一流への道

 伝説を一つ語ろう。


 奴らは初めはバラバラのチームだった。


 主義や思想もバラバラで、共通点と言えば少し料理が出来る事くらいだ。


 嘘じゃない。


 誰一人同じ方向なんて向こうとしない、急ごしらえの寄せ集めさ。


 だが俺は見た。


 そんな凸凹のドングリたちが、一人の男によって、比類なきスーパーチームになっていく様子を。


 これは、本当にあった物語。


 二年三組、ダンジョン喫茶、調理班。


 後に、“栄光の11人ビストロ・イレブン”と八王子高校生徒中に恐れられる。


 イカれた英雄たちの物語である。



 ※※※



 今から更に二週間前。


 ダンジョン喫茶を出し物にするにあたって、クラスメイトそれぞれが役割毎班分けをされた直後である。


 LHR後の放課後。


 調理班長笠井の指示によって、調理班全員がジャージ姿で校庭の一角に集められていた。


 周りでは、運動部の一年生達が先輩達より早く来て、各々部活の準備をしているのが見えた。


 俺は様子が気になって、一緒に校庭に出てきていた。


 笠井の事だ。


 何をしでかすか分かったものではない。


 監視者が必要なのだ。


 「おい、笠井!てめぇ、いきなり呼び出しやがって何考えてやがる?殺すぞ?」


 そう笠井に突っかかるのは、令和の生きた化石。


 スケバンの御此木凛子おこのぎりんこだ。


 ピンク色に染め上げられた長髪で、常に黒いマスクをしていて目付きが悪い。


 高身長なのもあってか、校内でも恐れられている生徒の一人である。


 実は校外で走り屋チームを組んでいるという噂のある人物だ。


 只、それも噂で実際は不良少女という事はなく、授業態度は言葉遣いを覗けば良好。


 なので、律儀にこうして笠井の招集にも応じていた。

 

 「料理部の私を差し置いて班長になるなんて、流石ね笠井君。でも、必ず貴方をその玉座から引きずり降ろして見せるわ」


 そう野心に燃えるのは、料理部の谷田千代梨たにたちより


 大きめの眼鏡を掛けた陰キャよりの女子で、親が有名な料理家らしい。


 因みに班長はじゃんけんで決めた。


 「部活のある俺達まで集めて、余程重要な事なんだろうな?」

 「出来れば早く済ませて、部活に顔を出したいんだけど……」


 水道橋と鷹村も料理班だ。


 その他男子2人に女子4人の計10人。


 そこに笠井を合わせたのが、我がクラスの調理班という訳だ。


 「うぇーい。集まったようだなw――そんじゃ、いきなりだが本題だ。今日からお前達にはぁ……。毎日、俺の決めたメニューをこなしてもらう!」

 「はぁ!?いきなり何言ってんだお前?」

 「先ずは校庭10週……」

 「おい聞けよ!」


 笠井は、御此木の抗議に耳を貸さずに続ける。


 「次に腹筋、背筋、スクワットを100回づつだ……」

 「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」


 その場の全員が言葉を失った。


 「ね、ねぇ……、笠井君。それって料理に必要なの……?」


 谷田は恐る恐る聞いた。


 「良い質問だぜぇタニチヨぉ……」

 「タニチヨ!?」

 「お前らの身体はまだ料理人の身体になってねぇ……。だからよぉ。これから一週間、筋トレをして、お前らの血を料理人の血に入れ替えるんだ」

 「イカレてやがる……。たかが文化祭の出し物でなんでそこまですんだよ!?」

 「そうだぞ笠井流石にやり過ぎだろ?」

 「それに運動部の俺らはまだ良けど、文化部と帰宅部の奴にはキツいんじゃないか?」


 当然の如く皆反発をする。


 笠井の料理に対する意識の高さは異常である。


 常人にそれに合わせろと言う方が無理な話だ。


 「別に出来なくってもかまわねぇ、大切なのは挑戦しようって言う気持ちだ。――料理ってのは魂でするモンなんだよ……!」

 「ついてけねぇよ……!やりたいんなら、勝手にてめぇらでやれ!」


 そう言って、御此木は帰ろうとする。


 「逃げんのかぁ?御此木ぃ……」

 「あ”ん?」

 「走り屋だか何だか知らねぇ―けど、やってんだろ?そんなヘタレ根性で務まんのかぁ?」


 なんて安い挑発なんだ……。


 こんなのに御此木が乗っかるわけがない。


 「根性だぁ……?てめぇ、笠井後悔しやがれ……」

 「あ……」

 「――良いぜ!その挑発に乗ってやるよ!!」


 そう宣言し、陸上部の走る横に並んで行く。


 「マジか……」

 「うぇーい……。他の奴らはどうするよ?」

 「これは、私への挑戦ね……!良いわ!受けて立とうじゃない!!」

 「仕方ない……。お前のお遊びに付き合ってやるよ」

 「まぁ、部活でも似たようなことやるし、俺は構わないけど」


 そうして、各々理由を付けては、笠井のメニューに参加していくのだった。


 「辰海ぃ見てろよぉ。俺はこいつらを一流にしてやるぜぇ……!!」

 「お、おう……」


 校庭に木枯らしが吹いた。


 ……。


 ……。……。


 ……。……。……。


 一週間後。


 なんと調理班は調理室に集まっていた。


 こっちの方が当たり前のはずだけど……。


 「うぇーい……。お前ら、良い面構えだぜぇ……」

 「「「「「「「「「イエス!シェフ!!」」」」」」」」」

 「え、ナニコレ……」


 まるで軍隊だ……。


 直立不動。


 体幹がしっかりしているのだ。


 背筋が伸びて、皆表情に自信が満ちている。


 たった一週間でこうもなるものなのか……?


 俺も若干引いてしまう。


 「今日から、調理訓練に移る……!お前ら、エプロンを着ていいぞ!!」

 「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」


 食べ物系をやる他のクラス生徒もいたのだが、まるで宇宙人を見るような眼でこちらを見ていた。


 それからはもう、うちのクラスだけ次元が違っていた。


 「水道橋ぃ!包丁が食材に触れる時間は出来るだけなくすんだよぉ!!一瞬だ!一瞬!!」

 「了解!班長!!」

 「タニチヨぉ!!腕は90度だって言ってんだろうが!頭で考えんじゃねぇ!!身体で覚えろー!!」

 「は、はい!」

 「うぇーい、御此木!音がバラついてんぞぉ!?卵の混ぜるときは、均一の速度で1000rpm(一分あたり1000回転)きっちり回せぇ!!」

 「うるせぇ!黙ってろハゲ!!」

 「うお!?なんだ鷹村すげーなw素手でラグーン・シェル(シャコ貝に似たモンスター)の殻を砕きやがったwwwいいぞー、もっとだぁ!!」

 「うっす!」

 「どうだ?辰海ぃ!?凄いだろ!!?」

 「ああ、凄いな、確かに……」


 ……。


 もう何も言うまい。


 俺には、事の顛末を見届ける事しか出来なかった。

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