クランクアップ_2

「ねえ……二万再生、いってるんだけど……」


「……すごい」

 それ以外の言葉が出ないといった様子だった。


「正直なこと、いっこ言っていい?」

「すごすぎて、もうよく分かんなくなってる」

 木染が痙攣するみたいに笑う。許容量を超えた結果の、ある種卑屈な笑いをしていた。


「元々見てもらえるなんて考えてもなかったからさ、まず見てもらってることにも驚いてるし、『よかったです』とか『良い声ですね』とか感想もらえるのも夢見心地で」


 しばらく画面に目を落としていた。

 不意に手を止めると、身体を寄せてスマホの画面を差し出して言った。


「見て、このコメント。『私も同じくらいの弟がいるのですが、最近ケンカしてしまいました。でもASMRな夏休みさんの動画を見てたら何か弟と話したくなって、さっき気づいたら仲直りしてました』だって」

「……こういうのが一番、不思議な感じ」

「自分が誰かの人生に影響与えたんだなっていうの」


「嬉しいのかな。それも、よく分からないんだよね。いや、嬉しいのは間違いないんだけど」


「そうだね、もっと撮ってみたい。……あ」


 はっきりと口にしたことを、木染は自分でも驚いているようだった。

 取り繕うようにして、慌てて話し出す。


「……とはちょっと思うけど、まあとりあえずはいいかな。実際に撮るのも大変だし、編集も、ネタだしも大変だしね。受験勉強もはじめなきゃいけない今は、難しいね」


「勉強は、まあそこそこ大変くらいかな。地元の国公立志望だから。今の成績がキープできれば、よさそうな感じ」

「そう。頭いいんだよ。私」


 知りたかったことを確認できたため、木染に話を切り出した。


「あ、お礼を使いたい? いいよ。何でもしてあげるって言ったからね。勉強教えるくらいぜんぜん。弟くらいしか教えたことはないけどさ」


 告げた言葉に木染の動きが固まった。


「え……」


「ちょっと待って。勉強の話だったじゃん。え?」

「ASMRまた一緒に撮ってくれるの? 本当に?」


「はあ⁉ もう……嬉しそうとか言うな、馬鹿。ちょっと……こっち見ないで」

「はあー……何で不意打ちするかな。誘ってくれるなら、ちょっと前にタイミングあったでしょ」


「はあ。勉強忙しいかどうか? そんなの気にしなくていいのに」


 当然気にする。それを伝えると木染は少し考え込む様子をみせた。


「……関係ないよ」


「関係ないことないことない…………だって、私、あんたのこと好きだし」


「ふっ、あはは。きょとんとしてる。いい顔。これで今の不意打ちは許してあげる」


「あれ? ひょっとして聞き取れなかった?」

「やっぱり耳元で、はっきりと、言わなきゃダメかな」

「んー? いや、聞こえなかったでしょ?」


 こちらの言うことを無視して木染がにじり寄ってくる。


「ね?」


 その言葉で動けなくなったのを見て、木染が怪しく笑って右耳に口を寄せた。


「だから。耳元で。もう一回言ってあげる」

「ちゃんと。しゅうちゅうして?」


 そのまま耳元で緊張を煽るような深呼吸をする。


「右耳、聞こえますかー?」


 と囁いて、楽しそうにくすくすと笑った。


 そしてその笑いを自分で断ち切るように一瞬呼吸を止めて

「私は、あんたのことが好き」

 と呟いた。

 顔を少し話すと、いつもより無邪気に見える木染が言った。


「ちゃんと聞こえた? よかった」

「じゃあ今度は左耳」


 そういって目の前をゆっくりと回り込んでくる。

 弱々しく制止の声をあげると、一気に左耳に近づいて囁いた。


「静かにしないと、聞いてくれるまで、ずっとこのままだよ」


 言う通りにするのを見て、満足気に微笑んだ。

 そして、そのまま素直に

「好きだよ」

 と耳に言葉を残した。


 普通の距離感をとってから木染が言った。


「はい、おしまい。ちゃんと聞こえた?」

「そっか、聞こえたか。残念」


「……」


「ねえ、返事。聞かせてよ。私、別に自信満々ってわけじゃ……ないんだから」


「即答……」

「可笑しい」

 照れたように小さく笑った。


「じゃあ、これからもよろしくね……色々と」

「そう。色々と」

 すると、そのまま脱力した木染がもたれかかってきた。

「こうしてもたれるのも、色々のうち」


 しばらくしてどこからかゆうやけこやけのメロディが聞こえ始めた。

 遠くの小さい音。だが木染も気づいていたようだった。

 音楽が終わるタイミングでのんびりと口を開いた。


「まさか、こんな風になるとは思わなかったなあ」

「何だかちょっと弟には申し訳ない気分」

「だしにして男作ったみたいで」


「いや別に怒んないんじゃないかな。どっちかっていうと喜びそう。私、あんまり男の子っぽい遊びに付き合ってあげられないし。お兄ちゃんができたみたいで嬉しいんじゃないかな」


「そうなんだよね。私が可愛いって思ってるほど、弟は私のこと好きじゃないんだよね……」

「……別に私も弟のこと好きなわけじゃないからいいんだけどね?」


 ついに可愛いことは認めたが好きではないと言い張る木染に話を合わせると、肩を揺らしながら笑って言った。


「そう。あれはただ可愛いだけ」


「はあー。早く、あいつに聞かせてあげたいなあ。私たちのASMR」

「今日のも、絶対最高のASMRになるね」


「なるよ。絶対。私、あんたの作る動画好きだもん」


 自信たっぷりにそう言うと、木染は黙り込んだ。

 それから少なからず好意的な反応を期待して話し出した。


「ねえ、もしもだよ。これからASMR動画をどんどん録って、みんなが見てくれるようになったら、いつかお金とかも貰えるようになるかもしれないじゃない?」

「もし、ダミーヘッドマイクだって買えるくらいになったらさ、今日までの私たちの話をモデルにして作品にするのってどう?」


「そのままは色々どうかと思うから、コンセプトだけね。ASMRの撮影を介して、女の子と仲良くなっていく……って」

「今日の『ASMRをふたりで撮りに来てる感』みたいな感じだよ。『女の子と二人三脚でASMR配信者になっていく感』。ASMR好きな人だったら、そういうのあったらいいなって想像したりしないかな?」


「タイトル? いや、まだコンセプトだけだし……」


「え、うん……もちろん、別にあんたが付けてもいいけど……どんなタイトルにするつもりなの?」


「……なにそのタイトル? 『ASMR好きならば、ブラコン美人をどうASMRしたい?』?」

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