第14話 卑劣な魔法

「エドガーさん……?」

「昨日のようにエドと」


 (こんな蕩けた顔のエドガーさんを見たのは初めてで……、強かっこいいのに可愛いとか、無茶苦茶イイ!それにしても愛称呼びとか、全然記憶にないんだけど)


 それにしても、周りの視線が痛い。


 今いるのは騎士団の食堂なのだが、エドガーは椅子をピッタリ寄せてサンドイッチを食べている。しかも、味見と称してエマにアーンをしてくるのだ。

 昨日までは、一緒に食事をしては向かい合わせで、昨晩初めて横に座ったが、ここまで距離感は近くなかった。


「エドガーさ「エド」……エド、私はもうお腹いっぱいだよ」


 エドガーの圧に押されて、「エド」呼びになる。エドガーは、エマの口の横についたサンドイッチのテリヤキソースを親指で拭うと、その指を口に含みニヤリと笑った。


「旨いな」


(ヤバイ!カッコイイのに、色気まで放出しだした。この甘さは、身に覚えはないけど、もしかして……至しちゃったのか?いや、ないと思うんだけどな)


「そ……そのサンドイッチは、サントスさんオリジナルだからね。美味しいに決まってる」

「ああ、サントスの料理は絶品だからな。そろそろ仕事に戻らないとなんだが……そこの……あー、さっき弁当を持ってきてくれた君」


 遠巻きに見ていた騎士達の中から、エドガーはイアンを見つけて手招きした。


「君、名前は?」

「イアンです」


 エドガーがイアンをジッと見ると、その威圧感でイアンの耳がペタンと伏せられてしまった。完全服従のそのサインに、エドガーは声にも気を乗せて話す。


「イアン、俺の大事な妻だ。屋敷まで送って欲しい。もし指一本でも触れようとする者がいたら……」

「いたら?」

「抜刀も許可する」


 剣の帯刀は許されているが、抜刀はよほどのことがなければ許可されない。魔獣や盗賊相手ならばまだしも、騎士団詰め所から伯爵邸までの護衛ならば、いるのは騎士くらいのものなのだが。


「くれぐれも頼んだ。エマ、今日は夕食は共にできると思うから、また後で」

「はい、お仕事頑張って」


 エドガーが席を立つと、屈んでエマの頬にキスをしてから立ち去った。


 (え?昨日の私!いったい何をした?!ホッペにチューだよ!ホッペにチュー!)


「おい、どういうことだよ」

「私もさっぱり……」


 推し(夫ではあるが)との急接近に、エマは顔を赤らめてポーッとしてしまう。


「え?おまえ団長の嫁さんなんだろ?」

「あ、そこは確かにそうなんだけど、何あれ?何であんなに甘いの?私をキュン死にさせる気かな?もしかして、私の妄想が見せた夢かな」

「ちょっと意味不だけど、ここで話してんのもマズイだろ。注目の的だ。歩くぞ」


 イアンがバスケットを持って歩き出し、エマもその後に続いて食堂を出た。


「おまえ、俺らを馬鹿にしてんのか?なんだって辺境伯夫人が獣人のフリしてんだよ」


 イアンは、周りをキョロキョロ見て、人がいないのを確認してか話し出す。


「え?魔力なかったら獣人のフリしなきゃ騎士団に入れないからでしょ」

「だから、なんで騎士団に入団する必要があんだよ」

「身体鍛えたかったし、何よりも近くでエドの勇姿が見れるかと思ったんだもん」

「は?」


 なんかいきなりエドガーの態度が甘々になっていたけれど、最初は仮初めの結婚であったこと、エマ的にはエドガーがあまりに好みにドンピシャで、推し活する為に騎士団に入ったと告げると、イアンは残念な子を見るようにエマを見下ろした。

 しかも、エドガーにはキララであることは内緒で騎士団にいると聞き、呆れた顔が一瞬で恐怖に変わっていく。


「他の奴が言ったら馬鹿にすんのもいい加減にしろって思うけど……キララだもんな。ってか、エマだったか?いや、エマ様か?」

「キララでいいよ。エドの前では使い分けて欲しいけど」

「使い分けるって……、おまえ、騎士団に入団とか、マジで頭おかしいだろ。こんな安全な敷地内でも護衛付けて、さらには抜刀の許可まで与えちゃうくらい溺愛されてる癖に、内緒で騎士団入っちゃってますなんて、バレたらって考えたら、恐ろし過ぎるだろうが!」

「溺愛なんて……、本当?そう見える?私の妄想じゃなく?」


 エマは自分の妄想じゃなかったのかと、つい笑いが込み上げてきて、ヘラァッと間抜けた笑顔を浮かべる。


「おまえ、やっぱ残念度がキララだわ。大人しく辺境伯夫人だけやっとけって。俺等の平穏の為にも」


 イアンは巻き込まれるのはごめんだと、耳をピンと立て、周りを警戒しながら言う。


「え?辞めないよ?騎士団にいれば、凛々しいエドの姿が見放題なんだよ?辞める訳ないじゃん。大丈夫だって。そんなに簡単にバレないから」

「いやいや、おまえ髪型が違うってだけで、まんまだぞ。バレない訳ないだろが」


 そう言われてもバレてないしなと、楽観的なエマはイアンの心配を一笑する。


 イアンの心配はそう遠くないうちに現実になった。


 ★★★


「おまえ、マジでやる気かよ」

「獣人ごときに舐められたままでいられっかよ」

「だからってさ、獣姦は趣味じゃねえんだけど」

「誰が獣人なんかとヤルかよ!風魔法であいつの衣服をズタズタにするだけだ!素っ裸を晒せば、恥ずかしくて騎士団にはいられなくなるだろうさ」


 エマの後ろをつけて歩いていたのは、エマに合同演習の時にちょっかいを出し、模擬戦で負けた騎士のピエールだった。

 ピエールの隣にいるのは同僚の騎士で、ピエールと同じように獣人をあまり良く思っていない貴族子弟の騎士ジャンだ。


 ピエールは風の属性があり、ジャンは土属性があった。


「いいか、あの獣人の雌が鍛錬場に入ってきたら、おまえの土魔法で足止めしろ。俺が風魔法でズタズタにしてやる!」

「おい、怪我はさせんなよ。懲戒はごめんだ」

「俺等は魔法の鍛錬をしてただけ。たまたま第一に顔を出した獣人が誤爆したって話だ」


 ピエールはイヤらしい笑みを浮かべると、魔法の詠唱を始めた。


 ちょうどその少し前、第二鍛錬場でランニングをしていたエマは、武器制作部から新作の武器の試作が出来上がったから第一鍛錬場に来てほしいという伝言を受けた。


「なんで第一に?」

「さあ?あっちのが広いからかな?」


 一緒にランニングをしていたボアが、汗だくの顔をタオルで拭きながら首を傾げる。


「フフフ、今回提案した武器は鎖鎌なんだ」

「鎖鎌?」


 鎖鎌とは時代劇とかで見たアレだ。鎌の先に鎖がついていて、ブンブン振り回すやつ。鎖の先の分銅を大きめに設定したから、遠心力でかなりな殺傷効果が出そうだ。また、鎌の柄に鎖を収納できるようにしてもらったから、一見ただの鎌。ボタン一つで、柄の先で蓋の役目もしている分銅が飛び出すというビックリ機能付きだ。漫画みたいな機能だが、話してみるもので、武器制作部のプロ達にかかれば実現も可能らしい。


 鎌繋がりで、鎌ヌンチャクも作ってもらった。こちらは要練習ではある。操作に失敗すると自滅するから、器用そうな獣人には、ただのヌンチャクの練習をしてもらっている。


「見てみればわかるよ。ボアよりイアンに向いてる武器かなあ。イアンに試しに使ってみてもらわないとだね」


 第二鍛錬場にいた他の獣人に、イアンが来たら第一鍛錬場に来るようにと伝言を頼み、エマは第一鍛錬場へ足を向ける。

 その後ろからボアもついてきた。


「ボアも鎌ヌンチャクに興味あるの?」

「ううん、特には。俺、大槍でいっぱいいっぱいだから」


 エマと同じ日に騎士団に入団したボアは、エマの後をいつも大きな身体でちょこちょこついてきていた。懐かれてると思えば、この強面も可愛く見えるもので、エマも弟のように可愛がった。


 しかし、ボアはただエマに懐いてくっついて歩いていた訳ではなく、ボアはボアでエマの護衛をしていたのだ。獣人の雌は、たちの悪い騎士達からは色物扱いをされることが多く、気を抜くと物陰に引きずり込まれて、騎士達の性処理の道具にされかねないからだ。

 ボアがいつもエマの後ろにいるから、たちの悪い騎士達もエマにちょっかいを出さなかったということをエマは知らない。

 今回も、ボアはエマの護衛のつもりで後をついてきていた。


 第一鍛錬場につき、鍛錬場を覗いてみたが武器制作部の人はまだ来ていないようだった。


「とりあえず、あっちの木陰で待とうか」


 鍛錬場の端に、休憩できる木陰があり、そこで休んでいる騎士もいる。鍛錬している騎士達の邪魔にならないように塀沿いに歩きながら、エマは木陰を目指した。


 すると、いきなり足が何かに引っかかった感覚があり、つんのめって転びそうになった。


「危ない!」


 後ろを歩いていたボアに肩をつかまれ、なんとか転ばないですんだが、何故か足が動かない。


「何これ?足が……」


 すると、いきなりカマイタチのような風に襲われ、エマの上着の前がパックリ切り裂かれた。肌も少し切れたようで、胸元に一筋の血が流れる。


「キララ!」


 いきなりボアがエマの上にのしかかり、エマは地面に倒れた。


「ボア?ボア!何?何があったの?!」

「動いたら駄目だ。風魔法で攻撃されてる」

「攻撃?!やだ、こら、退きなさいよ。ボア、ボア、ボアったら!」


 ボアはエマに覆いかぶさり、風魔法を一身に受けているようで、ヒュンヒュンという音が聞こえている。エマの足はいまだに何かに拘束されているようで、全く動くことができない。


「ボア!キララ!」


 イアンの声がし、同時にボアがゴロンとエマの上から地面に転がる。ボアが退いてすぐにエマの足の拘束も解けた。


「ボア!」


 ボアを見ると、背中がズタズタに切り裂かれていた。

 エマが手を添えて血を止めようとするが、鋭利な傷痕は思っていたよりも深く、なかなか血が止まらない。


「いったい誰が?!」


 振り返ると、イアンともう一人の鍛錬場にいた騎士が、騎士二人を押さえ込んでいた。


 押さえ込まれた騎士の一人は見覚えがあった。

 ピエール・コンチェッタ。

 獣人を見下した発言をし、エマにつっかかってきたあの騎士だった。





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