ASMR(環境音_2)

 セミが間を埋め始めたところで、考えていたことを切り出す。


「……ん? ああ、さっきの『ASMRをふたりで取りに来てる感』? ああ、一万再生感謝として……いいんじゃない?」


「ん? 別にいいよ。確かに弟のための動画だったけど、見てくれて、応援してくれる人がいるなら、私も何かその人たちに返したいから」


「それより、寧ろそんなので喜んでもらえるの?」


「ふーん、一緒に弟をお祝いしている感じがして嬉しい……か。そうなの……かな。確かに、そんな風に思ってもらえるなら、私も嬉しいけど」


 照れながら木染が言った。

 それから少し思案すると、おもむろに立ち上がった。


「じゃあ、もうちょっとASMRっぽい音探してみよっか」

「やっぱり川が怪しいかな」


 そう言って川辺へと歩いていった。

 その後をゆっくりと追いかける。


「んー……なんだろ。まあ、一応ぱしゃぱしゃだけしとくとして」


 水を掌で掬ってはそれを放り投げる動作を繰り返す。


「水に入る用意とかしてないから……これ以上は……あ、マイクに水をかけるとか? 壊れる?」


「だよね」


「ああ、水切り。いいかも。じゃあ……石は……まあ、これでいいか」

「いくよ」


 こちらを向いて合図を出すと、木染が美しい動作で石を放った。

 石は三度ほど跳ね、そのまま川に沈んだ。


「うん……あんまり音しないね」

「普通に大きめの石を近くで落とした方が、何か録れそうな気がする」


 そういって、木染はまた屈んで石を物色しはじめた。


「あ、これ」


 すぐに明るい声をあげた。近づくと、大きくはない石を手に持っていた。


「見て。ころころしてて可愛くない? 少し前まではさ、弟、綺麗な石を集めるのにハマってたんだよね。これ、あの頃の弟に見せたら絶対喜んだだろうなあ……」

「まあ、もう全然興味ないんだけどね。『お姉ちゃん、俺もうこれいらないけど、いる?』ってコレクション見せられたときは、なんか悲しかったなあ」


「あはは。ASMRね、長続き……どうかなあ」


「まあ正直ね。私は別に、長続きしなくてもいいんだ」

「石もさ、コレクションは捨てちゃったけど、愛着がないとかじゃないっぽいんだよね。だって全部がどうでもよかったら、私にいるかなんて聞いてこないでしょ」

「探してるときは本当に楽しそうだったし、やり切ったから、新しいものにちゃんと向かえてるような気もする」

「だからASMRも今存分に楽しんだなら、次にいっていいんじゃないかな」

「私は、あの子が今夢中なものを今一番楽しんでほしいって。それだけだから」


「……あ、ごめん。こんなに手伝ってもらったのにすぐブーム過ぎたら、あんたは悲しいよね」


「そう……あんたは私の応援をしてくれるんだ」


「ありがとう」


「……まあもし弟が飽きちゃっても、私ASMRは本当に好きになったから、絶対無駄にはならないよ」

「あんたのおかげかな」

「日常でも、音にちょっと敏感になっちゃった」

「今もさ、今までだったら漠然と『夏っぽい音』くらいしか認識してなかったと思うけど、今は通り過ぎる水の音がして、その上でさえずる鳥の声、遠くでずっと鳴ってるセミの声、その重なり方。そんなのに気が付くようになった」


 木染の声は寂しそうにも嬉しそうにも聞こえて、なんと言えばいいのかすぐには分からなかった。木染も返事を求めず佇んでいるようだった。

 完全にずれたタイミングでひとこと、言葉を返した。


「そっか……あんたもか」


 木染はこっちを見るとわずかに微笑んで言った。


「一緒だね」


 その言葉はカワセミの鳴き声のようにこの空間に違和感なく溶け込んでいた。


「いい音」


 耳を澄ました木染が、気持ちよさそうに言った。

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