第13話 初めての朝
頭がガンガンして、エマは初めて経験する二日酔いで最悪な気分で目を覚ました。
「……ィタタタ。ウー……ン?」
見たことのない寝台に、見たことのない部屋。茶色で統一された寝具、部屋も茶色とアイボリーで統一され、落ち着いた雰囲気である。
「おはようございます、エマ様」
「……はよ。ここは?」
「伯爵様の寝室です。伯爵様はもう出勤なさいました。エマ様はゆっくり寝かせておくようにとのことで、今晩は早く帰るから、夕食は共にとのことです。あと、部屋の引越しも言い付かりました」
「引っ越し?」
エマはガンガンする頭を押さえて呻くように聞き返す。
「はい。エマ様がいらっしゃっる部屋は子供部屋なので、伯爵様の部屋の隣の夫人の部屋に」
今まで子供部屋にいたのかと衝撃を受ける。なんとなく可愛らしい部屋だなとは思っていたが……。
「あー、もしかして……今までの婚約者の人達も使っていた部屋だったりする?」
アンはビックリした顔をして、エマの為に朝食兼昼食の用意をしていた手を止めた。
「まさか!ご令嬢方は客室をお使いでしたよ。一番伯爵様の寝室から遠いお部屋で、見晴らしの良い部屋をご要望でしたから」
「そっか」
(やっぱり、他の女性と……した部屋はね)
「引っ越しを言い渡されたと同時に、エマ様と婚姻を結ばれたことも、使用人達に伝えられました。右手の婚姻の証を示されまして」
エマは、今まで手袋や白粉で隠していた婚姻の証に目を落とした。これを堂々と見せびらかせると思うと、ちゃんと結婚したんだなという実感が湧いてくる。
「お食事、ベッドにお運びいたしますね」
「え?いいよ、そっちのテーブルで食べるし。ここ、エドガーさんのベッド……なのかな?」
「さようです。ああ、ご無理なさらず。身体は大丈夫でしょうか?どこか痛いところは?」
食事がのったトレーをベッドに運ぼうとしていたのを手で制し、エマは痛む頭を押さえてベッドから下りた。
「頭が痛い。……二日酔いなんて初めて」
記憶では、ワイン一杯しか飲んでいない筈だ。あまりの酒の弱さに、やはりこの身体は自分の物じゃないんだと痛感する。
「頭……ですか?身体は?歩けますか?」
「歩けるよ」
「ハァッ、伯爵様も初夜の次の朝くらいご一緒にいられれば良いのに。気が回らないんですから」
「初夜?!……ァタタタッ、いや、違うからね」
自分の声が頭に響いて、エマは頭を抱えてテーブルに手をつく。
「え?!同衾なさったのに、まさかまだ?」
エマはヨロヨロと椅子に座ると、テーブルにグデッと突っ伏した。
「多分?」
記憶が今一はっきりしないから、絶対に何もなかったとは断言はできないが、身体の感じからは至してはいなさそうだ。
ワインに口をつけた……のは覚えているのだが、飲みきった記憶はない。
「……情けない」
アンが呟いた一言が聞こえずにエマが顔を向ければ、アンは素知らぬ顔でスープを目の前に出してくれた。
「まぁ、これからはご夫婦の寝室を使われるでしょうから、いくらでも機会はありますね」
「うん?」
「いえ、なんでもありません。今日はお弁当は必要ありませんね。一応、こちらに用意はしてあるようですが」
「うーん、そうだね。これ食べたらお弁当までは食べれなそうだし。そうだ!エドガーさんに持っていくのはどうかな?エドガーさん、お昼はいつもどうしてるの?」
「伯爵様は、騎士団の食堂でいつもは召し上がっている筈です」
騎士団の食堂は、騎士団に勤めていれば、誰でも無料で食事が食べられ、質より量な感じの定食が出る。種類も豊富ではなく、A定かB定の二択で、一ヶ月メニューは変わらない。食材の無駄を減らす為らしいが、もう少し工夫すれば良いのに……というのが正直な感想だ。エマは二日食べて、それ以降はお弁当に切り替えた。
「エドガーさんって、あまり食に拘りない?」
「食というか、生活全般に拘りはありませんね」
「ふーん。そう言えば、屋敷では大体白いシャツに黒いズボンだね」
「そうですね」
その何にも拘りのないエドガーが執着するのがミアという女性(注:エマの勘違い。昨日、エドガーがした告白は記憶から抜けている)なら、彼女よりエドガーの好みに寄ればいいよね?!という話だ。
「アン、ミアさんぽいドレスを用意して。あ、でもお弁当を持っていくから、スケスケはちょっと」
「ミア様ですか……。まぁ、イメージが変わってよろしいのかもしれませんが……フリフリですよ?」
ミアは婚約者としては長くエドガーの側にいたし、エマが気になってもしょうがないのかなと、アンは昨日からエマがミアに拘る理由を軽く考えていた。
もし、エドガーがミアのことをずっと引きずっているようだとエマが伝えていれば、それは絶対に有り得ないと否定しただろうが。
★★★
エマはかなり困っていた。
騎士団詰め所に到着し、エドガーにお弁当を渡そうとしたのだが、いまだにエドガーのところにたどり着けないでいた。
「ハァッ……、嘘も大概にしたほうがいい。いくら団長が未婚の貴族だからといって、それは有り得ない」
「いや、だから妻ですってば。お昼ご飯の差し入れに来ただけだって言ってるじゃない」
屋敷ではすでに周知されたエドガーとエマの婚姻も、騎士団ではまだ知られていないらしく、エマが婚姻の証を見せても納得してもらえなかった。
「はいはい。辺境伯夫人の肩書は確かに魅力的だと思うよ。その弁当に媚薬でも仕込んでるんだろうけど、さすがに騎士団詰め所でそれやったら、即、捕まるから。お嬢さん、諦めて帰りなよ」
騎士団詰め所の警備担当の騎士二人が、エドガーに取り次いでくれないのだ。
「だから、エドガーさんにエマが来たって伝えてくれればいいから」
「団長は今、騎士団の改革をしていてお忙しいんだよ」
こんなやり取りをさっきから繰り返しており、せっかくお弁当を持ってきたのに、エドガーが食堂へ行ってしまってたら……と、気が気がではなかった。
「あれ?おまえ何してるんだよ」
そこへ、食堂へ行こうとしていたイアンとボアがやってきた。イアンは人間の姿も知っているからか、エマがキララだと気がついて声をかけてきた。
「それにしても、またずいぶんとゴテゴテしたドレスを着ているな、キラ……」
名前を呼ばれそうになり、エマは慌ててイアンを壁際に連れて行った。
「シッ!今は耳つけてないんだから、その名前で呼ばないでよ」
「そっか、悪い。でも何でこんなとこに」
「ちょっと届け物をね。でも、騎士団関係者じゃないとここから先は入れないって」
「そりゃそうだろ」
「そうだ!イアンがこれをエドガーさんに届けて」
「は?俺が?団長に?無理に決まってるだろ」
エマがバスケットをイアンに押し付けると、イアンは一介の獣人兵士が団長に面会なんか無理だと言う。
「大丈夫、エマから差し入れだって言えば、受け取ってくれるから」
「誰だよエマって」
「いいから走る!エドガー様がお昼食べちゃったら、それが無駄になっちゃうでしょ!」
いつものシャトルランの練習の癖か、走れと言われると走ってしまうのが獣人兵士の性か。
バスケットを持って走り出したイアンに、警備担当の騎士が一人慌てて追いかけていく。
「ちゃんと渡してよー」
本当は手渡ししたかったがしょうがないと、用事も済んだし帰ろうとしたエマの腕を、残っていたもう一人の騎士が掴んだ。
「おまえ!今の獣人もグルか!いったい何を企んでいる」
「いや、企んでないし。あれはただのお弁当だってば。痛いって!離して」
エマの腕を掴んだ騎士の手を、ボアが捻りあげた。
「イタタタッ!おまえもグルか!」
「女の子に乱暴したら駄目だ」
「乱暴じゃない!怪しいから職質しただけだろ」
「腕を掴んだ」
「おまえも掴んでいるだろうが。とりあえず離せ」
離せ、嫌だのやり取りをしばらくやっていると、バタバタと走ってくる音がし、バスケットを持ったエドガーが、イアンと騎士を引き連れて駆けてきた。
「エマ!こんなところまでどうしたんだ」
「エドガーさん」
エドガーがエマの横に立つと、その肩に手を回して、争っている様子のボアと騎士に目をやる。
そのあまりに近い距離に、その場にいた全員が信じられない光景を見たかのようにエドガーを見る。もちろんエマも同様だ。嬉しいよりも驚きの方が大きい。これは、エスコートの距離ではなく、親しい男女の距離ではないか。
「あの……失礼ですがその女性は?」
騎士の一人が恐る恐る尋ねると、エドガーは今まで誰も見たことのないような蕩けた表情を浮かべ、エマの頭に口付けた。
「妻だ」
(ヤバイ!鼻血出そう!!)
エマは卒倒寸前だった。
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