継承者

 俺の前世は異世界の魔王だったのだ。


 ネットでは昔から、“継承者”なる存在がいると噂されていたのだが、正にそれが俺なのだ。


 継承者は、その名の如く、魔導紋に紐づけられた前世の記憶や、能力をした人間の事だ。強くてニューゲーム。言ってしまえば異世界転生者である。


 そこで、一つの疑問が出来た。俺はこれから、陰キャオタクの鱶野辰海として生きるのか、陰キャオタクの魔王として生きるのかだ。

 俺は、一晩悩みに悩み、熟考の上に熟考を重ねた。なので実質六時間くらいしか寝ていない。


 その結果。俺は、俺として生きていく事を決めたのだ。



 ※※※



 俺は今日、高熱と腹痛と鼻炎と咳で学校を休んでいる事になっている。ズル休みをしたのだ。


 水道橋と鷹村には、口裏を合わせるようにのお願いと、今までⅮライバーだったのを黙っていた事についての謝罪のメッセを送った。二人とも怒る事は無く、逆に何故だか心配された。

 ただ、チャンネル登録はしてくれないみたいだ。奴らもたつらーの側に付いたのだ。


 後、今学校中では、昨日の配信の事で話題は持ち切り、豊徳院達は時の人としてちやほやされているらしい。羨ましいです。はい。

 あんな危険な目に会っても学校側からは、何もおとがめも無かったらしい。きっとライブライバー社からの圧力があったに違いない。悪徳企業なのだからそれくらいしてくれないと困る。


 俺は朝、いつものように制服で家を出ると、通勤ラッシュ時間の電車に乗って立川に来ていた。


 立川第二迷宮ダンジョンへ潜って探索する為である。色々試したいことがあったのだ。


 先ずは配信事務所ギルドに進路を取る。昨日はあの後寄らずに直帰したので貸し出しレンタル探索用防護服スーツを返さないといけない。


 朝は駅前も混んでいた。皆、通勤の為に駅へ向かっているのに、俺だけがその流れに逆らっているようだった。

 

 事務所レヴナント・ブリゲイドは今日もがらんとしていた。


 場違いな程明るいチャイムを鳴らしながら、俺は事務所に入っていった。


 「いらっしゃ……、って。たっくんか」


 受付に座っていた千空さんの声が、接客用のトーンから身内用へと変わる。


 「今日は学校じゃないの?」

 「んん、ちょっとね……」


 そう答えると千空さんは、それ以上深くを追及して来ることは無く、たった一言「青春だねぇ」と呟いた。


 そして今日も、いつも通り黄昏君くん一号で転移門ゲート前まで送ってくれた。


 車内では昨日の配信が話題となった。

 千空さんも豊徳院の配信を少し見てたそうだが、実は、千空さんは迷宮ダンジョン配信動画をあまり見ることが無いので、「たっくんっていつもあんな事してるの!?ケガしないように気を付けなよ」となんとも平和な感想を述べた。


 ただ、貸し出しレンタル品の防護服スーツをボロボロにした事は凄く怒られた。貧乏企業なので、修繕費しゅうぜんひは雀の涙程しかない俺のインセンティブから引かれる様だ。


 昨日の事があったのにも関わらず、転移門ゲートは封鎖されていなかった。こちらとしては、都合がいいが。


 只、周囲の駐車場や路上には30台くらいの車が駐車されていた。


 立川第二の中は、平日なのにも関わらず、今までで一番探索者が殺到している。二匹目のドジョウをすくおうという魂胆こんたんだ。


 しかし、昨日あったはずの転移門ゲートは無くっていて、それを見ては帰っていく者もいた。有名配信者とも何人かすれ違った気がする。


 俺は、だろうな――。としか思わなかった。


 因みに、俺の今日の服装はジャージである。防護服スーツでもないただのジャージだ。一応、千空さんには、「トモダチノ豊徳院君ガ新作スーツヲカシテクレタ(大嘘)」と誤魔化した。しかし、特にジャージに触れることはなく、俺に友達がいたるという事実に驚いて少し感動していた。失敬な――。


 それも昨日の配信に映ってしまったことを考慮しての事だ。後、顔バレ(なんか有名配信者見たい)もしてるので目出し帽を被っている。完全にである。変な輩に絡まれたくないのだから仕方が無い。


 それに、今の俺なら防護服スーツなど無くとも余裕なのだ。昨日の死神アンデッド・ロードが出て来ても、一人で返り討ちに出来るだろう。


 せっかくなのでついでに配信もしながら迷宮ダンジョン内を探索をしたが、特に盛り上がることも無くいつもどおりに、第五層まで着いてしまった。同接は50人くらいだ。


 まぁここまでは、前座みたいなものである。


 「え~それじゃぁ、今からこの封鎖門サイレンス・ゲートを通りたいと思いま~す」


すたみな次郎『お、またざこニキが変な事始め出したぞ』

空中ブランコ『封鎖門サイレンス・ゲートってSランク探索者でも開けないんじゃないの?』


 「まぁ見てなさいって」


 封鎖門サイレンス・ゲートは休止状態の転移門ゲートの事だ。

 迷宮ダンジョン内の転移門ゲートは魔力を流す事で他のフロアへ移動でき様になるのだが、場合によっては、魔力量が足りていないと起動できないのだ。つまりは、必然的に探索者ランクによって通れない転移門ゲートが存在することになる。


 そして、この封鎖門サイレンス・ゲートはSランク探索者ですら開けることができない。実は世界中の迷宮ダンジョンにこういった封鎖門サイレンス・ゲートは存在する。


 この立川第二迷宮ダンジョンと言ったが。それは、は探索されきっているということなのだ。


 今日、俺が試そうと思った事その一。“魔王権限的なもので未開拓エリアを探索しちゃおう”である。



 ※※※



 結果から言うと、普通に入れた。


ひめひめひめなー『えぇ……、何で入れるの?』


 「俺は実は、魔王の継承者なんだわ」


 そして、その二。“魔王系Ⅾライバーとして売り出していこう”である。俺の前世が魔王だと分かって、直ぐ閃いたのがこれだ。正直、を最大限に利用するくらいしか、チャンネル登録者10万人を達成する方法が思いつかなかった。


 現に昨日は、(止めを刺したのはギャル沢だが)豊徳院はでチャンネル登録者を20万人も増やしている。


 実際、実力はあるのだからガチでも、ネタでもバズってくれればいい。

 取り敢えず、たつらー達とその下地を固めていこう――、と思ったのだ。


すたみな次郎『やっぱりな……、ってなるかい!』


 まぁそう簡単に信じて貰おうとは思っていない。


 「いやでも、Sランク探索者でも通れない封鎖門サイレンス・ゲート通れたし……」


閃光の射手ブラッド『だからって、どんな理屈だよw継承者ってあれだろ、異世界転生者的な』


 「そうそう」


無限の聖槍ロジャー『大体、魔王だとしてなんでⅮライバーなんだよ?魔王ったら世界征服とかだろ?』


 「えぇ……、だってめんどくない?それに俺陰キャオタクだし、人前ってのはちょっと」


『『『『『配信者だろお前!』』』』』


 怒涛のツッコミである。


 「それにあっちの世界じゃ、人間と魔人を仲良くさせようとか頑張ったけど、聖女とか勇者にめちゃくちゃ殺されかけたし。そもそも、この世界人間だけだし……、俺痛いのも嫌だから」


『『『『『お前探索者だろ!』』』』』


 などと、たつらー達とイチャイチャしていると、


 ――!?


 背後から、嫌な感じのオーラ的な気配を感じ取る。


「こんな所で、一体何の悪さをしようってワケ?」


 何奴――!?などとは言わないのだ。


 きっとそうだろうと思っていた。生まれ変わろうとも逃げられない。宿命と言うやつだ。


「魔王リベリアル・ルシファード!」


 それは懐かしき、かつてのおれの名だ。


「ふはははは!やはり来たか……、ギャル沢……!!」

「ギャル沢って呼ぶな」

「ひっ」


 格好良くタメを作って振り向くと、春沢真瑠璃さんは、それはそれは女子高生がしてはいけない様な、とても鋭い目つきで鱶野君をにらんでいたらしい。


「――はい、すいませんでした。以後気を付けまっす」


魔王は怖くてすぐ謝った。

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