魂に刻まれしもの

 春沢は制服に、ピンクのカーディガンを羽織っていた。迷宮ダンジョン内は夏でも肌寒いのだ。


 「どうか命だけは、何卒なにとぞぉ!」


 先手必勝。先んずれば人を制す。

 俺は、ギャr……、もとい春沢と邂逅かいこうし、すぐさま流れるように土下座をした。

 こうするくらいしか取りつく島が無いのだ。湿った土が鼻先に触れた。


 「はぁ!?何してんの急に?」


 勿論困惑するだろう。それこそが狙いだ。


 「昨日、魔王として覚醒した時、俺は殺された時の事も思い出した!お前なんだろ、姫騎士ルクスフィーネ・ラプス・フォルテシア!?」

 「だからなんで、土下座してんのって!!」

 「俺は死にたくないし、誰も気付つけたくもない。だからこうしている」


 俺も鋭い視線で春沢を見つめ返した。

 春沢が一体何をしに来たかなんて分かりきっている。こうなる覚悟は昨日からしていたのだ。



 ※※※


 

 異世界。アリスヘイム。

 この世界は、中央大陸と暗黒大陸。人類軍と魔王軍。光と影。

 二つに分かたれた勢力が800年にも及ぶ、不毛な争いを繰り返していた。


 我の名は、魔王リベリアル・ルシファード。


 これは、俺。鱶野辰海の魂に刻まれ記憶だ――。


 かつて暗黒大陸に、我々の祖先が瘴気しょうきの研究のために上陸したのが1000年前だ。

 始めは高濃度の瘴気に死者が多数出たが、何度か世代を重ねるうちにその中から耐性を持ったが生まれたのだ、それが魔人だ。

 そして、いつしか我々は魔族と呼ばれ、人類の敵となっていた。


 今まさに、我が国は人類軍の侵攻を受けていた。


 城の外は、硝煙しょうえんと血の匂いでむせ返り、奪われ、壊され、踏みつぶされ、かつての繁栄は見る影もなくなってしまった。


 我が腹心である守護者達とも、既に交信が途絶えていた。皆、己が守る迷宮ダンジョンにて、その最後の一瞬まで自らの役目を貫いたのだ。


 我は、ともがら達のとむらいいをすることも許されず、たった一人魔王城の玉座にて構えた。魔を統べるおさとしての最後の責務を果たす為に、人類軍聖騎士団の進軍を迎え撃つのだ。


 そして、王座の間へと三人の英雄が乗り込んでくる。


 「魔王リベリアル・ルシファード!暴力と混沌をばら撒く悪魔め、我が聖剣にてその元凶たる貴様を討つ!!」


 一番に向かってくるは、白銀の甲冑かっちゅうに身を包んだ姫騎士だ。

 真っ直ぐと迷いのない太刀筋で切り込んできた。


 鍔迫つばぜり合い。


 我も魔剣を抜きそれに応戦する。姫騎士を押し返し、玉座から立ち上がった。


 「ふははははは!まるで酷い言われようではないか!どうやら貴様らとの和平交渉への道は完全に途絶えたと見える」

 「何が和平交渉だ!お前は、我らの土地を焼き、民を殺した!!一か月前の大虐殺を忘れてないぞ!!!」


 金色の甲冑の勇者が、姫騎士と入れ替わるように割り込んだ。


 「ぬうう、はあっ!!何も知らぬ愚か者が!!彼奴きゃつらは、我が輩をさらい、奴隷として堕とし辱めたのだ!!当然の報いであろう!!!?」

 

 切り返した勢いで、激昂げきこうする。


 「そんなはずは……」

 「でまかせを言うな……!」


 一瞬。

 息の合った連撃を繰り出してきていた勇者と姫騎士の動きが鈍る。


 「いけません!ルクスフィーネ!!勇者!!リベリアルの揺さぶりに惑わされないで下さい!!!」


 その隙を埋めるように、純白の衣をまとった聖女が後ろから魔術で援護する。


 「あ、あぁ!こいつらは世界を我が物にしようと侵略を企てる悪党だ。分かっている!!」

 

 姫騎士は迷いを払い、聖剣の一閃を放つ。


 「これでは、どちらからさきに侵略を始めたかなど言っても、信じぬのだろうな!」

 「もう、貴様の言葉を聞く耳など持たん!」

 「今です!!ルクスフィーネ!」

 「ぬぅ!?」


 勇者と姫騎士の剣戟に応戦していて、不覚にも、足元のには気づかずにいた。


 「これは!大いなる魔術グランデル・マギカ!!ぬうぅう!!!?」


 我の足元にいつの間にか展開されていた魔術式。その巨大な魔術式から現れた光の鎖が、全身に絡みつき動きを封じられたのだ。


 「終わりだ!リベリアル!!!!!!!」


 残響。


 ルクスフィーネは鎧ごと我の心臓を貫いた、その一撃の音だけが王座の間に響く。


 「終わりだ……これで」

 「……ぬぅぅ、見事!――と、でも言っておこうかぁ!はああああああああ!!!!!」

 「何!?」


 我は不死身。正確には同胞たちから少しづつ命を分けて貰っていたのだ。そうやって700年生きてきた。


 「やはり不死身ですか。――しかし、それは大いなる魔術グランデル・マギカではありません。魔王リベリアル・ルシファード!貴方を封印するために神より預かった世界を書き換える力イデアル・スケールです!!!」

 「なんだそれは!?」

 「ルクスフィーネ!魔力を!!」

 「ああ!!!!」


 ルクスフィーネが聖剣を通して我に魔力を送り込む、抵抗する力を奪うためだ。


 「――なるものか!ここでついえてなるものかあああああああ!!!!!!!!!」


 我は全魔力を放出して、最後の最後まであらがった。


 そこで意識が途絶えた。



 ※※※



 「今までの事は全てゆるす。だからおまえもおれを赦せ!」

 「はぁ!?ふざけんなし!!私の国も家族も友達も全部あんた達が滅茶苦茶にしておいて……、それを許せっての!?」

 「だからそれは前世の話だろうが!」


 俺が昨日睡眠時間を削って導き出した答え。

 それは“前世は前世、今は今”だ。


 継承者おれたちが受け継いだのは記憶と力だけ。前世と今は別人なのだ。

 誰も今の自分を犠牲にして、過去の責任や痛みまで背負う必要は無いのだ。それを春沢にも分かって欲しかった。


 それに。


 もうこれ以上、間違った戦いで誰も気付つけたくはない――。これは魔王リベリアル・ルシファードが最期に残した願いだ。


 これには俺も同意見だった。


 「……」

 「……」


 しばらくの間、にらみみ合いの沈黙が続く。


 「あ、今ちょっとパンツ見えた」

 「あ!?」


 もおおおん!俺の馬鹿――!!今真剣な話してたでしょ!?

 沈黙に耐えきれず、何か言おうとしたらつい心の声が漏れてしまった。


 「いや、何でもないです。……んん!――では、春沢!貴様は、前世がミジンコだったら、ミジンコとして生きるというのか!!?」

 「はぁ?」


 う、まずった――。この「はぁ?」めっちゃキレてるときのやつだ。


 感情的になってる相手に、マジレスをかます。ネット掲示板文化に浸り過ぎたオタクの悪い所が出てしまった。レスバでは意地でも負けられないのだ。


 「もういい、意味わかんないし、あんたはここで!私が倒す!!」

 「ま、待て!春沢!!」


 咄嗟とっさに。


 魔術で氷漬けにされると思い、後ろに飛んで距離を取る。


 しかし、春沢はその場で姿勢を正して目を閉じていた。


 何をするつもりだ――?


 それはまるで剣をたずさえているかの様な構えに見えた。


 「聖剣」


 左手にある魔導紋が太陽のように輝きを増す。


 一瞬、春沢が温かい光に包まれた。


 そして、目を見開いた。


 「抜刀!」


 そう口にすると。


 光が離散し、俺の目の前には、聖剣を手にし白銀の甲冑に身を包んだ姫騎士の姿があらわとなった。


 え、何それ格好良いんですけど――。

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