肝試しに行こう

 幽霊やお化け。


 それは、夏とは切っても切り離せない関係にある。風物詩である。


 夏になれば心霊番組が放映されたり、肝試しをしてみたり、墓参りに行ったりと、オカルト的な物に触れる機会が何かと増える。


 ――という事で、今回俺達は、八王子第四ダンジョンにやって来ていた。


 ひめなちゃんねるの夏休み企画として、肝試し風ダンジョン探索配信が決まったのだ。


 実は最近、ダンジョンにてアンデットとはまた違った、人型の未確認モンスターが出没するとの目撃情報が、各地で後を絶たないでいた。


 しかも、滅茶苦茶強いらしい。


 それは、“ダンジョンのスレンダーマン”などと呼ばれ。現在、ネット上ではその話題で持ちきりだった。


 この八王子第四でも、その目撃報告は上がっていた。

 

 姫苗ちゃんは、そこへ更に夏という事で肝試しと銘打って今回の企画へと昇華したのだ。神童である――。


 「それじゃ。たっくん、ハルちゃん気を付けてねー」

 「おにーさんもおねーさんもケガだけはしないようにね」

 「おう、任せとけ」

 「うーっす……」


 俺と春沢は、千空さんの運転する黄昏くん一号で八王子の廃トンネル前に降ろされた。


 「んじゃ、準備出来たらまた後で連絡するねー」


 千空さんは、そう言って颯爽とアクセルを踏んだ。


 黄昏くん一号には、地味に中継車として改造されている。それで姫苗ちゃん達は、近くの駐車場から俺達のダンジョン配信を生実況するのだ。


 俺達は、早速ゲートに向かうことにした。


 八王子トンネルは、有名な心霊スポットにもなっている廃トンネルだ。


 その奥に、八王子第四ダンジョンに侵入できるゲートは存在する。


 木々が生い茂る山膚に紛れ、ソレは、獲物を待ち構えるようにぽっかりと大きく口を開いていた。


 月並みに言えば、我々を異界へと誘おうとする冥府の入り口の様だ。


 まぁ、実際に奥の方で異世界への扉開いちゃってるんですけど――。


 「ね……、ねぇ……。本当に行くのぉ?」

 「仕事だ、観念しろ。大体、春沢、おまえ継承者だろ?なんで幽霊とか怖がるんだよ?」

 「は……、はぁ……!?ゆ、幽霊とか、全然怖くないし……?暗いのと寒いのが苦手なだけだしぃ??」

 「ほう、そうか……。じゃ、頑張れよー。早く来ないと置いてくからな」


 俺は、LEDライトを手にすたすたと、呑気にトンネルへ向かっていく。


 幽霊が一体なんぼのもんじゃい、それよりも遥かに人間(特に陽キャ)の方が怖いのだ――。


 と、言うか幽霊にも陰キャは存在するのだろうか。仲良くなれるかも知れない――。


 「あ!?ちょ!!嘘!嘘ですー!!!怖いから置いてくなー!!」


 春沢は直ぐに追ってきた。


 そもそもアリスヘイムでは、幽霊が実際に存在するのだ。


 魂の抜けた死体がモンスター化したのがアンデットなら、肉体から抜けた魂がモンスター化したのが幽霊ゴーストという訳だ。 


 そこから更に、悪霊や妖精といった感じに分類されるが、モンスターとして幽霊は実在していた。


 なので、春沢がここまで怖がるのは意外だった。まぁ、理屈が分かっていても怖いもは怖いのかもしれない――。


 それはそうと、弱っている春沢はしおらしくて可愛いものだった。


 俺達は、つかず離れずの距離を保ち、深い闇のその先を目指す。


 トンネル内は寒いくらいに涼しく、湿度は無い。だが、地面は湿って見えた。


 コンクリートの隙間から漏れ出す水音や足音が反響しては、底なしの闇に呑み込まれる。


 このまま進めば容赦はしないぞと、まるで生者の侵入を拒むかの様だ。


 自分たちの居る日常とは、完全に隔離された別世界。


 生物の本能に訴え、恐怖心を煽るような不気味さがそこにはあった。


 ポタリっと、天井から水滴が春沢の背中に落ちた。


 「きゃぁあああああ!!??」


 不意に。


 春沢はぎゅうっと、俺の腕にしがみついた。


 弾力のある塊、暖かく張りのある感触が心地よい――。


 ――え!?は……、春沢さん!?!?それはちょっと大胆なのでは!!!!????


 「お……、おうふ。春沢氏ぃ?これは、胸、胸で御座るか!?」


 テンパってしまい、キモオタみたいになってしまう。


 掴まれた勢いで、手に持ったライトが飛んでいった。


 地面に落ちた拍子に、スイッチが切られて真っ暗になる。


 「え!?な、何!!!??鱶野何したの!!????」


 より強く魅惑の果実が押し付けられる。甘い香水の匂いもする。


 「俺じゃなくて、お前がビビってしがみついて来るから、ライトを落としたんだろうが!」

 「――はぁ!?――ちょ?そんなんじゃないし!?鱶野が迷子にならないように!押さえただけだし!!!??」

 「貴様この期に及んで……。――とりあえず離れんか!ライトが探せん!!」


 密着しすぎて、互いの足がもつれた。


 「って、わあああ!?」

 「ちょっ!?きゃあ!」


 ……。


 「……。だ、大丈夫か?春s……、はうぁっ!!!??」


 モミィ……、


 こ、これは?なんだ――??大ぶりな肉まんの様な物を鷲掴みにする。


 どうやら足がもつれた拍子に転んだらしい……。


 モミィ……、


 ん?なかなか良い手触りである。何故だろうか、一生揉んでいられそうだぞ――!


 そして、俺は春沢を押し倒す形で倒れ込んでいて……、


 モミィ……、


 春沢と目が合う。涙目わ浮かべ頬が紅潮していた。


 「こ、これは……、不慮の事故と言いますか……」


 モミィ……、


 その両の手は……、


 「鱶野のスケベ親父!!!!!!!!!!!!」

 「いつもお世話になっておr……、へぶしっ!!!!!」


 ベチーンと、途方もない暗闇に、場違いな程景気の良いビンタ音が木霊する。


 春沢の手のひらは、闇の中でも的確に俺の頬を捉えた。


 まさか、泣く子も黙る廃トンネルも、自分の中でこんな痴話喧嘩が始まるとは思ってもいなかっただろう。


 とばっちりである。


 その後、ライトを見つけ、何とか俺達はゲートに辿り着いたのだった。


 春沢は怒りながらも、俺の服の裾を掴んで付いてきた。

 

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