夏草や兵どもが夢の跡

 「み……、見事ぉっ……!」


 ミツヒデは数歩後退りしながら、太刀を手放し座り込む。


 ガシャンと、甲冑の擦れる音がした。


 まるで時代劇のワンシーンだ。不意にそんな事を思う。


 「――ええ!?」

 「うっそぉ……?」

 「ミツヒデ、おまえ話せるのかよ!?」

 「むぅ!?」


 たちまち死人から人間に戻った様な、そんな感じがした。


 「――お久しゅう御座います。魔王様。これは、この身体にこびり付いた無念の残滓ざんしの様な物……。ノブナガ殿の魂の一撃をくらい、それが今こうして仮初かりそめめながら、表に出てきた次第……」


 俺達は困惑し、ノブナガ先生は再び前方に太刀を構えた。


 「――待たれよ。私の負けだ。どうかもう刀を納めてくれノブナガ殿」


 ミツヒデは手を突き出して制止する。


 「――ほう、裏切り者分際で言うではないか。弁解でもするつもりか、ミツヒデ」


 ノブナガ先生は、ざんっと、その床に太刀を突き立てた。


 「否。私は裏切って申し訳ないとか一かけらも感じておらん」

 「ノブナガGO」

 「御意」


 再び、抜こうとする。


 「いや!?だから待たれよって言っておるでしょうが!今から聞いて損のない情報とか言うから!??」

 「情報……だと……?」

 「先生、ここは聞いてみましょう」

 「あぁ……」


 先生は、伸ばした手を止めた。気性も落ち着いた。


 「――その前に。私は先ほど裏切った事に後悔していないと言ったが、モルガリアと盟約を結んだ事には後悔しておるのだ」

 「え!?」

 「な!?」

 「モルガリアって……」

 「おまえ、聖女と繋がっていたのか」


 俺と春沢はその名前を聞いた途端、ミツヒデの話に食らいついた。 


 聖女モルガリア。


 リベリアル・ルシファードだった頃の俺を、姫騎士・勇者と共に封印しようとした奴で、人類陣営を実質的に支配している“聖法教会”の親玉である。


 暗黒大陸侵攻戦の元凶だ。


 春沢も、眉をひそめていた。


 「――私は、あの1000年に続く争いをどうしても止めたかった。その為に一番被害の少ない道を選んだ。つもりだった……。それは、魔王様の命と引き換えに、残った魔族達の保護と暗黒大陸の自治権を確約する。そういう取り決めのはずであった」


 ミツヒデは静かに語り始めた。


 立木や蛍火達も理解できているの分からないが押し黙っていた。


 俺達も各々その場に座り込んで、ミツヒデの言葉に耳を傾ける。


 「しかし、違ったと?」


 先生も胡坐あぐらをかいて、ミツヒデの話を聞いていた。


 「如何にも。私はノブナガ殿を討ち取った後、この夜天城から、魔王城が陥落していく様を目に焼き付けていた。すると城から、一筋の光の柱が昇っていくのが見えた。いよいよ、魔王様の封印が始まったと思ったがそうでは無かった。その光の柱は天に達すると巨大な魔術式を作り出し、それは瞬く間に広がって、世界を覆う勢いであった。そこでやっと気付いたのだ、聖女の目的は他にあるのだと」


 俺は、の事を思い出していた。


 「やはりか……」

 「やはりって、どうゆーことよ!?ウチらはそんな事一つも聞いてなかったんですけど!?」


 春沢が食って掛かる。


 「む?誰かと思えば、そなたは姫騎士ルクスフィーネか!?」

 「そーだけど……」


 春沢はバツが悪そうに答えた。


 またここで、ひと悶着怒るのは面倒臭い。それより今は、モルガリアの事だ。


 春沢もそう思っているのだろう。


 ミツヒデも何かを察したか、それ以上は追及してこなかった。


 「――成程、人間も魔族も関係なく、すべては聖女の手の平の上とは、とんだ茶番に付き合わされたものだ」


 ミツヒデは代わりに自虐的にそう言った。


 俺は話を戻す。


 「春沢、お前も見ていたから知っているだろ?俺はあの時、封印されまいと残った力で抵抗をしたのを」

 「それは、見ていたけど」 

 「恐らくその時、聖女の操るの性質が書き換わったはずなんだ。それで俺は封印されずに済んだ。そればかりか、リベリアルとしての記憶と力はこの世界の人間に引き継がれた」

 「待ってよ、それってつまり……」


 春沢が俺を見つめる。


 俺は、犯人が自白するような気持ちで答えた。 


 「あぁ……、を作ったのはたぶん俺だ」


 そう、俺はずっと転生現象について考えていた。


 これまで、現れた継承者は全員、アリスヘイム出身なのだ。


 何らかの、法則性のある力アイスヘイムとこの世界を繋ぐような力が働いていると考えるのが普通である。


 だとすれば、そこには必ずが存在するはず。


 それこそが、聖女モルガリアの言っていた“イデアル・スケール”と言うものではないかと、俺は推理していた。


 「――だが、そうなると新しい疑問が生まれてくる。いくら性質が変わろうとも、そこまで大きく内容が書き換わる事は無いはずだ、俺はそう考えていた」


 モルガリアは何かもっと大掛かりな事を仕出かそうとしていた。


 それを、俺が書き換えたために、継承者という存在が生まれたのだ。


 「如何にも。のだと、あの時私は気付きました。――道は違えましたが、魔王様には、この事だけはどうしても伝えておきたかった。本当のは、人間でも魔族でも無い。聖女モルガリアこそが元凶だったのです」

 「まさかミツヒデ、それをわざわざ伝えるために夜天城で僕らをさらったのか?」

 「ふふ、それはどうであろうな……」


 ミツヒデは、甲冑の隙間から拳サイズの水晶玉を取り出すと、こちらに転がした。


 それは、ダンジョンコアだった。


「死人風情ににこれが操れたとも思えぬが。無意識の奇跡か、天が私に汚名をそそぐ機会を与えてくれたのか、神のみぞ知るというやつだ。――私が言えた義理では御座らぬが、魔王様はどうかこの先お気を付けください。私の見立てが正しければ、モルガリアの企ては、形を変えてまだ、あなた方が転生した世界で蠢いている」

 「……」

 「……」


 ミツヒデの言葉が俺と春沢に重くのしかかる。


 あの世界のいざこざは、まだ、俺達を開放する気が無いらしい。

 

 「――ノブナガ殿」


 ミツヒデはノブナガに向かって正座をした。


 気が付くと、ミツヒデの身体は徐々に灰になっている。


 「ミツヒデ、逝くのか」

 「最期に貴殿と一戦、正々堂々戦えて良かった。武士の最期の戦いが闇討ちでは、死んでも死にきれぬというもの、これが本当の冥途の土産よ」

 「ふ、どの口が言うか。たわけめ」


 何故だろう。面頬でお互い表情が見えないが笑っているように感じた。


 「では、さらば!」


 その最期は、爽やかだった。


 憑き物が落ちたような声で別れを告げると、すぅっと、瞬きをした瞬間に消えて無くなった。


 まるでそこには最初から何も居なかったかの様な、不思議な余韻だけを残した。



 ※※※



 俺達は無事、夜天城の外に繋がるゲートから東京ビックサイトに戻る事が出来た。


 ダンジョンコアで確認すると、神隠しに遭ったのは俺達だけみたいだった。


 ゲートは封鎖して消滅させた。ノブナガの部下には安らかに眠って欲しい。


 別れ際に、ノブナガ先生は俺にダンジョンコアを渡して来た。


 「良いんですか、先生……?」

 「これは、辰海君が持っててくれ。僕にはもう必要ないから」

 「先生……」

 「あの時、ミツヒデと一緒に鬼兜のノブナガも成仏した。僕はそんな気がするんだ」


 先生は、夕暮れに染まりゆく空に浮かぶ入道雲を見上げて、嬉しそうな、寂しそうな、昔を懐かしむような表情でそう言った。


 「――分かりました。責任をもってお預かりします」


 俺は静かにズボンのポケットにしまった。


 「春沢さんも蛍ちゃんも、危ない目に付き合わせてごめんね」

 「全然気にしてないですよぉ。寧ろバズってラッキーみたいな♪でもでもぉ、もし、お詫びとかあればホタル、また、イベントに呼んで欲しーなー♡」


 立木の配信はSNSで拡散されてバズったらしい。


 まぁ恐らくエロトラップの件だろう。


 俺の方にもおこぼれがあると良いが――。


 私服に着替えた立木は、身体をくねらせ、ここぞとばかりに営業トークをぶち込んで来る。


 あんな経験をして堪えないとは、強かなのか?


 「あはははは……、考えとくよ」

 「ウチはそーゆーのどーでもいいんだけどさー。ウチのこと漫画に出したりしたら、しょーちしないかんね!」

 「えー?ハルちゃんいーじゃん。私は良いですよ?先生!」


 先生に、二人の美少女が詰め寄っていた。


 取り敢えず、


 「これにて、一件落着!」


 ビックサイトを背にそう宣言した。


 後日、『ノブナガちゃんの受難』最新話にて、ノブナガちゃんの上司のというキャラクターが登場した。


 早速、先生にメッセを送ったら、今度食事を奢ってくれるそうだ。


 

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