第4話 液体の正体
倍増という言葉はこの場では少々おかしなものに感じられた。
というのも、臭いの度級というものに概念がないように思えたからだ。度級というものは、必ず一となる基準のものが存在し、そこから判断するのだろうが、臭いの場合はその基準が機械でもなければ計れない。これが匂いであっても同じことである。やはり一がないのだ。
特に臭いとなると、臭いの元は今回のように、幾種類のものが混ざっている場合が多い、甘い匂いと腐りかけた酸っぱい臭い、その二つが混じりあって、信じられないような悪臭を出していた。
「これだけ臭いと、まさかとは思うが毒ガスということも考えられる。とりあえず、県警本部に科学班の出動を要請し、調べてもらうまでは、立入禁止にするしかないかも知れないな。できれば、初動捜査員だけは、防毒マスク化何かをつけれるように手配してもらうしかないだろうな」
と辰巳刑事はいうと、さっそく山口刑事に署に連絡を取ってもらい、手配をしてもらった。
そして、この部屋自体は検証が済むまでは誰も立入禁止となり、開発部は少なくとも、その日一日は、何もできないことになってしまった。
部員の二人が事務所で殺されたというだけでも大きな問題なので、ほとんど仕事にならないと思われるので、それは仕方のないことだろうと山口は思ったが、そのかわり、部員のほとんどは事情聴取を受けることは間違いない。
しかも、防毒マスクが届いてから、検屍が行われるとして、かなり、時間が掛かってしまうのはしょうがないことだろう。
県警の方では、通報があって駆け付けた刑事から、県警に科学班の養成があったり、防毒マスクの使用許可など、初めて聞いた人は、
「まるでテロでもあったのか?」
と感じたかも知れないが、それだけ防毒マスクの使用というのは、大げさであったが、センセーショナルだった。
しかも場所が食品会社の製品開発部。
「一体何を研究しているんだ?」
と言われても仕方がないだろう。
K署から、防毒マスクが念のために十個ほど届けられた、鑑識は自分たちで所持はしているので、彼らに必要はなかったが、捜査員や第一発見者、そして現場に入ってから確認を要する会社の人間などのために用意されたのであった。
それでも、発見されたのが、午前七時半。現場にやってきて、いよいよ初動捜査を始めようかとして、それがこの悪臭で難しいと判断し、各所に手配を終えたのが、午前九時過ぎ、手配が整って、これから初動捜査が始められるというところまで来たのが、午後二時近くだった。
その間六時間以上もの間、死体が放置され、現状保存はできていたが、目の前にありながら何もできないという状態が、捜査員をかなり苛立たせていた。
とりあえず、現状を見てきたということだけでも、事情聴取をすることにして、分かっていることだけを聴取することにした。
「すみません、山口さん。とりあえず現場に立ち入ることができるようになるまで、山口さんが最初に発見した時のお話をしていただければと思いまして、よろしいでしょうか?」
ということで、山口氏の聴取は、午前九時すぎから始められた。場所は物流部門の会議室になっているところで行われた。
「山口さんは、いつも一番に出社されるんですか?」
と聞かれると。
「いいえ、いつもは私よりも早い人がいます。うちの部署は出社する順番にいつも差がないほど、皆規則正しいとでもいえばいいんでしょうか。だから私はいつも二番なんです。だけど今日は事務所が暗かったので、おかしいと思ったんですが、部屋の中で死体を見て、どうして私が今日は一番だったのあが、すぐに分かりました」
と山口が言った。
「というと?」
「実はいつも一番最初に出社してくるのは殺された波多野さんだったんです。彼女は所長が研究をする時は助手のような形でしたので、所長が来られてすぐいでも研究所に入られる場合に備えて、いつも用意をされていなした。しかも、彼女は秘書のような仕事もしていますので、秘書としての仕事は、所長が研究をするしないに関わらず、毎日のようにありますから、最初に来ないと務まらないんでしょうね」
と山口は答えた。
「じゃあ、波多野さんには、かなりの会社の仕事が集中していたということでしょうか?」
と、山崎刑事が聞くと、
「確かに彼女は仕事量もそうですが、仕事の質についても、かなり核心部分を担っていたと思います。でも、彼女はその重圧を顔に出すことはしませんでした。だから、所長も甘えていたのかも知れませんが、それだけ優秀で、頼ってしまうところのある女性だったんだと思います」
「彼女は、それだけ所長さんの信頼が厚かったということなんでしょうね」
「ええ、その通りです。秘書をやりながら、研究の助手もですからね。所長も所長としての仕事をしながら、研究もやっていた。結構大変でしたでしょうが、それも波多野さんがいたからできたことなんじゃないかと思われます」
と、山口は答えた。
「ところで死体発見をされた時ですが、まず最初に感じたのは、事務所の電気が消えていたことで、おやっと思われたんですよね?」
「ええ」
と山口は答えたが、実はそうではなかった。
確かに最初に会社に来たのは、今日は山口だったが、実は毎日波多野さんが最初だったというわけではない。週に二度ほど、今日っはそのうちの一日だと思っていたのだ。
どうしてそれを言わなかったのかというと、実は咄嗟のウソだった。しかし、それを訂正するのを恐れて結局そのまま第一発見者の供述として取られてしまったのだ。
「山口さんは、カギを開けると当然、この悪臭はお感じになったと思います。この臭い、研究中に感じたことはありましたか?」
と辰巳刑事に訊かれて、
「確かに洋菓子の会社の研究所ですので、甘い香りや酸っぱい香りも存在はします、そして製品開発部の限られたスペースでの研究ですから、当然臭いがまじりあってしまって、気持ち悪くなって、途中から仕事ができなくなってしまう人も結構いたりしました。私といえども、まったくないわけではありません。私も新入社員で入社以来、ずっと研究所畑ですから、それは分かっています。もっというと、大学も理科系の学校でしたから、当然、薬品に囲まれた学生生活と言っても過言ではないくらいのものでした。それでも、最初に入った時は、本当に気を失ってしまいそうに感じたのは、酸っぱい臭いの中に、腐敗している臭いを感じたからです。何と言ってもここは食品会社の研究室。発酵しているものでも食することができると証明されているチーズのようなもの以外ではありえませんからね。しかも、チーズは過熱して溶かしてしまわないと臭いはしません。これは最初から臭いがひどかったんです。溜まったものではありませんでした」
「ちなみにここはセキュリティがしっかりしていて、カードによる入室と、カギで入る用になっているんですよね?」
「ええ」
「ということは、ここはオートロックのようになっていて、一度誰かが出てしまうと、カードキーを翳さないと、少なくとも開けることができない」
「ええ」
山口は最初刑事が何を言いたいのか分からなかったが、オートロックと訊いて、すぐにピンときたのだ。
「要するにここは、密室だったということですね?」
と辰巳刑事に指摘され、
「ええ、その通りです」
と、想像していた通りの質問に山口は答えた。
「カードキーでの入退室は、データ化されているでしょうから、最後に誰のカードキーが使われたか、調べてもらうことにしましょう」
と言った。
普通に考えれば、最後のカードキーを使用した人が犯人だと言えるのだろうが、辰巳刑事はあまり信用している様子ではなかった。
――この事件、そんなに単純なものではないような気がする――
と辰巳刑事は思ったのだ。
辰巳刑事は、犯罪捜査を行う時、
「人は平気でウソをつく」
と考えて捜査に当たっていた。
簡単に信用してはいけないということであるが、どこまで信用していいのか、いつも考えるようにしていたのだ。
この事件は、殺人現場一つをとってもおかしなことが多い気がする。
まず密室になっていたという謎、そして、なぜこのような有毒とも思えるような臭いがあたり一面にまき散らしてあるのか、ここには何の意味があるというのか?
最初に考えられることとしては、
「臭いに集中させて、本質を見失わせようという魂胆なのか、それとも、臭い自体に作為があり、例えば、少しでも現場検証を遅らせるためにしたということであろうか?」
と考えたが、もし現場検証を遅らせるためだとすれば、そこには矛盾が生じる。
それは、言わずと知れた犯行現場であり、現場検証を遅らせたいのであれば、何もこんなに目立つところで殺さなくても、どこか別の場所で時間が経ってから見つかるようにすればいいだけで、何もわざわざ放置することもないだろう。
しかも、こんな臭いをぶちまけるようなことをしておいて、いまさら何かの作為というのもおかしい。単純に考えて、
「何かの拍子にこの臭いが残ってしまったことで、ここから死体を動かせなくなってしまったのだと考える方が、よほど矛盾した考えではないだろう」
と言えるのではないだろうか。
それを考えると、辰巳刑事は最初に
「単純な事件ではない」
と思っていたが、裏を返すと、
「意外と単純な事件なのかも知れない」
とも思えるようになったのだ。
辰巳刑事は時々山崎刑事と顔を見合わせたが、山崎刑事も考えあぐねているのが分かった。もし山崎刑事に考えがあるのであれば、彼のことだから、真っ先に口にするだろう。辰巳刑事にライバル意識を燃やしている山崎刑事であれば、分かり他水リアクションだからである。
そんな話をしているところに、清武所長が出社してきた。その場にいた捜査員から、事務所が立入禁止になっていて、しかも、臭いがきつくて入れない状態になっていることを聞かされた。
山口から電話で話を訊いた時、山口自身もかなり興奮したいたこともあって、しかも電話での会話だったので、まったく分からなかったが、
――ここまで重要な情報を言漏らすほど、動揺していたんだな――
と清武は感じた。
「皆さんは、物流センターの会議室の方に集まってもらっていますので、そちらの方にお願いします」
と言われて、普段はほとんど入室したことのない物流センターの会議室に赴いた清武だった。
奥の方で、第一発見者の山口が、事情聴取を受けているのが見え、その手前では何も知らずに出社してきた研究所員たちが一様に固まって不安そうにしているのが見えた。きっと捜査上の問題から、ほとんど何も聞かされていないのではないかと思ったが、それ以前にまだ現場検証もできない状況と訊いたので、何も分かっていないということは明白だった。
「所長」
と、清武の姿を見つけたもう一人の課長である市岡課長が、不安そうな目に、救いの神を見たかのように安心が宿った、実に分かりやすいリアクションを示していた。
他の部員も反射的に清武の方を向いて、同じように、
「助かった」
というような表情をしていた。
「皆、おはよう。大変だったね」
とねぎらいの言葉を掛けたが、それでも、捜査の主導権は警察にある以上、所長が来たからと言って、手放しには喜べない。
しかし、所長が来てくれたことで、安心したのは間違いない。警察と自分たちの間に立ってくれるのっは間違いにないことだからである。
「一体、どうしたんだい?」
と、ねぎらいの言葉の舌の根の乾かぬうちに、所長は質問してきた。
「それが、我々にもよくわからないんです。警察からは、事務所内に死体があって、そこに異臭が漂っているので、危険がないか、科学班に調査をしてもらうまで、誰も入れない状態になっているそうです。それで、まずは第一発見者の山口さんが聴取に応じているということで、私たちは今のところ待機させられているということです」
と、市岡課長は言った。
「殺されていたのは二人だと聞いたが?」
「ええ、波多野千晶さんと、もう一人は阿佐ヶ谷家長だということです」
というのを言いながら、市岡課長は、頭を傾げていた。
「そうか、そのまわりに何か強烈な臭いを発するものがばらまかれていたということだね?」
「ええ、山口君は、白い牛乳のような液体だと言っていました」
「うん、分かった。あくまでも今はまだ何も分かっていない状態なので、これから捜査が進んで行くことで皆にも何か聞かれることがあると思うけど、できる限り警察に協力をお願いしたいですね。それが亡くなった二人への供養となり一日も早く、通常業務に戻れるようにしないといけないと思っているよ」
と清武は言ったが、自分の言っていることは所長としての言葉であることは重々承知していた。
何しろ殺されたのは、自分が一番目を掛けている秘書であり助手を務めてくれていた相手だ。署長としても、研究者としても、ショックは計り知れないものであったが、その思いを隠して建前としてみんなの前で話した。それが教科書のような演説であったのは正直なところで、所長としてお、研究員としても、実はまだ頭の中が整理できていないというのが本音だった。
グループ会社の上司には話をしたが、何しろまた聞きによる情報だけである。向こうも何とも指示を与えるわけにもいかず、とりあえず、今日は普通に出社してもらうということだけを伝えただけだった。
「状況は、刻々と知らせてくれたまえ」
と言われただけで、実際にはそれしかする術はなかった。
刑事は遠くの方で二人がかりで、山口を事情調巣している。こうやって中途半端に遠いところで見ると、本当に責められているように見えて仕方がない。
「まだ取調室の方が楽だったりするのではないだろうか?」
と受けたこともなく、入ったこともない取調室を想像していた。
辰巳刑事は山崎刑事が山口に事情聴取を行っている時、ふと顔を挙げると、その先に見えた開発部員がタムロして不安そうにこちらを見ているのと目が遭った。相手は当然のごとく気になってこちらを見ているので、目が遭ったのは、偶然とは言えないかも知れない。
辰巳刑事はそんな中で一人、さっきまでいなか とった人がいるのに気が付いた。一番端にいて、少し離れているので、印象深かったのだ。
山崎刑事が一旦の事情聴取の合間に、
「ところで、山口さん、あそこにおられるのは、所長さんでしょうか?」
と聞いてみると、
「ええ、所長の清武さんです」
と答えた。
「山崎君、どうだろう? ここは社長を交えて話を訊いてみようじゃないか?」
と辰巳刑事は言い出した。
「そうですか?」
と半分、ハッキリしない山崎刑事はそう言った。
「いえね。会社の内情に関することで、表立ったことは一緒に聞いた方がいいだろう」
と言い出した。
本当であれば、別々に事情聴取する方がいいのだろうが、辰巳刑事は何か思惑でもあるのだろうか。
「じゃあ、所長さんとこちらにお呼びください」
と山崎刑事は山口に命じると、清武所長は、そそくさと、それでいて堂々とした佇まいと見せながら、こっちに向かってきた。
呼ばれた清武は、半分緊張はしていたが、他の所員よりは堂々としている、さすがだと辰巳は思った。
「すみません。一つ、お伺いしたいことがございましたので、お呼びしました。皆さんは研究者であると思うので、会社の秘密に関することは話されたくないとは存じますが、正直に言っていただかないと、疑いを深めることになりますので、そのおつもりでお願いします」
と一種の脅しだった。
だが、テレビドラマで刑事ものや裁判ものを今までにも何度も見たことがあった清武は、その表現が、裁判前に裁判長が被告に宣告する、
「あなたは都合の悪いことは申さなくても結構です。ただ、あなたがここで証言したことは、すべて証言として採用されますので、気を付けてください」
という黙秘権に関しての宣言を思い出していた。
――確かに私には黙秘権があるが、どこまで認められるかだよな。会社の機密に関しては、いくら相手が警察でもいえないだろう。それこそ、令状のようなものがあり、書類として残っているものを押収でもされない限り、自分の口からいうことはありえない――
と思うのだった。
刑事たちの前に出た時、清武は変な汗を掻いていたのが分かっていた。今までに感じたことのない汗であったが、相手は刑事捜査のプロであることは分かっている。今までにプロと呼ばれる相手をたくさん相手にしてきただけに、プロというものがどれほど恐ろしいものかということは、他の誰よりも分かっているつもりだった。
「今、第一発見者の山口さんから台地発見時の話を訊いていたところなんですが、何やらそこに強烈な匂いを放つ液体がぶち撒かれていたようなんですよ。見た目は真っ白い液体で、ドロドロしたようなものに見えました。私の小さかった頃のことで恐縮ですが、農薬か何かで、真っ白いコロイド状の液体があったのを覚えているんですが、最初はあんな感じのやつかなと思いました。でも、臭いが甘くて、そして酸っぱいんです。白いコロイド状というと一番思い出すのが牛乳ですよね。牛乳は甘い匂いもしますが、発酵すると、酸っぱい臭いがします。それで、私どもは一種の牛乳のようなものだと思うようにしています」
と、辰巳刑事がいった。
「確かにそうなんですが、先ほど山崎君から電話で聴いた話を総合すると牛乳だと思えない気がするんです。牛乳は確かに白くてべたべたしていますが、時間が経つと分解して。白い色は抜けていくものだと認識しています。ぶち撒かれてからどれくらいの時間が経っているか分かりませんが、ずっと白い色のままだとすれば、牛乳ではないような気がしますね」
と清武所長は正直に答えた。
しかし、その回答をするのに、しばし悩んでいたように感じたのは、山口であった。
――ということは、あれはやっぱり……
と感じたが、それを口にする勇気は到底なかったのだ。
「そのご意見は参考にさせていただきます」
と言って、それ以上、このことについて言及することはなかった。
清武は、
――この成分が何であるかは、警察の鑑識によって分かることであろう。それを会社の秘密として、機密部分は内緒にしてくれるのは大丈夫だと思うが、もし私が危惧しているずっと研究中だった牛乳アレルギーにも大丈夫な製品が試作品状態になってきたことを後悔しなければならないだろう。そんなことは捜査が始まれば分かることなのに、それを今わざわざ聞いたということは、物質そのものというよりも、その物質は会社の、いや、開発部にとってどれほど大切なものかということを知りたくて、私を使ってカマを掛けてきたのではないだろうか?
と考えていた。
「当たらずとも遠からじであろう」
と思うのだった。
さらに警察が一番不思議に感じていることを、清武も同じように感じていた。
「なぜ、そんな臭いのきついものをその場に放置したのだろう?」
という思いであった。
警察のほうの考えでは、
「臭いをきつくすることで、中に入るのを制限し、少しでも検屍の時間を後ろにずらそうとしているのではないだろうか?」
という考えである。
これはアリバイトリックと結びついて考えられるもので、犯行時刻の幅を広げることで、犯人がアリバイを作ろうとしているのではないかという考えである。
しかし、死亡推定時刻というのには幅があるのは当然のことなので、推定される犯行時刻に、揺るぎないアリバイを作ってさえいれば、それ以上疑われることはない。
逆に、犯人ではありえない人のアリバイが曖昧になってしまい、深く会社内の事情や、個人の秘密を知らない警察は、きっと犯人に目星をつけると、その人を犯人と決めつけた偏った捜査をするに違いない。
それを辰巳刑事は考えていた。
今までの数多い犯罪事件の捜査の中で、
「事実は小説よりも奇なり」
という事件がいくつもあった。
「そんな、探偵小説じゃあるまいし」
と言って笑っていたが、最終的には消去法で探るとそれ以外の結論が出てくることもなく、やはり想像通りの結末だったということもあったのだ。
そんな辰巳刑事でも、今の状態を打開することはできない。
「なぜ臭いを強烈なものにしたのか。何かの薬品を使いたかっただけで臭いはただの副産物でしかないのか、それとも臭いに何か意味があり、検屍を遅らせるなどの思うがあったのか? しかし、それも考えにくい。仮にも彼らと手開発者であり、科学関係への知識は一介の刑事なんかよりもよほど優れている。そんな連中がいまさら、少しだけ検屍の時間をずらしたり、広げたりしただけで、何の効果があるというのか、今は科学捜査も昔に比べて段違いで発達していて、DNA検査で何でも分かってしまう時代ではないだろうか?」
と、考えたものだ。
確かに探偵小説の世界のトリックと言われていたもののいくつかは、科学捜査の発展で、ほとんど使えなくなってしまった。
例えば、
「死体損壊のトリック」、
いわゆる、
「顔のない死体のトリック」
と呼ばれるものは、首を切り取って隠したり、指紋のある指を切断したり、顔をめちゃくちゃにして、分からなくしたりとトリックとして十分なものだったが。今ではDNA検査の判明確率もほぼ百パーセントに近く、首や指紋がなくっても、死体が一部でも発見されると、被害者を特定できるくらいの時代になってきた。そういう意味で、トリックとして使えるののは、物理的なものから、心理的なものに変化していっていりのではないかと、考えるようになった。
ただ、それも、
「事実は小説よりも奇なり」
という事態があってのことであって、ありきたりの事件では、解決は時間の問題だと言ってもいいだろう。
だから、死体の発見現場で、不可思議なことが多ければ多いほど、辰巳刑事は燃えるのだった。
実はもう一つ辰巳刑事が来雄丈所長に、どうしても聞きたいことがあった。
「ところでなんですが、殺された女性、波多野千晶さんのお父さんも、この会社にお勤めということですよね?」
「ええ」
「副所長をされておられるとか伺いましたが、その副社長なんですが、まだお見掛けしておりませんが、どうしたんでしょうか?」
と、聞かれて愕然とした。
――そうか、そういえばまだ自分も今日は波多野副所長に遭っていないな――
と思っていたが、まさか先に刑事の方から指摘されるとは、思ってもいなかったことだっただけに、清武は少し狼狽してしまった。
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