真夏の亡霊

 真夏の日差しに照り付けられ、バーベキューが出来そうなくらい熱々になったアスファルトでスニーカーの靴底を減らす。


 汗で湿ったTシャツが身体に纏わりついて、動きにくかった。


 風でも吹けば幾らかマシだが、今日は雲もそんなに動いていない。


 俺は、立川にあるギルド、レヴナント・ブリゲイドへと呼び出しをくらっていた。


 それについては、どの道ギルドには用事があったから、まぁ問題は無い。


 ただ、今日はコイツもお呼ばれしていたのだ。


 「うひょー。あっついねー」


 春沢である。


 「見て見てウチの日焼けー。どお、凄いっしょ!?」


 ギルドへ向かう道すがら、春沢はキャミソールの肩の所をずらして、無邪気に日焼け跡の出来栄えを報告してきた。


 コイツ、ブラがチラ見えしてんぞ。気付いてないのか――?今日はピンクのレースらしい。


 健康的な体つきに、思わず凝視しそうになり視線をずらす。


 春沢は、パンチラと良い結構、無防備なのだ。


 「んん、公衆の面前なんだから、もっと節度を持ってだなぁ(ごちでーす)」


 俺は、硬派な陰キャとして軽くたしなめた。


 ギャルという生き物はこうも距離感がバグっているものなのか?全国のオタク君が勘違いしてしまうのも頷ける。


 「本当は見たいんじゃないのぉ?」


 悪戯っぽく笑いかける。


 監視されるようになって気付いたことだが、春沢はこうやって人を揶揄からかうのが好きな様だ。


 好意的に言えば、お茶目である。


 「な、何を根拠に……」

 「だって、鱶野ってむっつりじゃん」

 「誰がむっつりじゃ!」


 図星を突かれて思わずムキになってしまう。


 俺が思うに陰キャは皆むっつりである。


 だから、敢えて言わないのがマナーなのだ。


 「ええ~?この前だってウチがローパーに酷いことされてるのに、写真撮ってたし」

 「そ、それは、魔王状態だと少し気が大きくなるというか、深夜のテンションみたいな……」

 「いみわかんなーい」


 俺は、春沢に翻弄ほんろうされる。



 ※※※



 レヴナント・ブリゲイドに着くと、そのファンタジーな世界の酒場の様な内装とは到底似つかわしくない、コンビニチックなチャイムが出迎えてくれた。


 「お、待ってたぞぉ、しょうね~ん。さぁ、ちこう寄れ~」


 受付のカウンターで千空さんが、怪しく手招きをする。


 「それと、よっす、ハルちゃん待ってたよー!」

 「よっす、千空ちゃん!」

 「えっもう仲良くなってんの!?」

 「あったり前じゃん。ねー」

 「ねー」


 俺は昨日。千空さんに脅されて、春沢の連絡先を教えたのだが、まさか、メッセのやり取りだけでこうも仲良くなれるとは、陽キャって怖い――。


 「――後、これ履歴書なんでお願いしまーす」

 「ははーあ!しかと頂戴したで御座る」


 春沢がトートバッグから、書類を取り出して手渡すと、千空さんはそれをうやうやしく受け取っていた。


 「――でも、ごめんねー、急に無理言っちゃったりしてー」

 「んん、全然OKですよー。どうせコイツの事見張ってなくちゃいけないし、そのついでにお小遣い稼ぎ出来てラッキーみたな」


 ――それは、昨日の事である。


 レヴナント・ブリゲイドに『LouveLueurルーブ・リュウール』と言うファッションブランドから、「ギャル沢さんいう方は、そちらの所属タレントで御座いますでしょうか?」と一本の問い合わせがあったのだ。


 内容は、春沢に公式インフルエンサーになって自社の新作ダンジョン探索用のスーツを宣伝して欲しいと言う旨の話だった。


 実は、春沢は『WAVEウエイブ』(SNSの事)でギャルファッションを発信していて、そこそこのフォロワーを抱えているそうだ。


 そして、最近はとしてもネットで脚光を浴びている。


 確かに宣伝効果が期待できると考えても可笑しくない。


 LouveLueurは、ギャル系ファッションブランド界隈でこの国のトップシェアを誇っているとのことだ。


 ましてや、俺達の様な中小ギルドに声を掛けるなんて、異例中の異例である。


 継承者としての部分を企業側がどう捉えているのかは分からないが、我が宿敵の春沢を選ぶとは中々の敏腕広報担当だと、評価するしかあるまい。


 それで千空さんは、金に眼が眩んで二つ返事で契約を勝手に承諾をしてしまったという事らしい。


 つまり、俺はその事後処理。嘘を誠にする片棒を担がされたのだ。


 「――しかし、ハルちゃんがたっくんをねぇー……」


 千空さんは、口に手を当てながら「ニッシッシ」と煽る。


 「ちょ、だからは、違うって言ったじゃん!」

 「えー。でも、おねぇさん的にはの方が面白いしー」

 「もぉ、千空ちゃんてばぁ!鱶野も何か言ってよぉ」

 「ほら、そうやっておねぇさんの前ですぐイチャつくぅー」

 「駄目だ春沢。こうなった千空さんには何言っても逆効果だ」


 俺は、手遅れだと匙を投げた。


 一応。千空さんには、俺達の事を説明しているが、そもそもダンジョンにすら殆ど興味が無いのだから、よりファンタジーな継承者とか前世なんて言っても理解できるわけは無いのだ。


 それよりも、持ち前の恋愛脳で良いように解釈されている事の方が問題であるが――。


 「あらぁ、今日は随分と騒がしいじゃない?」


 カウンター後ろの、バックヤードからオネエ口調で男の声がした。


 間もなくして、ラテンダンサーの様な服装をした短髪のマッチョが現れる。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る