新たな進路

 扉を電子ロックで占めておいて、何が「進路についてお話ししましょう」だ――。


 絶対、そんなつもりじゃないだろう。


 不本意な状況に、額から汗が噴き出した。


 「おや、警戒する必要は無いのですが。――と、言ってもこの状況では無理がありますね。先ずは軽い自己紹介でもしましょうか。助六すけろく

 「は」


 助六と呼ばれる男は、部屋の端で待機していた。


 スポーティーなサングラスに黒いスーツを着ている以外、特徴という特徴の無い男だ。


 と、言うか今まで全く存在に気付かなかったぞ――。


 助六氏は、名前を呼ばれると短い返事をして、俺達に近づいて来る。


 「大丈夫です。それは、只のボディガード兼雑用ですから」


 ボディガードって……、高校に連れてくるような物じゃないだろ――。


 余計に警戒するわ――!


 「どうぞ」


 そして、男は俺と春沢にそれぞれ名刺を渡した。


 「あ……、どうも……?」

 「うっす……」


 名刺には、“有栖院コーポレーション CEO 兼 ダンジョン事業部 経営課 特殊案件対策室『グラウベン機関』 室長 有栖院聖華”と書かれていた。


 有栖院。


 この国を代表する非常に大きい権力を持った財閥の一つである。

 

 「つまり、この学園は我々グラウベン機関の所有物という事になります。――していただけましたか?」


 理解と言われても、ライブライバー社並みにヤバい組織に眼を付けられたという事しか伝わらなかった。


 「いや……、この学校が普通じゃないってことくらいしか……」

 「つまり、理事ちょーが滅茶苦茶偉いって事っしょ?」

 「おい、そんな世間話をするために呼んだんじゃないだろ。さっさと本題に移れ」

 「あ、ちょっと帝さんー!?どーどー……」


 帝さんが痺れを切らしたように口を挟んだ。


 睨む帝さんを環さんがなだめた。


 「……まぁ、このくらいにしときましょう。――では、鱶野辰海君」


 理事長は帝さんを一瞥いちべつすると、再びこちらに視線むけた。


 手元の書類を見ながら話す。


 「鱶野君は……、進学ではなく卒業後はⅮライバーの専業を希望となっていますね」

 「その通りです」

 「春沢さんは……、進学予定でしたが海外ファッションデザイナーへの弟子入りを希望していると……」

 「そうだけど」

 「……」

 「……」

 

 暫しの沈黙。


 「お二人とも、を持ってこの進路を希望するという事ですね?」


 これは……、俺達の覚悟を確認しているのか――?


 であれば、答えは一つしかない。


 「「はい!」」


 そう答えた。


 「成程……、結論から言います。――この学園の理事長として、お二人の進路希望を通すわけには行きません」

 「え!?」

 「は!?なんでし???」

 「私の経営する学園である以上、有栖院財閥のブランディングは最低限守っていただきます。――有栖院に失敗は許されません。そうである様に、我が校の生徒にも伸るか反るかの様な不安定な進路を進ませるわけには行かないのです」


 言わんとする事は分からなくも無いが、そんなの余りにも横暴すぎる。


 「は!?それってあんたらの経歴に傷をつけるなって事っしょ!?」

 「経営者としては正しいかも知れないけど、それじゃ生徒の気持ちなんて全然考えてないじゃないですか!」

 「その通りです。有栖院財閥はそうやってこの国の頂点に君臨したのですから」


 全く話になっていない。


 一つとして、態度を崩さない理事長は、びくともしない氷山の様だった。


 「――と、言うのが理事長としての所見です」


 ん?どういうことだ――?


 「――そして、ここからがとしてのお話です」


 そこへ、帝さんが割って入る。


 「おい、待て有栖院!さっきから黙って茶番に付き合っていてやってれば……。話が全然違うだろうが!――貴様、此方との契約を無視するつもりか!?」


 契約――?


 何の事だろうか?


 「いいえ。私はこれから鱶野君達に一つの選択肢を与えるだけです。これは、貴殿方の言う自由の範囲内ではあるはずです。――それとも、ここで貴殿方の目的も話してみますか?」


 どうやら同じ組織というだけで、理事長と帝さん達は仲良くないようだ。


 「……ちっ。雌狐が」


 帝さんはサングラスを指で押し上げた。


 「うわぁ……。空気が重いよー」


 環さんは小さく溜息をつく。

 

 

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