思い出

 以前、別エッセイで紹介したお話ですが…ここであらためて、私と亡父との思い出話を。


 で、かつて(私が)高校を卒業する頃まで、私と父は、よく一緒に山に登っていました。


 山とは言っても、〇〇峠といった、標高の低めなものばかりでしたけどね。


 それはともかく、以下は私が中学生の時の出来事です。


 その日も父と私は、すでに幾度か登ったことのある某峠に来ていました。


 ところがです。やがて下山の折、どうやらルートを誤ってしまったようです。(理由はよく覚えていませんが、おそらく、いつもと違うルートで下りようとしたため)私たち親子は、道に迷ってしまいました。


 気がつけば、お隣の別の峠をも登り下り。すでに日が落ちた後、ようやく私たちは下山することが出来ました。 


 しかし、最寄りの停留所から駅に向かうバスは、あと小1時間は来ません。時刻は、午後8時くらい(だったと思います)。


 よって、ここは気長に待つしかありません。タクシーはおろか、車自体ほとんど見られぬような、辺鄙な通り沿いの停留所でしたからね。


 さて、父子ふたりしてそのバスを待ち始めてから、十数分も経った頃のことでしたか。なにやら、一台の車が私たちの近くに止まりました。


 と思えば、


「駅に行かれるんですか? でも、バス当分こないでしょう」


 その助手席から、若き男性が声をかけてきました。


 見れば、運転席の方にも、また同年代くらいの人が収まっています。


「よかったら乗っていきませんか」


 親切にも、そのお兄さんが私たちに言ってくれました。


 彼らの車は4人乗りの普通車。後ろの席には人影は見当たりません。


 まあ、始めこそ遠慮して丁重にお断りした私たちですが、幾度も勧めて頂いたので、結局は彼らのご厚意に甘えることにしました。


 そして、我ら親子は車内へ。駅までの道中、父が尋ねてみたところ、彼ら2人は大学の同級生とのこと。


 そこで、父が(後々お礼がしたいと)彼らのお名前等を伺おうとしましたが、通う大学名のみ教えてくれただけで、一向に名乗ってはくれませんでした。


 そのうち、車は駅前に到着。お礼を述べ述べ私たちが見送る一方、2人の若者は笑顔で去っていきました。


 とても爽やかで素敵なお兄さんたちだったことを、いまでも私はよく覚えています。


 以後も、たまにその時のことを思い出しては、父とも話をしていました。


 あの頃は、言わば『人情のキャッチボール』が素直に出来る時代だったのかな…なんて考えながら。


 (必ずしも言い切れませんが)いまや、親切心から他人に声をかけたら逆に怪しまれた、などという話も耳にする時代ですからね。


 私とて、いまは見知らぬ人の車には、おそらく乗れないと思いますし…

 

 ともあれ、あの親切なおふたりが、いまもお元気でいらっしゃることを願って、この話を終わりたいと思います。

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