記憶の牢獄

 男子トイレ近くの良い感じに荷物が積んである物陰に俺達は連れこまれると、


 「誠に申し訳のう御座った!」


 ぴゅあろりはぁと先生は、いきなり土下座をしたのだった。


 「……!?先生、やめてくださいって!大体、なんでいきなり――!!?」


 俺は意味も解らず、先生の土下座を止めようと近づいた。


 「――これぐらいの事は当然で御座る!聖騎士共の進軍を許すだけでなく、城は陥落。果ては、むざむざと首を取られる恥さらし!この、一生の不覚ぅ!!“りべりある”殿には向ける顔がありませぬ!!!」


 ノブナガ……?やはりさっきの感じは、ようだ。


 「ノブ……、ナガ……?」

 「りべりある殿って……、あんたまさか……!?」


 春沢も気付いたらしい。


 「あい、拙者。“鬼兜のノブナガ”で候ふ」


 先生が少しだけ顔を上げてこちらを見た。


 鬼兜のノブナガは、俺の元は部下で移動要塞の迷宮ダンジョンの守護者である。鬼人族の男だ。真面目で礼儀正しく、少々融通は利かないが、とても頼りになる武人だった。


 まさか、こんな所で新たな継承者に邂逅するとは思ってもいなかった。しかも、先生がそうだなんて。


 取り敢えず、この状態を誰かに見られるのも色々とマズいので、先生には立ち上がって貰った。


 「――。もう、謝るなんてやめてくださいよ。俺、全然気にしていないですし……」

 「りべりある殿こそ、“先生”などと言わずに“ノブナガ”と昔のように接して下され」

 「その……、今はリベリアルじゃないですし……」

 「そうはいきませぬ。拙者も武士の端くれ、仕えた主には一生の忠義を通す所存。りべりある殿が望むのであれば、切腹も辞さない覚悟に御座る!!!」


 先生は荷物の上に偶然あった、カッターナイフに手を伸ばす。


 「あ!いや……、今の時代、コンプライアンス的にそれはちょっと……!!?」

 「……」

 「春沢も一緒に先生を説得してくれ!」

 「えぇ、なんかめんどくさそうだし……」


 春沢は俺達の熱い友情を、なんだか関わりたくなさそうな目で見ていた。


 「む、そちらの方も継承者で御座ったか!?」

 

 これ以上の面倒ごとは、困るので春沢にアイコンタクトを送る。


 「ウチはの只の知り合いってだけで~す」


 なんか言い方が少し気になるが、ここはスルーしておこう。


 「――先生もそろそろ落ち着いて。先生は記憶の混濁で混乱しているだけで、今の先生は“鬼兜のノブナガ”では無く、“ぴゅあろりはぁと先生”ですから」

 「りべりある殿……。いや、そもそも今の今まで思い出さなかったのも、このなどに現を抜かしていたのが原因!!!」


 先生は、着ている『ノブナガちゃん』がプリントされたスタッフTシャツを破ろうとしだした。


 「うわあああ!先生止まって下さい!!」

 「ちょ、なにしてんの!?」

 「いいや、どうか止めないでくだされ!!!女子おなごの姿にしたものなどぉ!!!偉人を侮辱するだけには留まらず、とんだド変態野郎では御座らぬか!!!!!」

 「……。え?」


 制止しようよとした手が止まる。


 「この世界には、“織田信長公”という偉人がおりますであろう?」

 「へ?」

 「そして、この『ノブナガちゃん』は誰がどう見ても信長公を女体化したきゃらくたあ……。更に、このノブナガも信長公と同じ名……」


 あ――。先生が何を言いたいのか分かってしまった。


 「先生駄目だ!その考えは危険です!!」

 「拙者は、この世界の信長公と同一人物ではなかろうか!?」

 「待ってください先生!」

 「――ただ、名前がおんなじってだけで、同一人物ってのは無理あるっしょ」

 「むぅっ……」


 春沢ナイス――!いいぞ!!


 「――いや、しかし。あちらの世界にも“イエヤス”や“ヒデヨシ”などもおったし……、なんなら拙者の最後は“ミツヒデ”による謀反むほんであった……」

 「う……」


 確かに、「鳴かぬなら、殺してしまえ、ふぇにっくす」とか言ってた気もする。


 ……。


 しかし。


 俺は先生の正面に立つ。


 「先生。『ノブナガちゃん』をこんなものだなんて言わないで下さいよ。俺は、今まで何度も先生の作品には心を救われて来たんだ」

 「鱶野……」

 「りべりある殿!」


 つらい時、悲しい時、ぴゅあろりはぁと先生の作品を読んで勇気づけられて来た。俺の青春は、『ノブナガちゃんの受難』と共にあったと言っても過言ではないのだ。涙が自然と零れだす。


 春沢もつられて涙ぐんでいる。


 「それに――。“鬼兜のノブナガ”が織田信長で、先生が間接的に自身のTS本出してる事になったっていいじゃないっすか。――俺、逆に需要あると思いますよ!?」

 「りべりある……、殿……?」

 「おい!」


 数分後。先生の記憶の混濁は収まり元に戻った。

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