進みすぎた男

ボウガ

第1話

ある芸術家の男の葬儀が開かれている。人々からの信頼は厚く、流行や人の心の機微がわかる男だった。


 かつてその男が芸術大学に通っていたころ、恩師によく言われた言葉があった。

“前衛すぎる芸術は、人々に理解されない事がある、少し後退させたものを表現するほうがいい”

 だが彼はそれを失敗した。だが彼を思う友人や知人の中に彼の行いを責めるものはいなかった。


 【彼は誰より大人だった。あらゆる差別を拒絶し、人々の対立を嫌った。流行にも敏感で、若い人たちの苦悩をよくしっていて、社会の変化にも鋭く対応した】


 そんな言葉が並んだある男の葬式。悲しい雰囲気と人々のすすり泣きに会場は包まれていた。



 彼には、彼女がいた。彼女の存在が、いつしか何より愛おしくなり結婚をちかっていた。彼女は、何をかくそう、アンドロイド、もしうまくいけば、昨今の混乱を鎮める存在になっていたのだろう。


 事がおこったのは2年前のことだ。人間と同等の権利を求めるアンドロイドと人間の過激派の中で衝突が起きた。空気を呼んだ人々がそのどちらにも属さないために、その両方と距離を置いた。だがその中で、彼だけが両方から認められていた。


 彼は、自分の彼女の事をこう紹介していた。

“人間の良さも、アンドロイドの良さももっている存在だ”

 彼女はとても無口で、無表情だった。彼は彼女の存在が両方に属すると人々に証明し

「僕らはお互いを理解できる」

 と言い放った。無理に歩み寄らせようとはせず、お互いの似ている部分を、過激派のリーダー、アンドロイドのリーダーに説明していた。


 おかげで徐々にお互いに歩み寄りの兆しがみえていた。


 だが半年前のこと、ある〝リーク〟が流れた。なんと彼の恋人は“アンドロイド”だったのだ、そして彼の手記もみつかり、暴露された。その手記にはこう書かれていた。

「あと半年後に、僕らの存在を暴露する、僕が率先して双方の間を埋める行いをしたとしれば、彼らは完全に和解できるかもしれない、だがタイミングが重要だ、もっとも心を開いたタイミングで、僕の“芸術”を表現しなければいけない」


 だがこの“タイミング”がリークであったことが最悪で、彼の考えは前衛的すぎて両方の怒りを買った。

 彼は両方の勢力からバッシングにあった

“君はかしこすぎるので、前衛的すぎる少し後退させて表現しろ”

 今更遅いと周囲にもらしていたが恩師の言葉が頭にうかんだ。バッシングやいやがらせ、いじめに耐えられなくなり、その半年近くたった数日前、彼は自ら命を絶った。




 彼は誰より大人だった。あらゆる差別を拒絶し、人々の対立を嫌った。流行にも敏感で、若い人たちの苦悩をよくしっていて、社会の変化にも鋭く対応した。


 だが恋人の考えまでは見透かせなかったのだろう。


 唯一彼の葬式の最中、隠れて笑ったものがいた。優れた人格者であった彼の葬儀で笑うものなど誰も想像もしていなかったために、誰もその笑顔を視界に認めることはできなかった。


 彼女は笑いを止められなかった。なぜなら半年前のあの時、彼の恋人がアンドロイドであることを人々にリークしたのは、彼女本人だった。

 彼女はもともと芸術家としてつくられたアンドロイド、人間への嫉妬があり、人間しか認められていない芸術表現の自由を手に入れようとしていた。そして自分の優れていることを証明するために今度の事を利用したのだった。


 彼女の考えはこうだった。

「彼は優れた芸術家だけれど前衛的すぎた、私たちの、アンドロイドたちの控え目な芸術の価値がわからない人だったわ、私たちは苦労して、人間に認められるための質素な芸術をつくっているのに、彼だけ“私の存在”“私との付き合い”そのものを“芸術”にしようだなんて、私は彼をきっかけにして人とアンドロイドの争いを激化させる、これこそ私の“初めての芸術”そう、もっと過激な“アンドロイドのための世界”をつくるまで、ひとつ我慢をした結果の作品なのよ、彼の作品は完璧だったけれど、ひとつのおごりがあった、“私という異質な存在を認めてやれさえすればすべてうまくいく”という上から目線なおごりが、私にはわかる“いい人間すぎた”けれど、それが私たちにとってみれば〝うわべだけのものだった〟ということが」

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進みすぎた男 ボウガ @yumieimaru

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