恋人や友人でもなく抱き合う私たちは歪んでいるのか
白藍まこと
01 体を重ねて
「ねえ、わたしたちってどういう関係なの」
灰色の薄暗い部屋。
空気は湿り気を帯びていながら、どこかまどろんでいて甘ったるい。
この空気を吸い続けていると胸ヤケを起こしそうではあるけれど、それ以上に重だるい体と眠気のせいで何もする気は起きない。
そんな中、抽象的で面倒くさい言葉を投げかけてきたのは、隣で横たわっている
二人で眠るには少々狭いシングルベッドで、事を終えた私たちは裸のまま身を寄せ合うように抱き合っている。
彼女の体には贅肉がほとんどなくて、すらりと伸びる手足が綺麗だと思う。
少し日焼けしている腕と足先は彼女にとっては自慢ではないらしい。
健康的でいいと私は思うのだが、どれも惰性で続けてしまった陸上のせいだと一度だけ彼女が嘆いていたのを覚えている。
運動には縁遠い私にとって、その感覚は共有し難い。
「どうって……別に、このままの関係じゃない?」
彼女とは数か月前からこうして体を重ねるようになった。
きっかけは些細なことだったけれど、この関係性は続いている。
お互いに何となく続けてきた体の付き合い。
どちらがどうというわけでもなく続けてきたのだから、多分悪いことではないはずだ。
「曖昧すぎない、こんな体だけの関係……セフレみたい」
私はこの関係性に疑問も不満もなかったけれど、どうやら彼女はそうではないらしい。
いつもはもう少し抱き合って眠るのに、坂下はそっぽを向いて言葉を吐き捨てる。
しかし、セフレという言葉はあまりしっくりはこない。
その関係性は学生の私たちにとっては現実味が薄くて、この空気には溶け込まない。
「それは違う気もするけど」
「でも恋人でも友人でもないんでしょ?なんなの、これ」
坂下が柄にもなく、矢継ぎ早に言葉をまくし立ててくる。
急にどうしてそんな言葉での定義を求めるようになったのか、よく分からない。
私たちは、恋人と言うには擦れすぎているし、友人というには心より体の方が近づきすぎてしまった気がする。
けれど、セフレと言いきれるほど心と体は切り離されていないんじゃないかとも思う。
答えのない言葉遊びは、この眠くてぼんやりとした頭で考えるには難題が過ぎる。
「なんでも、いいんじゃない」
別に、全てを定義づける必要もないと思う。
今の状態で落ち着いているのなら、それでいい。
そっぽを向いている坂下の後頭部。
部活を引退してから伸ばしているという髪の毛は肩くらいにまで伸びていて、綺麗な艶を帯びている。
長いだけの私の髪とは対照的だ。
出会った頃は体育会系の雰囲気を残していたけれど、今はもうその面影はない。
そんな日々の変化を感じて、私は彼女の髪に手を伸ばす。
「
けれど、私の手は彼女の髪には届かない。
坂下は私の名前を突き放すように呼ぶと、ベッドから身を起こす。
床に散らばっていた下着を手に取って、脱いだ制服と一緒に着ていく。
お互いに無言で、衣擦れの音だけが部屋に響く。
私はその背中を見つめ続ける。
坂下は着替え終わると、鞄を手に取った。
「もう、これっきりにしよう」
こちらを振り向きもせずに、そう告げる。
さよならの合図なのだろう。
曖昧な私たちの結びつきは、ほどけていくのもまた容易い。
私も坂下も、縛り付ける物は何もない。
自由なのだから、私が言う事もまたない。
「わかった」
「……もう、来ないから」
そう言って、坂下は部屋を出て行く。
廊下を渡る足音が響いた後、扉が開いて閉じた。
静まり返る部屋。
窓の外を見ると、曇り空が広がっていた。
どうりで部屋が灰色になるわけだと思った。
無音だった部屋に、ぽつぽつと規則正しい音が鳴る。
雨が降り始めていた。
「傘、持ってきてるのかな」
もう確かめようのない心配を、意味もなくつぶやいた。
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