夜天の城

 「ごめんね。心配かけちゃったみたいで……」


 先生は、御座る口調から元に戻って、さっぱりとした声色で恥ずかしそうに、頭を搔いた。


 「先生、気分の方は?」

 「いやはや、面目ない……。僕はもう大丈夫だから。――しっかし、まさか自分が都市伝説にもなっている“継承者”だなんて驚いたよ。今まで魔術の才能すらなかったからね」

 「――それは良いんだけど、先生はこれからどーすんの?」


 春沢は少し警戒している感じだった。まだ、魔族に対してわだかまりがあるのだ。


 「どうって……。あぁ――。僕は、これからも漫画家“ぴゅあろりはぁと”して生きていくさ!記憶もだんだん落ち着いてきて、前世って言ってもなんだか他人事な感じがするんだ」

 「先生!」


 良かった――。ぴゅあろりはぁと先生が「これより精進の為に、武者修行に行って参る」とか言い出したら、魔導紋を破壊してでも止めるところだった。


 「それと、辰海君ごめん!」

 「へ?」

 「そういう事だから、前みたいに魔王軍に加わる事は出来ない……」

 「良いですよ、そんなの!一応、“魔王”名乗りながらⅮライバー活動してますけど、リベリアル・ルシファードとしてはないですし」

 

 先生は両手を合わせて謝ってくるが、俺の方も畏れ多いと言った感じで手を振って返す。これでは、どちらが元上司なのか分からない。


 「後、これ――」


 俺は、名刺を手渡された。そこには、先生のプライベートの連絡先があった。


 「え!?良いんですか!!?」

 「勿論!どうしてもノブナガの力が必要になったら、メッセしてくれて構わないよ」

 「うおおおおおお!!しゃあああああああ!!!!」


 天に拳を突き上げて、舞い上がる。


 「ウチん時はそんなに喜ばなかったじゃん……」


 春沢が何かを呟く。


 「お、なんか言ったか?」

 「――。気のせいですー!べー!!」

 「なにをぉ!」


 今日の春沢はご機嫌斜めみたいだった。まぁ、こんなオタクのイベント、ギャルには肌に合わないだろう。


 「まぁまぁ、二人とも……。そっちのも“継承者”なんだろ?」

 「……はぁ!?」

 「うぇ!?」


 俺も春沢も急に電池が切れたかのように制止した、確かに傍から見ればそういう風に映るかもしれないが、しっかり言葉にされると、一味違った。


 「べべべべ別に、そんじゃないですよ!俺は、こいつに付きまとわれているだけで――!」

 「はぁ!?はただ魔王が昔みたいに悪さしないか監視してるだけだし!!」


 俺たちは顔を赤らめながら、必死に誤解を解こうとしていた。


 「あ!いや、ごめんごめん!今のは言葉の綾で……、春沢さんも“継承者”なんだろって……」

 「もーちょっと、紛らわしいってー」

 「……でも、なんでそれを?」

 

 そうだ――。さっきも一度はぐらかしているのだ。


 「少しだけ“ノブナガ”としての力が戻ってきてね。ほら、僕。ギルバトスの次に魔力感応がすぐれていただろう、それでちょっとね。ただ、最初に敢えて名乗らなかったってのと、さっきの反応からみるとやっぱり“聖騎士側”の人なんだね」

 「さ、流石っす先生」


 俺はもう先生の聡明さに賛辞を贈る事しかできなかった。


 「で、ウチが聖騎士側だったら、どーてわけ!?」

 「おい、春沢!」


 春沢が凄み、空気が一変した。


 先生も声色が少しだけ低くなる。


 「僕はさっきも言った通り、前世のいざこざに関わるつもりは無いよ。でも、君たちは違うだろ?僕みたいに前世を捨てる者。君たちみたいに前世と折り合いをつけ今を生きる者。この二つなら問題ないよ。ただ……、今を捨て前世を選ぶ者。前世や今に関係なしに“継承者”の力で悪事を働く者が、この先必ず現れる。――そうなった時に、どう対処するか、覚悟を決めておいた方がいいと思ってね……」

 「……」

 「……」


 確かに、そういった可能性は考えていた。魔王の力を継承した者として、そうなった場合しっかりとをする覚悟ではいた。


 しかし、笠井戦以降、新たな継承者の影も無く油断していたのも嘘ではない。それを今、指摘されたように感じた。


 春沢も、下唇を噛みしめていた。


 「いや……!そんな説教とかじゃ全然ないから!!そーゆーの柄じゃないし――」


 先生は、しまったという感じでフォローに入った。


 「あ!先生ぇ!!こんな所にいたんですかぁ!?」

 

 少し遠くの方から、立木蛍が小走りで近づいてきた。


 「もぉ、この服動きづらいんですよぉ!――って、ハルちゃんと鱶野君がなんで一緒なのさ!?」

 「……た、たまたまみたいな?」

 「……そう!たまたま!!」

 「って、いみわかんないんですけどぉ」


 思考の切り替えが追い付かず、俺と春沢はよくわからんごり押しを試みていた。


 「ごめんごめん。探しに来てくれたんだね蛍ちゃん。これからサークルの方に戻るよ」

 「もぉ皆心配して、探したんですからねー?」


 立木は俺達の方にも、抗議のジト目を向けていた。


 すると。


 〔ピンポンパンポーン。緊急警報。緊急警報。会場敷地内に新たな転移門ゲートの出現が予測されます。“神隠し”“迷宮氾濫スタンピード”の発生に注意して、スタッフの指示に従い避難をお願いします〕


 館内アナウンスが鳴り響いた。会場は一瞬にしてパニックに陥る。


 「押さないで!ゆっくり、私達の指示に従ってくださーい!!」


 会場スタッフが拡声器を片手に誘導を開始する。


 「……どうやら、僕の覚醒に呼応して起きたみたいだね」

 「は!?そんなことありえるわけ……」

 「え……?何々急に?」


 周りの参加者は、順調に非難を開始している。だが、もう遅い。


 「いや、先生ならあり得る……」

 「ちょ、ハルちゃん達何の話してるの……?」


 気が付くと周りに黒いもやが漂い始めた。


 「これって……」

 「昔、神隠しに遭った時と同じ……」

 「主を向かいに来たってわけか」

 「迎えにって、迷宮ダンジョンが……?」

 「先生、いや、鬼瓦のノブナガが守る移動要塞の迷宮ダンジョンなら可能だ」

 「そう、僕が与えられた、そして、前世の僕が命を落とした……、その名は……」


 夜天城。

 

 

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