魔王と文化祭準備

 今までの俺は文化祭の準備など積極的に取り組むことは無かった。


 陰キャに与えられるのは、大体が残った地味にめんどくさい裏方仕事で、文句を言いながらそれを粛々とこなしていくのが毎年の習わしなのだ。


 そもそも、自分たちがはっきり意思表示をしないのが、そう言う事になる原因だったりもするのだけれど。


 まぁ、それも陰キャ仲間と駄弁りながらやっていれば、それはそれで灰色の青春の一ページとしては悪くはないと思ってもいたのだ。


 だが。


 今年はそうもいかなかった。


 純麗祭まで残り二週間。


 文化祭準備は、主に放課後と土日を使って行われた。


 実行委員になってしまった俺も、ダンジョン探索配信の割合を減らして、この期間だけは文化祭の準備に時間を割くようにしていた。


 やるからには手は抜かない。


 一応、責任感はある方なのだ。


 と言う事で。


 今日も俺はクラスの出し物の準備の進捗を、各持ち場を巡回しながら監督していた。


 デザイナー志望の春沢は、コスプレ衣装づくりも手伝いたいという事で、こういった仕事は全て俺の方が引き受けているのだ。


 監督と言っても、見回りながら人手や資材が無いか聞いて回るくらいだ。


 もし指示が必要な場合は、補助役としているクラス委員の豊徳院と立木に頼んでいた。


 適材適所である。


 そんな訳で、一見コミュニケーション能力が必要そうなポジションでも何とか俺は仕事をこなせていたのだった。


 先ずは、教室で装飾班の進み具合を確認する。


 当日飾る予定の小道具を制作している様だ。


 「こっちの進捗はどうだ?」


 適当にクラスの陰キャ仲間に確認をする。


 「おう、辰海か。――こっちは可もなく不可もなくってとこかなー。あ……、ベニヤ板と釘が足りないんだけど、予算ってまだ余ってたりしてる?」

 「確かまだ、余ってはいたはずだけど……。後で確認しておく」

 「悪いな。頼んだ」


 後で豊徳院に確認しておこう。


 すると。


 「なー、鱶野ー。ダンジョンを再現するなら照明は暗い方が良いのかー?」


 丁度、内装のレイアウトについて話し合っているらしく、別の生徒から意見を求めれられた。


 「へぁ!?お、俺か……?」

 「一々驚くなってwで、どーなんだよ?」

 「む」


 油断している所に急に話しかけられて、取り乱す。


 いかん、いかん――。


 俺が文化祭の実行委員になってから、この様に今まで絡んだことも無い陽キャな奴からも話しかけられる機会が増えたのだが、未だにこれには慣れていなかった。


 この文化祭準備期間だけで、クラスの連中(春沢、水道橋、鷹村を除く)と会話した時間の量は、去年一年の記録を既に超えているだろう。


 と。


 ダンジョンの明るさか――。


 「うーん……。ダンジョンと言ってもピンキリだぞ……?少し暗めの洞窟型のもあれば、太陽並みに明るい光源のある砂漠型なんてのもあるしな」

 「へー、そうなのかー」

 「んじゃ、ちょっと照明落とし気味の明るい感じ良くね?暗すぎても危ないっしょw」

 「確かに。じゃぁ、そー、するかぁ。――悪いな鱶野急に呼び止めて」

 「いや、構わないが……」

 「そうか。――じゃぁ、実行委員の仕事頑張れなー」

 「おお、お前らもな」


 見た目はイカつかったりする奴らだが、仕事は細かく真摯に取り組んでいた。


 俺も見習わなくては――。


 次にコスプレ衣装班のいる被覆室へと向かう。


 「春沢ー。こっちはどんな感じだー?」


 ここでは、色々なクラスの生徒が出し物用の衣装を作っている。


 クラス毎に決まった机で、備え付けのミシンを使うのだ。


 被覆室の奥の方の机が二年三組には割り当てられていた。


 「見て見てー、フカちゃん。これマルリが縫ったんだよー」


 丁度、春沢の作った衣装を宮越が試着していた。


 「お、これ、春沢が作ったのか」

 「まぁ。そー、だけど……」


 ん、なんか自信がなさそうだな――。


 ようし、ここは……。

 

 「凄いな……」

 「え?」

 

 ファンタジーゲームに出てくる冒険者風の衣装だ。


 正直、探索者のスーツは多種多様なので、“これが探索者の定番”と定義できるものが無かったりもした。


 なので、コスプレとなるとこういったゲームキャラクター的な物になってしまうのは何となく理解できる。


 しかし、凄いな――。


 学校行事の一環なので、かなり肌の露出は抑えられているはずだが。


 逆にそれがアクセントとなって、宮越のプロポーションと合わさって、これはこれで凶悪である……。


 んん、ではなくて――。


 王道の冒険スタイルの中にも、現代風のアレンジが加えられていて見ていて楽しいデザインだ。


 そして。


 店で出回っているものと遜色そんしょくの無い程の規則的できめ細かい縫い目。


 直線や曲線も意図的に使い分けられているのが、分かるほど丁寧である。


 春沢はデザイナー目指して、色々と勉強をしている様だ。


 努力の成果が伺える。


 「鱶野君もそう思うー?」


 勿論、立木もこちらにいた。


 「ああ、動いても形が破綻していないし、学生が作れるレベルを超えているんじゃないか?」

 「ちょお……。それは言い過ぎ、だし……」

 「ううん。それ程だよぉ!――でも、私。ハルちゃんがデザイナー目指しているなんて、知らなかったなぁー」

 「別に、言いだすタイミングが無かっただけだし」


 春沢は俺意外には、将来の夢を言っていなかったのか――。


 「――ま、そのお陰でどうにかギリギリ当日には間に合いそうだしぃ、すっごく助かるぅ!!」

 「……なら、良かったケド」

 「何を自信をなさそうにしている?この魔王が太鼓判を押すのだから、もっと胸を張っても良いと思うぞ?」

 「……。う、うっせ!――もー、ウチらんとこは順調だから、他んとこいくしー」


 俺は、ひとしきり新鮮な春沢を堪能すると、次なる場所へと移動する事にした。

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