第7話

 時刻は十七時。


 夕焼けが大地をオレンジに染めて、人影をにゅっと長く伸ばす。飲食店はゴールデンタイム手前のため、客を取り合うように自慢の香りを漂わせる。抗えなかった人は食べられるみたいに店に吸い込まれていった。


 正樹まさきは駅前にあるベンチに腰を下ろし、スマホを弄る。一昔、スマホも折り畳み携帯もなかった時代の人々は、暇をどうやって潰していたのだろうか。


 いや、暇なら文庫本でも読めばよいことだ。更なる問題は待ち合わせである。日付時刻を指定したとしても遅れる場合は、どのような対策がなされていたのか。


 近年の若者はタイパ(タイムパフォーマンス)をかなり重視している。これは時間に対する貴重性や、無駄を省く意味合いがあると思われる。ならば、誰かとの待ち時間ほど効率的じゃない時間もないのではないだろうか。


 しかし、時間効率を決めるのは結局のところ自分である。自分が良ければ、タイムパフォーマンスは高いわけだ。


 スマホを眺める正樹。彼の今は、タイパが高いのだろうか。


 そこに改札口から勢いよく飛び出したまいが、手を振って接近する。


「おー待たせ!」


 瞬時、正樹はスマホをポケットにしまい、ベンチから立ち上がった。


「僕も今ついたばかりだよ」


「なるほど。私はこうメッセージしたと思います。十五分ぐらい遅れると。なんだいまさ君も遅刻ってわけか~」


「これって気遣いの言葉だろ?」


「私とまさ君の間に気遣いは無用。だって絆で結ばれているからね」


「はぁんー。二十分待たされた間に、良さげな店に見つけておいた」


「待たされた⁉」


 驚いた表情をする舞に、正樹はジト目を送る。


「気遣いいらないんじゃないの?」


「――気遣いください!」


「全然待ってないよ、僕も今ついたばかりだよ」


「一緒だね!」


 イェーイ、と二人はハイタッチ。


 すぐに互いの顔は無表情になった。


「なーにやってるんだろう、私達」


「おい⁉ やらせておいて、その反応はないんじゃないかな」


「てらりーん、きゅぴきゅぴるーん、テヘペロリーズ、きゅん」


「えーと、店はあっちだな」


「やらせておいて無視っ⁉」


 スタスタッと歩き始めた正樹を追いかけて、舞は小走りする。


「それでお店って、どういう系? もしかして焼肉!」


「このスーツ明日も着ていくんだぞ、臭いがつく」


「それもそうだ。じゃああれだね、カレーうどん屋」


「なんでだよ。居酒屋だよ、普通の。やっぱ大人の社会人となれば、居酒屋だろ」


「確かに! 大学のサークルで居酒屋行く時は大人って感じよりも、遊びの延長戦みたいだったもんね」


「実際そうだった。俯瞰して考えてみると、かなり迷惑な団体に違いない」


「それは、先輩達でしょ」


 二人は過去の話をネタに和気藹々と雑談しながら、町の景色に吸い込まれていた。



🥄🥄



 次の日から正樹と舞は社会人として、仕事が本格的に始まった。


「はい、ヨーグルトとスプーン」

「やっぱ朝はヨーグルトだよね」

「朝は納豆が一番だ」

「納豆かー、臭くない?」

「だから離れて食べているだろ」


「お昼はどうしよっか?」

「うーん……まだ仕事がどれだけ忙しくて、大変かわからないし、社員食堂かコンビニとかだな。余裕ができてからお弁当を作るか、どうか決めよう」

「そだね。夕食も交代で作るから、お弁当の場合もそうなるかな」


「まさ君、オムライス作るの上手過ぎない⁉」

「喜んでもらってなにより。まあ、動画サイトで見た通りに作っただけなんだけど」

「うん、美味しい! 卵の下にハンバーグを隠すとは、やりおる。それもチーズハンバーグだと……⁉」

「幸せそうに食べてくれて、作った甲斐があるよ」


「じゃじゃーん! スーパーで買ったプリン」

「もちろん僕の分もあるんだろうね」

「プリンは身代わりの術で、二つになった」

「どっちも本体じゃん、それ」

「まさ君、スプーン取って」

「はいはい。こっちが『まい』のスプーンだな」


 ゆったりと今日も日常に流れるのだった。

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