真夏の亡霊4

 「ねー、この子が姫苗ちゃん!?」

 「ああ、そうだが……」


 春沢は何故だか目を輝かせていた。


 「あ!おねーさんがハルちゃん!?」


 姫苗ちゃんも春沢に気が付く。


 「あったりー!」


 春沢はニシシと笑いかける。


 「うわー美人さーん!」

 「ありがとー!――もー!ちょー可愛いんですけどー!!」


 それは、直ぐに捕食者の目付きになり、姫苗ちゃんに飛びついた。


 「うりーうりー」

 「え!?ちょっと、ハルちゃーん!!?」


 春沢は、姫苗ちゃんをワシワシした後、頬ずりをしだした。


 完全に猫を構う時と同じだ――。


 どうやら春沢は、可愛いもの全般に眼が無いらしい。


 「姫苗くるしいー!たっくん見てないで助けてよー!!」

 「……」

 「え、キモ!なんでニコニコしてるの!?」

 「ほれほれー」

 「ハルちゃんストップぅ―!」


 善き――。


 ここ最近、ダンジョンや継承者絡みで、なかなか落ち着けなかったのだ。


 女子がイチャイチャしてるのを見るのは、とても健康に良い。思わず笑みがこぼれてしまう。


 「もー!!!!!」


 ……。


 ……。……。


 ……。……。……。


 「もー!人が嫌がる事しちゃ駄目って、学校で習わなかったの!?」

 「はい。すいませんでした。以後、気を付けます……。」

 「それと、おにーさん!」

 「え!俺も!?」

 「Tシャツがヨレヨレ!ちゃんとアイロンはかける事!!後、鼻毛が出てる。レディに会うんだから身だしなみはちゃんとする事!!」

 「うっす」

 「それから、千空おねーちゃん!」

 「ええ!私にもあるの!?」

 「燃えないゴミは、朝のうちに出したといてってお願いしたじゃん!事務所の窓も吹いてないし……、もーだめだめー!!」

 「う……、申し訳ないです……」


 俺達は、事務所の控室に集められて、姫苗ちゃんに説教をされていた。


 間違いなくこの場で一番しっかりしているのは、姫苗ちゃんなのだ。


 あの春沢でさえ、怒られて反省していた。


 「――っと、怒るのはこれくらいにして……。これより、“第112回レヴナント・ブリゲイド運営会議”を始めます!進行の山城姫苗です。よろしくお願いします」

 「「「宜しくお願い致します」」」


 姫苗ちゃんが伊達眼鏡をクイっと、上げる。白いビジネススーツみたいなものに着替えていた。


 姫苗ちゃんは形から入るのだ。可愛い――。


 控室には、ホワイトボードもあり、ボードの中心にペンで“本日の議題!”と書かれていて、左端にはタイムスケジュールもあった。


 「まず、議題に入る前に、新メンバーのハルちゃんのかんげー会をしたいと思います。かんぱーい」


 控室のテーブルの上には、姫苗ちゃんが買って来てくれたお菓子と、飲み物が並んでいた。

 

 会議と言ってもそこまでガチガチでもない。


 千空さんはアルコール類とツマミを所望したが、子どもビールと柿ピーが配給されていた。


 「うぇーいwよろよろー!!かんぱーい!!!」

 「ハルちゃん!これから、よろしくね!!かんぱーい!!!」

 「うむ、新人だからって特別扱いはせんからな、厳しくいくぞ!覚悟しておけぃ!」

 「よし、鱶野は後で聖剣で斬る!」

 「あははははは!」


 会議は、至って和やかなムードで始まった。


 「それと、たっくんのライブチャンネル登録者五万人達成おめでとー!」


 ぱちぱちぱちと、拍手が湧き起こる。


 「いやはや……、皆ありがとう!」


 俺のチャンネル『魔王タツミの真ダンジョン無双録。』は、春沢の参入と、立木・ノブナガ先生との疑似コラボ配信がバズったりして、人気爆発の起点となったのだ。


 更に春沢の参入以降、当チャンネルでは、パンチラやこの前のエロトラップなどの様なセンシティブ要素により、動画がアーカイブ配信(配信を保存した物)に非常に残り辛いという性質を持ってしまっていた。


 しかし、それも追い風となり、切り抜きで済ませていた視聴者も、リアルタイムでの視聴をするようになって、夏休み半ばを目前にして、登録者が五万人に到達したのだ。


 「――と、楽しいお話しはここまでにして。皆さんお手元のをごかくにん下さい」


 空気が一気に弛緩した。


 ここからは真面目なお話という訳だ。


 姫苗ちゃんが配った資料は、A4サイズの紙が三枚がホチキスで止められていた。


 何らや、文字数が多く、グラフや数式も書き込まれていて、少し頭痛がしてくるくらいだ。


 これは、昨日。


 叔父さんが姫苗ちゃん監視の下、作成したらしい。


 「三回もリテイクを喰らった……」と俺にメッセが送られて来たから知っていた。


 姫苗ちゃんの会議は、妥協を許さないのだ。


 「議題は、“ざこざこおにーさんがあんまりざこざこじゃなくなってきた問題”です!」

 「う……、それは……」


 登録者が増えることは必ずしも、良い事ばかりでは無いのだ。


 特に姫苗ちゃんの生ライブ配信では、俺はとして登場するのだが、そのが登録者数だったのだ。


 現在、姫苗ちゃんのチャンネルが35万人で、確かにそれに比べれば雑魚ではあるが、純粋にⅮライバー全体で見れば、そこそこ頑張っている方なのだ。


 出来れば、俺も姫苗ちゃんの持ち味メスガキを活かして欲しいから、ざこざこおにーさんで居たいのだが、上を目指す配信者である以上この問題にぶち当たるのは、必然だった。


 つまり、テコ入れが必要になったのだ。


 「では、あまり良くないけど、手加減してピンチを演出する、とか?」


 やらせである――。


 今の俺では、ダンジョンにいるモンスターをほぼワンパンで片付けられてしまう、この前の変異体の様なイレギュラーだって苦戦と言う苦戦はしない。


 背に腹は代えられないのだ――。


 「んー。姫苗的にもやらせはNGかなー。後、手加減しておにーさんがケガしたら、悲しーよ?」


 良い子やでホンマ――。


 「じゃあさ、じゃあさ!鱶野が目隠しするとかわ!?」

 

 おい!おまえは姫苗ちゃんの話を聞いたのか――!?

 

 「それも危ないから、却下で」

 「えー」

 「じゃあ、次はおねーさんの番ねー」

 「却下。」

 「何故ぇ!?」

 「だって、千空おねーちゃん、いつも酔って変な事言うしー」

 「今日は、子どもビールだから、酔いたくても酔えませーん!」


 千空さんは、空の瓶を振り回す。


 「あ、そっか。じゃあ、山城千空さんどうぞ」

 「さっきのたっくんとハルちゃんの意見で思いついたんだけど、縛りプレイみたいにしたら良いんじゃない?それか、ミッションみたいなのを指令するとか……」


 その刹那、まるで時間が止まったようだった。


 「……」

 「……」

 「……」

 「え?ちょっ何!?皆黙って……?」


 俺は生まれて初めて、山城千空という人間を関心したのかもしれない――。


 「千空おねーちゃん、それ採用!」

 「ねーけっこー面白そーだよねー!」

 「ごめん、俺ちょっと泣くわ……」

 「少年、それは流石に馬鹿にしてないか!?」


 縛りプレイ。


 確かに良い落としどころである。やらせより全然良い――。


 それが、に繋がるかは姫苗ちゃんの腕次第だが、縛りプレイはゲーム配信でも人気ジャンルである。


 ダンジョン配信動画で盛り上がらないわけが無い。


 更にミッションというのも面白そうだ。


 「えー!?そんなことも出来ないのー!!?」と、姫苗ちゃんに煽られる姿が容易に想像できた。


 これを皮切りに、会議は白熱していった。

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