コミックパレードの乱

 時は令和。

 有史以降。古くは昭和より、脈々と受け継がれて来た武士オタクの魂の祭典が今年も執り行われるのだ。


 “コミックパレード”。


 毎年、夏と冬。東京ビックサイトにて、アニメ、漫画、ゲーム関連の自作本やグッズを、個人がプロアマ問わずサークルという形式で参加して配布する超大規模イベントである。


 その参加人数は、開催される三日間合計で70万人に達するという。


 俺は今日、自らの神と崇める人物に会うために、この熱き祭りへと参加するのだ!


 「うぅ……、ひどい目に会ったんですけど……」


 ゆりかもめに揺られ、ようやく駅に着くと、乗車率120%の車両から解放されてヨレヨレになった春沢が、降車口から出る。フリフリの服が台無しになっていた。


 「何のイベントかわかんないけど、デンシャの中オタクだらけだったし……、ここまで遠出するなら、渋谷か池袋の迷宮ダンジョンでも良かったくね?」

 「迷宮ダンジョン?――何を言っている春沢よ。今日は探索配信に来たんじゃないぞ??」

 「へ?」

 

 タオルで滴る汗を拭っていた春沢の手が止まる。


 「は?なんでよ!?鱶野が朝から「今日は特に過酷だから気を引き締めて行け。フフフ……、気を抜けば……死ぬぞ!?」とかキモいこと言ってたんじゃん!」

 「当たり前だ。これから向かう先は、戦場なのだ。ちゃんとスケジュール表にもコミックパレードって書いておいただろ」

 「ウチは、そう呼ばれてる迷宮ダンジョンがあるのかと思って……」


 まさか、春沢がオタクについてこんなに無知だとは思わなかった。


 「まぁ、確かにある意味、迷宮ダンジョン探索よりも危険かもな……」


 不敵に微笑む。


 「……」


 俺は、人間同士がこれでもかというくらいにぎゅうぎゅうにされて出来た長い列、そして、その先にそびえ立つ神々しい建物を指さした。


 「嘘でしょ……」


 春沢の顔から血の気が引いた。少し日焼けしてこんがりしていた肌も元の白ギャルに戻っていく。


 「我々は、これよりコミックパレードに参加するのだ!」

 「……まさか、あの中に混ざるって言うの!!!?」

 「大丈夫だ春沢、今回の本命。我が敬愛する“ぴゅあろりはぁと”先生のサークル“第六てんまおー”は、超絶人気な為。整理券が事前抽選で配布されているのだ。なので、から安心していいぞ」


 俺は、歴戦の戦士の顔つきで頼もしくサムズアップをして見せる。


 「そーゆー問題じゃなーい!」


 春沢の叫びは、雲一つない真夏の青空に吸い込まれていった。

 本日、快晴。日本晴れである。



 ※※※



 会場入りして30分。


 「くさいー熱いーダルいー」

 「おい。文句を言うんじゃぁない。そんなに嫌なら変えればいいだろ」


 周りの目もあるので、やんわり春沢を注意する。


 「はぁ!?鱶野が誘ったんじゃん!」

 「春沢が勝手に勘違いして、ノコノコ付いてきたんだが?」

 「ぶー。それに「そんなに並ばない」って言ってたし……」

 「あぁ。コレまだ列じゃないからな。移動してるだけ」


 やはり春沢は、コミックパレード初心者。ここでは、今までの常識は通用しない事がまだ理解できていない様だ。


 「え!?それマジで言ってんの!!!?……オタク恐るべし……」


 心なしか俺たちの周りにだけ少し開けたスペースがある。


 え――!?もしかして俺汗くさい!?これはデブの宿命なのだ。冬は人の身体で暖を取るくせに、夏になると直ぐに厄介者扱いだ。しかし、今日は通気性の良いシャツに、制汗スプレーもしている。熱ぐるしいかもしれんが、汗くさくは無いはず……。

 

 「っち」


 誰かが舌打ちをした。

 

 成程――。皆、春沢にビビっているのだ。

 絵にも描いたようなオタクのイベントに紛れ込む、コテコテのギャル。しかも、オタクには優しくないオーラが出ている。異質だ。


 差し詰め俺が、イベントに比オタの彼女を連れて見せびらかしているクソ野郎とでも見えてしまっているのかも知れない。

 

 だが、信じてほしい俺は君たちの仲間なのだ――。どちらかと言えば、ストーキングされている被害者である。


 「おい、あれギャル沢じゃね」


 また、遠くの方で声がする。

 しまった――!俺としたことが、失念していた。夏休み前の事件以来、春沢はすっかりネットの人気者である。こんな人の集まる場所なら、春沢を知ってる奴がわんさかいると考える方が自然なのだ。


 変なのに絡まれる前に、ぴゅあろりはぁーと先生の“ノブナガちゃんの受難設定資料集会場限定版”だけは、確保せねば――。


 俺たちは、行きかう人込みを進んでいく。


 「あっれぇ!?鱶野君と……ハルちゃん……!?」


 って言っているそばから――。ん?何処かで聞いたことある声だな……。


 俺はその声の主を知っていた。

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