ダンジョン探索護衛配信

 丸一日、海で遊び終わると、俺達は今晩泊まる宿へと向かった。


 と、言ってもこの繁忙期の熱海の周辺の宿は、数か月前から予約をしないと取れないのだ。


 そこで千空さんが、環さんに相談をした所、彼女が滞在している別荘に、俺達もお世話になれるという流れになったのである。


 自炊となるので食材の買い出しをしてから、別荘に向かう。


 少し山を登ったところにあり、熱海の海を見下ろせて絶景だ。


 おまけに、小さな温泉もあるという。


 完全貸し切りで、寧ろ普通の旅館に泊まるよりも贅沢である。


 「たまちゃんって、もしかしてお金持ちなん?」

 「え?いんやー、そんなことないよー。だったら働かないし……。この別荘はね、ボクの雇い主が用意してくれたんだー」

 「ふーん、そうなのか」


 外観は洋風だが、内装は和室らしい。


 庭には、ターコイズブルーの塗装が剥げかけたボロいフィアット500が停まっていた。


 環さんの車だろうか。


 「じゃ、荷物降ろしてくわよー」

 「姫苗も荷物持つー」

 「ひめちゃんお手伝い出来て偉いねー!」

 「えへへー」


 春沢が姫苗ちゃんの頭をワシワシする。


 微笑ましい光景である。


 他二名のダメ人間にも見習ってほしいものだ。


 「千空ちゃん。冷蔵庫にビールがあるから、駆け付け一杯と行こうぜ!!」

 「お、環ちゃんもうーサイコー!愛してるぜーーーー!!」


 お前ら二人の事だぞ――!!!


 すると、


 別荘の入り口から、減量したボクサーの様な体格の丸いサングラスを掛けた男が出てくる。


 黒髪オールバックで後ろで縛っていた。


 明らかにヤバい人の空気を纏っている。


 こっわ――!


 「あ!?みかどさーん!!今から外出っすかー!!!」

 「あぁ。――っち、酒臭いなお前。明日があるんだから程々にしておけよ」

 「うーっす!」

 「っち、たく……。私は、今日は帰らない。アンタ達もゆっくりしていってくれ」


 帝という男は、すれ違うと一瞬、俺の事を一瞥したような気がした。


 グラサンの下の眼は、猛禽類の様に鋭い。


 夏なのにコートを着ていて、猫背でフィアットの方に歩いて行く。


 「環ちゃん、今の人誰!?凄くイカツかったんだけど、まさか、借金取りぃw?」


 千空さんが絡む。


 こら、聞こえたらどうする――!


 「もー!違いますー!!さっきのは、帝さんっていって、私の監視係兼雇い主との連絡係だよー。――さーて、五月蠅い小姑も居なくなったし、今日はとことん飲むぞー!!!」

 「おー!!!」


 夕飯は、庭先でバーベキューをした。


 その後、買ってきた花火をして、温泉に入り就寝する。


 環さんが寝る前に怖い話をして、「この別荘には、お化けがいるぞー」と言って春沢がビビっていた。


 夜中に何か物音がした気もするが、気のせいだろう。



 ※※※



 次の日。


 俺達は、本来の目的、ダンジョン探索の護衛任務を果たすべく、“熱海第二ダンジョン”にやってきていた。


 環さん自体は、探索者ではなく、ギルドカードを持っていないので、俺の同伴枠として、シェルターの中に入る事が出来た。


 因みに同伴枠は、Bランク探索者には6名まで許可されている。


 そうすることによって、探索者以外のダンジョン研究家や道具アイテム屋、最近では、ダンジョン専門のキッチンカーなどが出入りできるのだ。


 「魔装降臨!!!!!」

 

 ダンジョン内に侵入すると俺は早速、覚醒をした。


 漆黒の暗黒騎士が顕現する。


 「おお!!!生で見るとやっぱり違うねー!どういう仕組みなのこれ!?うわっカッチコチだ。材質は!?」

 「あ、ちょ……」

 

 コンコンっと甲冑を叩く。


 環さんは、俺が変身した姿に興味津々である。


 職業柄気になるのだろうか――。


 「身長も少し伸びてるね。となると質量はどこから持ってきてるかか……。まさか、お腹の肉が!?いや……、無いか。――ねぇ、ハルちゃんもこーいうの出来るんでしょー?しないの??」

 「ウチは、スポンサーから渡されたスーツの宣伝しなきゃいけないし。まー、必要な時は変身するけどー」


 今日の春沢はギャル風探検家コーデである。


 こんなニッチな物まで取り揃えているのか。

 

 しかし、またしてもミニスカか、おのれLouveLueurめ――!


 すこしでもパンチラが映れば、配信動画が削除されてしまうのだ。


 気を付けねば――。


 「確かに、ハルちゃんの今日のコーデ可愛いもんねー」

 「でっしょー?」


 春沢と環さんは、きゃっきゃしている。

 

 環さんは意外にもカジュアルな服装なので、春沢の方が研究家っぽかった。

 

 俺は、その隙間時間に配信の準備を進める。


 勿論、環さんには了承済みだ。


 ん?何だか今日のⅮギアは反応が悪いな、配信する分には問題なさそうだが――。


 配信の待機人数は二千人もいる。


 徐々に育っていくチャンネルに、思わず笑みが零れた。


 「こんたつ~。皆今日もお疲れ様!”魔王タツミの真ダンジョン無双録。”今日も張り切って配信していくぜ!!!」


すたみな次郎『お、始まったな!こんたつー!!』

最速の牛歩『おっつー!こんたつー!』

ひめひめひめなー『こんたつー!』

りりか@ちょいぽちゃ『こんたつー!』

姫ちゃんぱぱ『ギャル沢ぁ!』

痛風のタツナー『こんたつー』

ひめめーめひーめめ『こんひめー』

三人目の僕『ざこニキオッスオッス』

みぎよりレッドロード『ざこニキ魔王、こんたつー』


 一か月前が嘘の様なコメント欄である。


 「今日はなんと無双録初のダンジョン護衛配信となっているぞ!なので今回の護衛対象を紹介!環博士だ!!」

 「こんたつー。ダンジョン生物研究家の環でーす。皆、気軽に環ちゃんって呼んでねー!!よろよろー!!!」


最速の牛歩『お!?ちっさ』

痛風のタツナー『は!?でっか』

バルクほるん『子供かな?』

三人目の僕『タツミー!貴様それでも陰キャの端くれかぁ!?毎回、可愛い子と配信しおってからに(サービスカット期待してます)』


 「こらー!誰がお子様研究家じゃー!?こう見えても二十代なんですけど!!?――ほれほれーこれでも子供かなー?」


 コメント欄に怒った環さんは、左右に身体を弾ませ大人アピールしている。


あああ『でっっっ!』

真っ暗れーん『む!』

よぎぼぅ『えっっっ!』


 こら、いきなりピンク配信にしようとするな――!


 兎にも角にも、初のダンジョン探索護衛配信が始まった。




 

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