ!!」
「「「「「「「「……!!!???」」」」」」」」
その言葉を聞き、調理班全体に緊張が伝染する。
何をするって言うんだ……!?
「土下座しろ……」
「え!?」
「土下座だぁぁ!猪原ぁぁぁぁぁぁ!!」
「……!!――お叱り、ありがとうございます!!」
「は?」
こっわ。
ブラック企業かな――?
「――止めさせろって、笠井。気持ちは分からんでも無いが………、流石に……」
猪原はゆっくり、膝を床に着けていく。
「いいんだ!鱶野!!――これは、俺達の問題だ。鱶野は口を挟まないでくれ」
「猪原……」
出来れば俺もそうしたい――!
だが、2年3組の出し物を監督する文化祭実行委員の立場と言うものがある。
こういった行き過ぎた行為は見過ごすわけにいかないのだ。
「てめぇらも!何ぼさっとしてやがる!?」
「「「「「「「「!!」」」」」」」」
「これは、連帯責任だ。猪原てめぇ一人を逝かせたりはしねぇぜ?」
「笠井!」
「料理長!」
「班長!」
「料理長……!」
「ボス!」
「え……、ナニコレ」
水道橋達も笠井に続いて、膝をついていく。
料理してんだから、逆にそういう汚れる事は止めた方がいいと思うが……。
「ようし、てめぇら!食材に誠意を込めてごめんなさいだ!!」
「「「「「「「「「イエス!シェフ!!」」」」」」」」」
こんなの最早宗教だろ……。
俺の横には、同じように冷めた目で見届けている御此木がいた。
「――お前はやらんのか?」
「アホらし。付き合ってられるかよ」
「御此木ぃ……」
自然と涙が零れてくる。
「うわぁ!なんだよ!?気持ちわりぃな……!?――笠井!私はバイトあるから、今日はもう帰んぞ!?」
「うぇーい!頑張れよ」
笠井は土下座の準備をしながら、サムズアップしている。
「姐さん!あっしも付いていきやす!!」
「だから、変なアダ名をつけんじゃねぇ!」
「うご!?――ありがとうございまっす!!」
御此木に蹴りを入れられながら、便乗して俺も調理室を後にする。
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