02 雨に打たれて
その頃は梅雨で、ザーザーと雨が降っていた。
泣き止まない放課後の空に、私はビニール傘を差して帰路についていた。
そんな、どこにでもあるような街路地の電柱の下に、ひどい違和感を見つけた。
傘も差さずに雨に濡れて、しゃがみ込んでいる少女がいたのだ。
「……なにしてんの?」
声を掛けてしまっていた。
というか、無視をしたくても出来なかった。
蒸し暑い時期とは言え、ブラウスとスカート姿でただ雨に濡れて続けているクラスメイトが目の前にいる。
こんな状況を平然と素通りできるだろうか。
人との接触が面倒くさい私でも、さすがに一声かけなければ気まずい状況だった。
逆に、そんな状況を作っている坂下に少しだけ苛立ちを覚えたりもした。
雨に濡れるのは勝手だが、私の目の届かない範囲でやって欲しい。
「……べつに」
しかも、坂下はこれまたつまらなさそうに返事を吐いた。
声を掛けた私が馬鹿を見た。
あーはいはい、そうですか。
それなら勝手にしてください。
そう、足早に去ることを心に決めた。
けれど、顔を上げた彼女の表情を見て、振り出そうとした足が止まる。
赤く腫れぼったい瞳、明らかに泣いた後だった。
坂下の髪は雨に濡れ、口元にまで張り付いていた。
濡れたブラウスは彼女の肢体に張り付いて、その曲線を強調させている。
その時の坂下の艶めかしさは、今でも覚えている。
「なら、もっと普通にすれば」
「休んでるだけだし」
雨に濡れながら泣いて休む馬鹿がどこにいる。
あまりに破綻している返事が、これまた彼女が普通の状態ではないことを浮き彫りにする。
普段を知らない子ではあるが、こんな状態が常の子でもないだろう。
私は半歩、坂下に近づいて傘を前に差す。
とりあえず、彼女の頭が濡れることはなくなった。
「なんかあったの?」
私の問いに、坂下はこちらを見上げたまま言葉を発しない。
ポツポツと傘の上を弾く雨音だけが耳に響く。
他人との会話で無言の間ほど苦しいものもないが、会話で埋めれるほどコミュ力に富んでもいない。
どうしてくれようかと、自分の行動を激しく後悔し始めた時だった。
「……彼氏にフラれた」
「……ああ」
ビックリするくらいありきたりで、つまらない答えだった。
どうやら坂下は、雨に濡れながら感傷に浸って悲劇のヒロインを演じているらしい。
泣けるくらい安っぽい自己演出、そしてそれに少しでも感情移入してしまった私が一番情けない。
けれど、その安いドラマの脚本なら私が書き加えてもいいだろうと軽んじたのも、また事実。
私はしゃがみ込んで、坂下と目線を合わせる。
傘は持ったままで、私と坂下を濡れないように差さないといけないから腕が少し疲れる。
「なら、忘れさせてあげようか」
「……なにそれ」
その声音には拒絶の色は少なくて、どこか期待と救いを含んでいるように聞こえた。
私がそう聞きたかっただけかもしれないけれど。
とにかく、否定はなかった。
「こういうこと」
だから、私はそのまま顔を近づけて唇を重ねた。
キスと言うにはあまりに薄くて短い接触。
それでも、虚ろ気だった坂下の瞳に感情が灯っていくには十分だったらしい。
それが良い感情かどうかは判断しかねるが。
「私の家、来なよ」
要するに、私にとってその時の坂下は儚げで情欲的に映ったのだ。
「……いいけど」
そして私の安いドラマも、彼女の空いた穴を埋めるくらいの展開にはなったらしい。
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