真夏の亡霊2

 猿渡源。年齢不詳。


 そのガタイと迫力は、俺が初めて源さんを見た時、何処かの国の傭兵なのかと勘違いしてしまうくらいだった。


 「ふぁあ……、朝から元気ねぇ。アタシは一度、家に帰って寝ようかしら。――千空。悪いけどこれ後で発注しといて頂戴」


 源さんは、短くあくびをすると、酒の銘柄が書かれたメモ用紙を千空さんに手渡した。


 レヴナント・ブリゲイドには、夜の顔が存在した。


 それが、源さんがママを務める。“スナック・れぶなんと”である。


 ギルドの内装を弄った叔父さんが、せっかくだからと、事務所を使わない夜の間は酒場として貸し出そうと考え。


 そこに応募してきたのが源さんだった。


 また、源さんは、探索者ライセンスも持っており、酒場の家賃を半額にする代わりにⅮライバーとしても活動することになったのだ。


 「えー」

 「いいじゃない。どうせ暇なんだから。ケチケチしないの」

 「おはよう、源さん」

 「おはよ。あら拓海ちゃん久しぶりじゃない。それと……」


 俺に気付いて、ズイっと顔を近づける。


 「ちゃんって、呼びなさいって言いってるでしょう?」

 「ひぃ!?」


 同時に力強く尻の肉が揉みしだかれる。防衛本能が働いて悲鳴が出た。


 源さんには、源氏名がある。それが、“まりんちゃん”だ。


 ライブチャンネルも、まりんちゃん名義で活動している。


 しかし、そうやって誰かが呼んでいるのを俺は見たことが無かった。


  大体このマッチョのどこどうを見れば、まりんちゃんなんて言葉が出てくるのか。殆ど詐欺じゃないか――。


 しかも、自分をまりんちゃんだと言い張るこの男は、ネット掲示板2.5番地にて有志の作ったⅮライバー最強ランキングにて第7位にランクインしていた。


 選考基準は、謎であるが確かにそれを納得させるオーラはあった。魔王に覚醒した今でも、俺は源さんには、勝てる気がしない。


 それ故に悪目立ちしてしまい、源さんのライブ配信には、頻繁に迷惑Ⅾライバーが映り込んだりしては、返り討ちに遭っていた。



 ※※※



 ある日の配信風景。


 源さんの配信スタイルは、サバイバル料理系である。


 本来はもっとかわいい女子力高めの配信にしたかったらしいが、必然的にこのスタイルに落ち着いた。


 と、いうかこの人にはこれ以外は無理だろう。絵面的に。


 この日は、密林系のダンジョンでコカトリスを狩っていた。


 コカトリスは、鶏の身体に蜥蜴の脚、蛇の尻尾を持った。全長3メートル程(半分くらい尻尾)の怪鳥である。


 また、その鳴き声は動物の三半規管を狂わせ、一定時間まともに動けなくなる危険なモンスターだ。


 そんな獲物を求めて。


 密林の中を、ラテンダンサーの格好をした不審者が練り歩く。


 「さぁ、今日の配信はコカトリスで美味しいスープを作っていくわよ。勿論、材料は調味料以外現地調達。アンタ達ちゃんと着いてきなさいよ~?」


ぷりま@大殿筋『こんまり~。待ってましたわ、お姉さま!』

もりりん@上腕二頭筋『今日も美しいですわ!』

りりか@ちょいぽちゃ『もうお腹が空いてきましたわ~』

ここ@髭『こんまり~ですわ~』


 この方たちは、源さんの熱狂的なファン“まりなー”。何故か全員お嬢様口調でコメントを投げる怪しい集団である(関西弁のおっさん口調の可能性もあるが……)。


 ここでも、まりんちゃんと呼ぶ者は居ない。

 

 源さんはトラップをその場で自作した。


 まず、植物のツタで輪っかを作るだ。


 更にその輪は、近くのしなりの良くて折れずらい丈夫な木の枝に括り付けられる。その時に輪っかが胸の辺りの高さになるように調節する。


 そのままだと、枝からツタが垂れ、その先に輪っかがあるだけとなるので、木を加工した杭で輪っかの部分を地面に固定する。


 これで簡易型スネアトラップの完成である。


 直ぐに掛かるという訳にもいかないので、他の食材を調達して待つことになる。


 二時間後。


 「キエエエエエエ」とモンスターの鳴き声が聞こえた。コカトリスである。


 「あら、かかったみたいね」


 源さんは耳栓をして、直ぐに罠の方へと急行した。


 コカトリスは、ツタの輪に脚が引っ掛かり、その勢いで杭が抜け、枝の力で逆さづり状態にされていた。


 「キエエエキエエエエ」と悲鳴を上げながら、暴れている。


 「ごめんなさいね」


 源さんは、手にしていたサバイバルナイフをその首目掛けて投擲した。


 ナイフは、真っ直ぐ飛んでいき、「ピャッ」という断末魔と共にコカトリスの頭は地面に落ちた。 


むっさ@海パン『凄ーい、お姉さま!』

あい@胸筋『エレガント!!』

るっきー@指『かっこいいですわ~』


 「しゃあ!……と、やったわよぉ!それじゃぁ早速ぅ調理開始ぃ~」


 源さんは、手際よく罠を解体して、コカトリスを肩に担いでキャンプ地に戻っていく。


 「先ずは、コカトリスを捌いていくわよー」


 そう言うと、慣れた手つきでコカトリスを解体していく。


 羽毛を落とし、皮を剥いだ。


 次に羽、脚、尻尾を切り離して、腹を開いて内臓を取り出す。


 「良いかしらアンタ達、コカトリスを捌くときに気を付けるのは、この毒袋。解毒剤があれば問題ないけど、食べたら死んじゃうからちゃんと取り除くのよ~」


じぇろにも@イケメン『ためになりますわー』

ここ@髭『はい、分かりましたわ!お姉さま!!』

あい@胸筋『はい!』

るっきー@指『了解ですわ~!』

のも@角刈り『頼もしいですわ!お姉さま!!』

わいりー@プリケツ『へーですわー』


 「後、脚の爪にも気を付けなさいね~、中にはまだ毒が残ってるから触ったらアウトよ」


 そう言って、爪以外の切った部位をぶつ切りにして、塩コショウをふりかけ、調味料と共に七日草なのかそう、ベイリーリーフ、栗葛くりかずら、オリエ、ココナラといった薬草と一緒に火に掛けお湯が沸騰した鍋に放り込んだ。


 「これで、二時間ぐらい煮込んでいくわよ。そうすれば、毒抜きと風味付けが一気に出来て完成よ」


ぷりま@大殿筋『すでに美味しそーですわ』

りりか@ちょいぽちゃ『もー待ちきれなーい』

のも@角刈り『こっちにまでベイリーリーフの香りがしてきましたわ~』

むっさ@海パン『いやーん、素敵』


 すると、


「ここら辺じゃねー?猿渡源が今日配信してんの」

「お!あっちに煙が見えっぞ」


 少し遠くの方から若い男の声がする。


りりか@ちょいぽちゃ『え!?なになに??』

ここ@髭『私怖~い』

ぷりま@大殿筋『もー。また、のー?』


 「――これだから、ナマ配信は嫌ねぇー」


 源さんは、ため息をついた。


 間もなくして、四人の男がカメラに映った。


 「よー!猿渡!!俺達、集団『エキスパンダー』ってんだ」

 「アンタなかなか強いらしーじゃん?俺らと決闘してくれよ」


 決闘系Ⅾライバーと言うのは、つまりダンジョン内で対人戦を仕掛ける迷惑系Ⅾライバーである。


 ダンジョン内のこういったいざこざは、完全に警察でも対応しきれておらず、死人が出なければ大抵厳重注意で終わる。


 そのくせ、一定層の需要もあり、配信ジャンルとして確立されてしまったのである。


 なので、こういったやからは、ダンジョンに結構出没したいりする。場合によっては、モンスターより危険なのだ。


 四人組の男は、刺青や反り込みだったり、ピアスをしてたり、一目で輩と分かるような見た目をしていた。


ぷりま@大殿筋『不良よー怖~い』

じぇろにも@イケメン『あら、でもちょっと可愛いかも♡』

のも@角刈り『アンタちょっと、節操ないわよ!』

むっさ@海パン『ええ、でもちょっとわかる~、右から二番目の子に海パン履かせたいわ♡』

りりか@ちょいぽちゃ『左端の子、おいしそー♡』

ここ@髭『左からの二番目の子、しつけたいわ~♡』


 何故かコメント欄に不穏な書き込みが増えるが気にしない。絶対こいつらの方が戦闘力高いだろ――。


 「別に強かないわよ。――それにアンタ達、男女おとめを相手に四人がかりとか、恥ずかしくないのかしら?」

 「――っるせーよ!」

 「キンちゃん、もーいじゃん、やちゃおうぜ」

 「おう、行くぜお前ら!」

 「ああ!」


 男達は、源さんを取り囲むと魔術式の展開を始める。


 「仕方ないわね……、ちょっと配信切るわよ」


じぇろにも@イケメン『えー、お姉さまだけで独り占め~?ずるいー!』

のも@角刈り『負けないでーお姉さま!』


 そう言って、配信画面は真っ暗になった。

 


 


 

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