真夏の亡霊3

 配信画面が暗くなってから五分程が経つ。


 黒く塗りつぶされた四角い窓を、固唾を飲んで見つめ続けた。


 嫌な胸騒ぎがする。


 取り返しのつかない事になっていなければいいが。どうか無事であってくれ――!


 そして、そんな不安のモヤモヤが晴れるように。


 少しして、配信画面が切り替る。


 コカトリスを煮詰めている鍋の横には、先程の四人の男が並べられていた。


 「もー、まりん、凄ーい怖かった☆」


 嘘をつくな――!


ぷりま@大殿筋『あら、今日はちょっと時間掛かってったんじゃない?』

るっきー@指『四人でならこのくらいよー』

じぇろにも@イケメン『やだぁ、プリケツ出して、回らない寿司屋のネタみたいに並んでるー』

もりりん@上腕二頭筋『ちょっとちょっとぉどっちの意味のネタよー?』


 源さんが、怯えたようなポーズしてから、配信は再開される。


 男たちは、潰れた蛙みたいに畳まれていて、半ケツだった。


 紅い手形が、何があったかを物語っていた。ただ、どうやらギリ無事らしい。


 しかし、この恐怖体験は彼らの心の傷となり、深く心に残るだろう。


 俺は、画面越しに黙祷もくとうを捧げた。


 二時間後。


 コカトリスのスープが完成する。


 半透明のスープに、煮込まれてトロトロになった薬草たち、火が通って白くなったプリプリの肉、中華スープの素とコカトリスガラのシンプルな味付けだ。


 見ているだけで、自然と垂涎すいぜんを誘う。


 源さんとエキスパンダーの面々は、焚き火を囲んで舌鼓したつづみを打つ。


 男たちは各々悩み事を打ち明けて、それを源さんは聞いていた。


 「俺、源の兄貴に叱って貰って、新鮮だったつーか、救われたっす……!」

 「ちょっとぉ、大袈裟過ぎよー。あと、源の兄貴ってのはやめなさい」

 「家もガッコーのセンコーも、なんかうわべだけっつーか、本気でぶつかってきてくれたのは、兄貴が初めてっす……!」

 「もぉ、泣くんじゃないわよ」

 「俺達、これから兄貴に着いていきやす」

 「やめてよー暑苦しー」

 「これからは、源の兄貴の舎弟っす!」

 「おい、コラ。本当にそれはやめなさい」


 先程まで、オラついていた男たちの眼には、涙が浮かんでいた。


 良く見ればまだ、顔つきも少し幼い。


ここ@髭『ちょっとちょっと、ここはいつから感動ドキュメンタリー系になったのよー』

のも@角刈り『なに、アンタ泣いてるじゃない』

わいりー@プリケツ『アンタだって、ちょっとウルってるくせに』

むっさ@海パン『終わりよければってことかしら~』

ぷりま@大殿筋『これにて、一件落着かしら?』


 そんなこんなで、これが源さんの配信の風景だ。



 ※※※



 「私じゃなくっても、この前出来た舎弟君たちに買いにいかせればいーじゃん」


 千空さんはメモ用紙をひらひらさせながら、まだ食い下がる。


 「馬鹿言うんじゃないの。あの子達まだ未成年よ。それと、絶対外で舎弟とかいうんじゃないわよ、マジで洒落になんないから……」


 一応、源さんも自分の見た目には、自覚があるらしい。


 「あらぁ、そこのギャル娘が新入りの子かしら?」


 源さんが春沢に気付く。


 「どーもでーす!今日からお世話になる春沢っす!」

 「貴方がハルちゃんね、よろしくー!アタシの事は、まりんちゃんって呼んでいいわよー」


 そして、流れるように手を握った。


 「え!?ちょおっ!!?」

 「ちょっと失礼。爪は自分でお手入れしてるの?」

 「は?……いや、そーですけど……」

 「ふうん……。互角と言ったとこかしら」


 何がだ――!?


 春沢のナチュラルピンクと、源さんのどぎついレッドピンクのマニキュアが対照的に目に入った。


 「顔も中々可愛いじゃなーい」


 あれ、源さんってじゃないの――?


 俺は、少し驚いた。


 「あらぁん、どうしたの、辰海ちゃん?――もしかして、ハルちゃんが取られると思ったのかしらーん?」


 源さんは、薄ピンクのリップが塗られた口の端を上げる。


 「え!?は!?な、なんでそーなるの!!?」

 

 声が裏返る、そんな顔していたつもりは無かったが。


 大体、春沢は、我が宿敵である。


 「焦っちゃってもー。ふふ、アタシは、美しけれぼ対象よー。まぁ、ハルちゃんは、まだお子様ねー」

 「源さん、しつれーだしー!」

 「うふふー」

 「えつ!?まさか源さんって、私の事狙ってるー!!!???」

 「アンタは、もっと大人の自覚を持ちなさい!」

 「ッタハー!?」


 源さんは、千空さんのおでこを指でピンと、小突いた。


 「ぶー」


 千空さんは、膨れて抗議する。


 パラララララー♪と自動ドアが開いた。


 「もおおおお!おっもーい!」


 買い出しに行っていた姫苗ちゃんが返ってきたようだ。


 「……千空、アンタ。こんな暑いのに、ちびっこに買い出し行かせて、自分はクーラーの効いた所にいたわけ?」

 「へへへ……、面目ない……」

 「目眩がしてきたわ……」


 千空さんは、控えめに言って屑人間である。


 「源さん、酷ーい!姫苗ちびっこじゃないしー!!」


 姫苗ちゃんは、エコバックを持った両手を広げて、身体を大きく見せてアピールしている。可愛い――。


 「はいはい、そうねー。それじゃぁ、そろそろおいとまするわ~」

 「えー?源さんもぉ帰っちゃうのー!?会議はー??」

 「テキトーに決めといて良いわよ。大人は忙しーの」

 「意味わかんなーい!」


 すれ違いざまに、


 「……男子ぃーは何歳でもゆりかごからはかばまでOKよ」

 「間に合ってるっす……」

 「あらぁ、残念」


 もう一度、尻を撫でられた。


 


 

 


 

 

 


 

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