スイムスーツラプソディー4

 ソロモン72は、二年ほど前からじわじわと流行り始めた。


 元は、アニソン専門のアイドルグループだったが、オリコンの上位に顔を出すようになってからは、オタク界隈だけでなく一般にも認知され始め、その楽曲はCM・ドラマ・映画に起用されるまでになった。


 メンバーは、その名の通り72人在籍している。


 そこから更に18チームに分けられていて。


 チーム毎に大衆向けだったり、コアなファン向けのロックだったりと特徴があった。


 一年を通し、チーム対抗で人気を競い。最下位のチームは、解散になるというドラマ性も好評だ。


 俺はそんなソロモン72の初代からの信奉者(ファンの事)なのだ。


 確かに、流行に敏感な若者の街なら、親和性も高いのかもしれない。


 「鱶野。もしかして、の事知ってんの!?」

 「当たり前だろ!」


 何を隠そう、ファンクラブにも登録しているからな――。


 「まじか!?オタクの間でも流行ってんだ……」

 「なぁ!?――待て、一体それはどういうことだ!??」


 俺は、驚いてクレープを落としそうになる。


 「――だって、そろもんって去年辺りからギャルの間で流行り始めたじゃん?」


 そうか……、世間の認識はそうなのか――。


 これは、あれである。


 オタク文化の乗っ取り行為である。


 よくある事だ。


 オタク界隈で流行っていたものが、偶然、陽キャのインフルエンサーなどの目に留まって爆発的に流行し、挙句の果てには、陽キャ発祥という事にされてしまっている奴だ。


 まぁ、ファンとしては、どんどん有名になっていくとこは嬉しいのだが。


 一方で、蔑ろにされることには物申したいのだ。


 なので、こういった問題がある度に、ネット上では陰キャと陽キャの代理戦争が繰り広げられていた。


 これは正さねばいけない――。


 「オウフwww誤った認識を世間に広めるのは、あまり感心できませんぞwww春沢氏wそもそも、ソロモン72がメディアに初めて現れたのは二年前で御座るwww実は、アニメ“アイドルど根性物語”の作中アイドルグループが元になっているのはご存じかな?wオロロwwwつい古参ぶって、マニアックな知識を披露してしまったwww失敬失敬wwwまぁ、メディアへの露出が加速したのは、最近ゆえに陽キャ発信の流行だと勘違いするのにも、一定の理解を示しますがw本当は、我々オタク発祥のアイドルグループなのですz……」

 「はい、チーズ」

 

 パシャッと、春沢はWAVEに上げる用の自撮りをしていた。


 「――って聞けーい!!!」

 「いや、なんか急にキモくなったから……」

 「もとはと言えば、お前が最初に……、むぐっ!?」


 春沢のクレープが口にねじ込まれる。


 「良いから、甘い物食べて機嫌治しなー」

 

 く……、そんなもので懐柔などされんぞ――!


 あ、おいしい。


 ……。


 ……。……。


 ……。……。……。


 俺達は、かれこれ二時間くらいは散策していた。


 む?何か忘れているような……?


 「そうだ。水着はどうした!?」

 「あ、バレた?」


 おい!まさかコイツわざとか――?


 「それじゃ、そろそろ行きますか」


 春沢は、竹下通りの出口に向かっていく。


 「待て。ここで買わないのか……?」

 「うん」

 「は!?じゃぁ今までのは!??」

 「だってー、鱶野監視してて、この夏全然遊べなかったんだもーん……」

 「なんだそりゃ!?」


 俺は、まんまとこいつの遊びに付き合わされていたという訳だ。


 「でも、鱶野も楽しかったっしょ……?」

 「いや、まあ……」


 そこを突かれると痛い――。


 確かに文句を言いつつも、普段ダンジョン探索以外殆ど外出しないから、滅茶苦茶楽しかった。


 しかも、春沢は腐っても美少女である。


 そんな彼女と二人っきりで街をぶらつくなんて、考えようによっては、こちらから感謝しなければならないまであった。


 「でっしょー?」


 春沢はしてやったりとほほ笑んだ。


 「ぐぬぬぬぬ……」



 ※※※



 竹下通り近くのビル内に目的地はあった。


 俺は、海パンを速攻で決めて購入した。


 履ければ、正直何でも良いのだ。


 「悪かったな、付き合わせて」


 俺は、硬派なオタク。


 気遣いも出来るのだ。


 「じゃぁ、次ウチのね!」

 「なんだ、お前も水着無かったのか」


 いや、寧ろ毎年、流行に合わせて買い替えるとかか……。


 「あ、いやぁ……。去年のが入らなくなったというか……」


 春沢が珍しく、もじもじしている。


 なん……だと……!?


 「あ!ウエストが入らない、とかじゃないからね!!」


 ま、待て――。


 辰海スカウターによれば、春沢の戦闘力は“G”のはず。


 この一年で“H”に進化したというのか――!?


 ありがとうございます――!!!!!


 「鱶野ー、今変な事考えてたでしょー!?」

 「か……、考えとらんわ!失礼な!!」


 考えてました。


 俺達は、別の階のレディース水着売り場に向かう。


 「……」


 水着売り場には、ちらほら男もいるものの居心地は良くなかった。


 他の女性客の視線が怖い。


 そして、目のやり場に困った。


 俺の割腹が良い見た目のせいで“パパ活”してるようにとか、映ってないよな――?


 「んー、これは、食い込みが……えっぐぅ!お、これは!うわぁ……、動いたら溢れそうだし……」


 俺は身体を縮みませながら、なるべく存在感を消して、こそこそ春沢に付き従った。


 「ねぇー、鱶野はどれが似合うと思う?――って何やってし??」

 「いや、周りの目が気になって……」

 「はぁ!?そんなの堂々としてればいーじゃん!変なの」


 それが出来たら、俺は陰キャを卒業している。


 「――取り敢えず、試着すっから。鱶野が選んでよ」

 「え!?何で俺が!!?」

 「嫌なの?」


 春沢が冷たい視線を向ける。


 「いや、嫌と言うか、何でかなーって」

 「今日相手してくれたご褒美とか……?」

 「おぉう……、そうか」

 

 ご褒美なのか?それは――??


 春沢の感性は独特である。


 春沢はサイドテールを翻して、試着室に消えていった。


 そして、一人取り残される俺。


 皆さん、僕は試着室を覗こうとしている不審者とかじゃありませんからね――!


 心の中で身の潔白を叫ぶ。


 しかし、このカーテンの向こう側には、今まさに生着替え中の春沢真瑠璃がいるのだ。


 先ほどの得た新情報も相まって、否が応でも意識してしまう。


 ごくんと、生唾を飲んだ。


 「じゃーん!」


 どぎまぎしていると、春沢はカーテンを開いて姿を表した。


 思わずガン見してしまう。

 

 グラビア雑誌に載ってもおかしくないプロポーションだ。


 豊満なバストに、しなやかな括れ、尻や太股の肉付きも良い。


 「ちょ……、見とれてないでなんか言え」

 「は!?あ……、いや、その……」


 正直、見とれていた。


 健康的に日焼けした肌、それに対を成す白ビキニだ。


 所々ピンク色で彩られていて、春沢っぽい。


 「似合ってる……」


 そう呟いた。


 「は!?ちょっ照れるなって……!こっちまでハズいじゃんか……」


 何故か二人して赤面する。


 「――あ、後四着あるからそれも見て!」

 「お……、おう!」


 結局、最初の白ビキニを春沢は買っていった。

  

 

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