召喚者日誌ー永住してみませんかー

中谷 獏天

4月2日 線路が何処までも続くとするじゃん?

「ちょっと」

『いやー、まさかね、予想してた?』


 ううん。


「いや、おいニャルラさん」

『ん?』


「ん?じゃないよ、その子、誰」

『0世界の子』

『の魂じゃよね』


『通称、世界ちゃん』

『じゃと』


「は?」

『こう、目が合ったから』

『ニャルラがこう顔をガッ、ズルッ、と。じゃよね』


「は?」

『だって、俺もイチャイチャしたかったんだもん』


「は?」

『えっとねぇ、この子が楔で鍵で、循環装置で通信回線なの』


「は?」

『だから今後はラグ無しで0世界の情報を得られる、俺の、俺だけの世界ちゃん』


「目が、開きっぱだけど」

『あぁ、意識は有るけど意思疎通は俺とだけ、だって俺の世界ちゃんだからね』


「御本人の許可は?」

『勿論、承諾を得てる。感覚や思考力が残ってる植物状態ってヤツだから、感覚を遠ざける対価に、俺と一緒に観てるの』


「それ、ワシの許可は?」

『あ、ダメだった?世界ちゃん連れて来るの』


「いや、けど、事後はダメじゃね?」

『えー、真っ先に拒否しそうじゃん?』


「そら、誰かが犠牲に」

『犠牲じゃない、お互いに利益になってる、ね?』


 うん。


「だが事前に」

『観測が結果に影響しないかどうか、悪影響を及ぼすかも、なら言わないのが正解じゃん?』


「はぁ」

『はい俺の勝ちー』


「良いんですか、こんな奴と一緒に、こんなワシや周りを観察するなんて」


 うん。


『うんうん、ね、でしょ』


「何を言ってらっしゃる?」


『教えなーい』

「何か腹立つな君」


『良いでしょ、けどあげなーい』

「すいませんね、嫌になったらちゃんと言ってね」


『そこは大丈夫、ちゃんと自分の意志で目を閉じられるもの、ね』


「本当だ」

『ほら、開けた』


「見る見ない、だけ?」

『聞くのも、居るのも、だよ』


「なら良いけど、文句が有っても」

『そこも大丈夫、俺もハナちゃんも大好きな世界ちゃんだもん、ね』


 うん。


「はいはい、精々溺愛で宜しくどうぞ」

『うん。じゃあ、続きを見ようか』


 痒みも、痛みも不快感も無い世界。

 暇じゃない世界、意思疎通が出来て、愛される優しい世界。


 そんなの、嫌なワケない。

 しかも未体験も体験出来るんだもの。






「アレが言うに、世界ちゃん、らしいが」

《まぁ、どう考えても人間の魂じゃけどね、ソロモンや》

『ですけど、まぁ、時差無しで情報を得られるのは強いですから』

『そうね、災害にも対応出来るもの、ね?エナ』


『私は聞いて無い』


《ワシらもじゃよ?》

『と言うかそこで拗ねますか』

『ほらほら、もう、頬っぺが膨らみ過ぎて破裂しちゃうわよ?』

『んーーー』


 マティアスとワシの話し合いの時、最高に不安だったらしい。

 だから寝逃げしてたのに、ニャルラのせいで、皆で想定してた内容がドリームランドで再現されて。

 ソレが嫌で起きれば、情報が入ってくるで。


 もう、本当に生き地獄だったらしい。


「どうどう」


 何かしらの節目に、ワシが何処かに飛ばされないかが最も不安で、話し合いをしたくなかったんだと。

 何が切っ掛けになるか分からない、だから考えても欲しく無かった、と。


『だいて』


「だそうだ」

『では』

《じゃの!》

『またね、管理者アドミン




 人目を憚る、だとか、誰がどうとか。

 逆にもう、下らないと言うか。


「ショナさん、エナさん居ても遠慮が無い、だと」

「嫌なら見なければ、立ち去れば良いんですし」

『はいはいそうだねー』


 桜木さんを独占したいかを聞かれたら、確かに一時的には独占はしたいし、邪魔をされたくは無い。

 けれども永遠には、それこそ神々にも触れさせない事は望まないし、そうあって欲しくない。


 僕だけにしか愛されないのは、寧ろ間違っている。


「ハグは許すんで、ちょっと落ち着こうな」

「居てくれるだけで価値が有りますから、もう何もしなくて良いですからね」


 こう言うと桜木さんはフリーズする。

 コレは思考停止の合図、けど同時に考える準備を整えている合図でもある。


 拒絶反応では無く、どう理解するかの前段階。


「溺愛超えて、何だ、廃人化か?」

『廃人促進系?』

「恋愛物の棚に有ったとしても、字面では良く分からないのでは?」


「んー、溺愛系の隣に積まれてれ、ば?」

『ヤンデレと溺愛系の間に挟む』

「僕は病んでませんが」


「あー、皆さん良く仰るんですよー」

『自覚が難しいですからねー』

「本当に、ちょっと、止めて貰って良いですかね」


『はいはい、ショナはそこで良いから、私はココ』

「あぁ、それははい、どうぞ」

「おトイレに行かせて?」


「僕が抱えて行くのは」


「無しで」

「ですよね」


「そらそうよ、行ってくる」

「はい」


 桜木さんは、もう女性体のままで居なくても良いのに、今も女性体のまま。

 肌触りの良い寝間着で、触る方も感触が良くて、つい触りたくなる。


『人の心は制御が難しい』

「ご自分のですか、他者のですか」


『両方。不思議』

「ですよね」




 5日から始業式。

 本国での睡眠時間に戻す為、今日から遅く起きて、夜更かしが解禁される日。


 ハナさんと居られるのは、後少し。


『おはようございます、ふふふふ』

「おはようエミール」

『おはよ』


『僕も混ざって良いですか?』


 ハナさんはエナさんと狼まみれになっている。

 真っ黒いのはショナさんで、灰色で少し小さいのが。


「ミツナオ君、起きてる?」


《爆睡しておったのぅ》

「そんなに心地好いか」

『おはようございます、風が気持ち良いですもんね』


 ミツナオ君が起き上がり鼻を鳴らすと、ハナさんの隣を開けてくれた。


「どうぞ」

『お邪魔します』


 そうして僕が座ると、僕とハナさんの上で伏せをして。


「朝ごはんは何にしようか」

『このまま、おにぎりでも良いですか?』


「はい」


『あー』

「なら小さいので、はい」


 甘えて、甘やかして貰って。

 甘えて貰って。



『ニャルラの映画館に現れた』


 エミール様も桜木様の夢の事を知らなかったみたいで、僕らにもエナさんから説明して貰う事に。


『それで、その人は、どう言う原理で?』


『第4の壁を突破した』

『舞台上に観客を引きずり込む、ですね』

『クトゥルフだもの、深淵を覗き込む者は、よね』

《ガッ、ズルッ、じゃと》


「らしい、行ったら居た」


『それは、大丈夫なんですか?』

「見聞きしたくなかったら拒否出来るし、居るかどうかも選べるらしい」


『それなら、良いんですけど』


「それは、どうなんだろう」

『どう言う事ですか?』


「第2のヘレンケラーになってたかも知れない、何かを革命する力を奪ったかもしれない、何かの可能性を奪ったかも知れない」


『でも、そう誰かを犠牲にしなきゃいけない未来は間違ってると思います。それこそ新薬の開発だったとしても、絶対にその道しか無いワケが無い、そんなの英雄を作り上げる為の詭弁です。可能性は無限に有る、その言葉を否定する現象はあり得ちゃいけない、あり得ないです』


「そうだと思いたい」

『あの子の状態は、管理者アドミンが0世界で恐れてた事の1つ、だものね』


「感覚や意識が僅かに有って、なのに意思疎通が不可能で、延々と生かされ続けるのは本当に嫌」

「だからこそ桜木様にとっては、死も救いなんですよね」


「それか夢、ドリームランドか、死か」

『僕、本当に夢を見ても殆ど覚えて無いし、覚えててもいつも通りなんですけど』


 エミール様の視線の先には、ネイハム先生とマティアスさん。

 桜木様に呼ばれて、縁側で日向ぼっこ中。


《悪夢障害、中医学では多夢と呼ばれるもので、それこそPTSDや鬱の合併症として出ますね》

《それと素地、夜驚症や夢遊病、熱せん妄からアリス症候群も出てたし》


「布団が厚紙の感触がして、部屋が小さく感じて飛び出したりとか、16超えてもなってたからビックリよ。家に引き返す時に凄い恥ずかしかった、ボサボサで寝間着だもの」

《ベランダに飛び出さないで本当に良かったですよ》

《本当に落下事故が有るからね、何処ででも》

『それと裸で寝て無かった事も、違う意味で危ないんですから』


「他国なら、色んな意味で死んでた、か」

《お調べ致しますか》

《ソラ、君は、こう言う時に率先して出て来るのはどうなのかな?》


《懐かしいですねマティアス、脅した時に真っ青になっていた顔、皆さんにお見せしましょうか》

《そっ、別に、あの時には本当に、何もするつもりは無かったのに》


《そうでしたか、失礼しました》

「いや、ソラちゃんは何も悪くない」


《はい》

「ふふ、素晴らしい、すっかり学習しちゃってんの」


《いえ、まだまだ学びます、色々とこれからも》

「宜しくどうぞ」


《では、エナ、主へのメールの疎外の度に、以降はその回数分だけ邪魔をします》

「は?」

『だって、彼らに問題をちゃんと考えさせたかったんだもの』


「おい?」


『斗和の事、相談が来てた』

「あぁ、会わない様にするから邪魔するな」

《そうです、主の人生は主のモノ、以降は邪魔をすれば他の神々とて許しません》


「ほう、どう許さないの?」

《繭化させ、今度はもう2度と、誰にも触れさせません》


「廃人推進派か」

《ドリームランドでは自由ですから》


「だそうだ」


『もう少し、相談はする、ソラに』

《であれば結構、では》


「コレは、納得して良いのだろうか?」

《じゃの!》


 そうしていると、桜木様の端末から着信音が。

 仰々しいと言うか、聞き覚えが有る様な音が。


「あぁ、暗黒卿、アウトサイダーズね、成程」


「桜木さん、見ないで良いんですか?」

「アウトサイダーズだし、今は学生達が優先です」

『ほら、そんなに意味が無いから、邪魔の分類にはならないのに』


「エナさん、選ぶ自由が有るかどうかよ。花見に行きましょうかね、ティターニア達の所へ」

『はい』




 結局、しーちゃんが受け入れるなら受け入れる、だけに留まった。


 ただ、出来るだけ皆で見極める事、違和感が有れば直ぐに連絡を取り合う様に、と。

 でも、決して邪魔はしない事、推し進めたり避けさせるのも無し。


「連絡、まだ来ないんだ」


『すみません、巻き添えを食らわせてるかも知れないんですよね』

「いや、そこは大丈夫、君に言って無いだけかもだし」


『あぁ、ありがとうございます』


 恭弥君には、凄く、同情している。

 僕が同じ立場で、感受性を最高値に設定していたら、きっともっと荒れてると思う。


「凄く同情してる、愚痴なら聞くよ?」

『相談を聞く、じゃないんですね』


「相談には大方乗ったと思ってるし」


『ありがとうございます。いつも冷静に、客観的に言ってくれるお陰で、凄く、いつも助けられてます』


「不思議だよね、自分の当たり前が他人には重宝されてるのに、長所なのに。どうでも良いんだもの」

『それって外見でも何でも、そうですよね』


「必要とされたい人に必要な部分だけで構成されたい。後はもう、こそげ落とせれば良いのにね、粘土みたいに」


『そう偶に、夢見がちな事なのかグロいのか分からない事を言いますよね』


 コレは素直に言う様になってから、最近良く言われる様になった。

 しーちゃんにも、恭弥君にも。


「整形してみたら?」


『やっぱりそうですよね、未練も何も無いので、別に良いんですけど』


「それさ、寝起きに毎回驚きそう」


『いっそ、神原さんと同じ顔にしてみる、とかどうですかね』


「偶に、君の方が奇想天外な事を言うよね?」

『良いかなと思ったんですけどね、見慣れてますし』


「まぁ、ちょっと、面白そうではあるけど」


『それか、声が実は気に入らない、とか』

「あー、声フェチって言うか、煩いもんね。りっくんの声とか最高に有り得ない、とか言ってたし」


『男の子らしいと言えば男の子らしい声で、羨ましいんですけどね。澄ました声だとか良く嫌味を言われたんで』

「居る居る、野太いガラガラ声の子とかにね、腑抜けてるとか超言われたし」


『あ、また急に、配信の通知が』

「今度は何をするんだろうね、召喚者様」


 この前は、もし、自分が中世に飛ばされてたらって。

 凄い衝撃的だったな、斗和君の話を忘れる位に。




『葉月』


《何》

『配信』


《えっ、また急に?》


『ほら』

《本当だ、けど何これ、メモ?》


『景品制作、だって』

《簡素な説明》


『はぁ』

《思い出すなら見るの止めたら?》


『会いたく無いの?』

《そんな事有ると思う?》


『いや、うん、無いだろうけどさぁ』

《聞かない、お前の愚痴は俺がヤれるまで聞きません》


『もー、良いじゃん聞く位ぃ』

《だーかーら、だからそう言う所が本当ムカつくんだってば。俺は俺、お前はお前、お前が良くても俺は嫌なの》


『だから言えば』

《お前みたいに鋼の心に毛は生えて無いんですクソが》


『もー大丈夫だって』

《はいヘッドホンしまーす》


 したいはしたい。

 けど理由とか理屈が分かるから、言えない。

 分かってるから、我儘だって思うから、だから余計に言えない。


 好きだけど。

 大切にしたいからって、だから大事にしてくれてるんだし。

 そう思ってるし、思われてるって思うし。


 けど別に、弦月が大事にされて無いとかじゃなくて。

 アレは、多分、ちょっと強引に迫ったんだろうし。


 けど俺はそうじゃなくて、ちゃんと同意の上で、したい。

 ちゃんとお互いがしたいって思えて、それだけで、余計な事は無しで。


 弦月としたから、とか、記念日に良いからとか。

 そう言うのじゃなくて、ちゃんとしたい。


『ほら、溜息出た』

《五月蠅い、次にヘッドホンに触ったらマジでぶん殴るからな》

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