大いなる一歩は小さな一歩
神羅万象。大いなる一歩の始まりは必ず小さな一歩からなのだ。
どんな事でも始まりはいつも小さな“一”である。
それは、かつて月に行ったニール A アームストロング氏も似たような事を言っていた。
であれば、チャンネル登録者目標十万人に向けて動き出した俺は、今日その小さな一歩を踏み出したに違いないのだ。
俺は、千空さんの
適当なところに車を停めると、事務所で探索用の装備に着替えていたため、そのまま下りてゲートへと向かう。
「ようし、着いたぞ少年」
「うっす。じゃ行ってくるよ」
「んじゃ、気を付けてねぇ、もし迎えも必要ならメッセして」
「ん、分かった」
「――では、辰海二等兵健闘を祈るッ」
千空さんは、そう言って敬礼すると
二等兵とはよく言ったものだ。きっと俺の軍服チックなこのスーツから連想されているのだ。
貸し出し品の中にはもっと新しめの、今どきの主流のファンタジーチックなデザインの物もあるが(それでも数年前の型落ち品だが……)、俺の
ダンジョン探索の民営化が始まってから、最初は、取り敢えず実用性重視のこういった動きやすくて丈夫な服装が多く出回ったのだ。
我が
“
実は、探索用の衣服は結構高額で、それは、魔力を通すと硬度が増す繊維など特殊な技術や素材がふんだんに使われているからだ。安物でも十万はする。
そんななので、装備品は、レンタルするといった探索者は少なくないのだ。
この格好が恥ずかしいので、俺は人目を気にしながら、そそくさとゲートに急ぐ。
ここのダンジョンは立川市の管理となっている為、使用料が無料で財布に優しい。
一般の人が入れないように、公園の公衆便所の様な見た目の
ゲートは、うねうねと時空をゆがめる渦の様な風貌で、ブラックホールを連想させる。
初めての時はその見た目から入るのに結構勇気が必要だった。
それを無事潜り抜けると、やっとダンジョンへと到着するのだ。
※※※
立川第二ダンジョンは、一般的な洞窟タイプのダンジョンだ。
洞窟と言っても中はかなり広く、地下空洞世界と言った感じで中型の飛行種も生息す。
ここでは、スライム・ドリアード・洞窟コウモリに洞窟オオカミ、コボルトにワイバーンなど約30種が確認されている。
地下第五層まで存在し、探索されっきている為、宝箱などの発見の期待は出来ない。が、資源はまだ豊富に存在するため、魔鉱石や薬草の採取、モンスターからの素材の剥ぎ取りなどの戦利品が期待できる。
俺は、ダンジョンに着くと、早速“Ⅾギア”の電源を入れて配信の準備を始める。
Ⅾギア。正式名称、ダンジョン・ギア。腕時計型の
通常の電波が届かない
このⅮギアの電波を利用して我々はこの異界からでも問題なく動画配信をすることができるのだ。
俺は、ドローンカメラを起動して一人称視点で配信を開始する。顔出しはしない。
「え~、皆今日もお疲れ様!いつも見てくれてありがとうな!!それじゃぁ『第351回、タツミのダンジョン無双録。』開始してくぜ!!!」
『……』
陰キャの
が、当然の如く無反応。
水のない井戸にだって、石ころを投げれば何らかの音が返ってくるぞ――。
俺は一体何に話かけているのだろうか。悲しくなる。
まぁいつもの事だ気にしない。
ここで折れたら、チャンネル登録者10万人なんて夢のまた夢だ。
それにこの時間帯なら、ダラダラ配信していれば同接500人くらいはいくだろう。
そこで一つの疑問が生まれる。
チャンネル登録者一桁のクソ雑魚Ⅾライバーのこの俺が、同時接続500人獲得できるか?だ。
答えは簡単である。
俺は、実は時々姫苗ちゃんの番組にゲスト出演することがある。つまりは、姫奈ちゃん経由で見に来てくれるのだ。
姫苗ちゃんは、まだ、ダンジョンを探索出来る歳じゃないので、探索風景を実況してそれを配信していくというスタイル、
メインは、
『ひめなちゃんねる』の毎週土曜日は、俺か源さんが実際に探索をして、それを見て姫苗ちゃんがイジると言った趣旨の生配信をしている。
因みに俺の時は、“ざこざこおにーさん配信”。源さんの時は、“つよつよおねぇさん?配信”となっている。
その恩恵が同接500人と言うわけだ。
すたみな次郎『お、ざこニキおるやんけ』
最速の牛歩『生きとったんかわれぇ!』
痛風のタツナー『俺もここにいる』
お、やっと来たか――。
俺は、Ⅾギアから映し出されているホログラムディスプレイを見てコメントを拾う。
コイツらは潜在的俺のファン、“たつらー”である。虚空に話し掛け続け、既に30分は経っていた。
「おぅ、コメント書き込みありがとうな!良かったらチャンネル登録、好評価もしてくれよ!」
すたみな次郎『などと供述しており』
三人目の僕『俺たちにお願いとか、百年早いよなぁ!?』
ひめひめひめなー『自ら、唯一の武器を捨てるのか……』
みぎよりレッドロード『登録者増えたら“ざこおに”じゃ無くなるだろうが!分かってんのかタツミはよぉ!?』
「うるさいわぃ!」
これこそが潜在的という
何を血迷ったコイツらは登録者数が少ないことが俺のアイデンティティーだと思っているのだ。
あえてチャンネル登録はしないで、配信をコメントでイジって愛でる。
これこそが
「――あっ、ちょっと待って。今、スライム襲って来た……よっと……」
目の前の進路に三匹。
水色で半透明のスライムが躍り出て、捕食しようとこちらに飛んでくる。
慣れた手つきで手を
と、手の甲の魔導紋が光り出し、それに呼応して掌の前に術式が展開される。
ダンジョン内は、魔力に反応して発光するシャイングラスやら魔光草やらが自生していて結構明るいが、それを更に赤く染め上げた。
この間一秒。
すぐさま。
術式からサッカーボールくらいの大きさの火球がボォッ、ボォッ、ボォッ、と、音をたてて放たれた。
無詠唱での魔術三連射の精密射撃、何気にスゴ技である。
着弾。
威力が少し強かったか、地面が微かに
「――ふぅ。よぅし、まずはスライム三匹討伐完了!」
体育の翔さん『こなれた感じでイキるな!』
すたみな次郎『無詠唱でイキるな』
みぎよりレッドロード『相変わらず登録者少ない癖に地味に強くて草』
小田亮『南山!!』
エミール『出てこなければやられなかったのにな……』
みぎよりレッドロード『もっと苦戦しろ!あほ!!』
「えぇ……、じゃぁ次から苦戦します……」
硬派な俺は、やらせなどは嫌いでそういった不正は一切しない!が、視聴者が求めるのであればやむなし、か――。
少し位リップサービスしてやろう。
みぎよりレッドロード『平然と八百長しようとするな』
痛風のタツナー『どうしてそんな事言った!言え!!』
最速の牛歩『やるにしても、宣言すんなw』
じゃぁどうしろと――?俺は、離散したスライム達が残していったジェム(スライムの心臓の様な部位)を拾いながら困惑する。
因みにスライムは全身が脳みその様な役割をしていて、“量子コンピューター”に転用できないかと注目されているらしい。
そして、あの可愛いつぶらな瞳の様な部位は、分解できなかった食事の残りカスだそうだ。
つまり、う〇こである。
俺は、これを知った時、調べなければ良かったと激しく後悔をした。
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