第9話 打ち合わせ

 翌週、川口は相模原にいた。

 いよいよ気象庁と気象レポート株式会社の関係者と打ち合わせをするのだ。

「荷物は問題ない?」

 付き添いとして、山下先生が来てくれた。

「問題ありません。心配することと言えば、天気予報の事くらいですかね」

「なら大丈夫だね。じゃ、行こうか」

 相模原には、最近出来たばかりの気象庁東京管区気象台相模原別棟という建物がある。そして気象レポート株式会社の本社もここにあるのだ。

 今回の待ち合わせは、気象レポート株式会社の相模原オフィスである。

 時間前には到着し、オフィスの入っているビルに入る。オフィス入口にある固定電話で川口が名前と用件を伝えると、すぐに受付の人がやってきた。

 案内された先は会議室である。そこで受付の人は戻っていった。

 川口が扉を3回ノックする。

「川崎令和大学の川口です」

「あ、どうぞー」

 川口は緊張しながら、扉を開ける。

 するとそこには、10人程が自由に立っていた。その中から扉の方にやってくる男性が一人。

「君が川口君?」

「はい、川口太旗です」

「僕は気象リポート第四気象予報室室長の鴨井って言います。よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

「そちらの方が担任の先生ですかね?」

「初めまして、山下と申します」

 そういって山下先生はサッと名刺を差し出す。

「あぁ、これはご丁寧にどうも……」

 鴨井のほうも名刺を取り出した。

 名刺交換が終わった所で、席に案内された。

 そして打ち合わせが始まる。

「それでは、弊社気象レポート株式会社と気象庁、川崎令和大学山下研究室との新規気象予報システムの構築を目的とした一回目の打ち合わせを開始します。皆さんよろしくお願いします」

 こうして打ち合わせは始まった。

 まずはデータの受け渡し。合計8GBにもなる膨大なデータを提出する。

 その後は営業態勢のチェックだ。今回は官民が合同で気象予報をするため、少し特殊な営業態勢を取る。もう少し詳しく説明するなら、気象庁と気象レポート株式会社が出資して、合同の会社を設立する。経営態勢や情報発信は気象レポート株式会社のフォーマットを流用していく。利益を出すのは二の次である会社であるため、多少の赤字は覚悟せねばならないだろう。

 また、現在進んでいるSNSアカウント「新しい天気予報」だが、相模原オフィスでの気象モデル運用開始時に合同会社の管理下に入ることになった。そのため、これまで行っていた大学と統合気象学会への情報提供は終了することになる。

 これに関しては仕方ないと言えるだろう。

 そして話題は川口の処遇に入っていく。

「それでは、最後に川口君の今後の対応についてなのですが、以前にもお伝えした通り、まずはアルバイトとして合同会社に入社してもらいます。その後、卒業したのちに正式に合同会社の正社員として登用します。これで問題ありませんね?」

「はい、問題ありません」

「では、後日アルバイトとして採用する旨の書類に名前を書いてもらいましょう」

 ここまではテレビ会議との話と一緒である。

「それで早速で申し訳ないのですが、今の川口君の仕事として新しい気象モデルの構築の手伝いをしてほしいと考えています」

「モデルの構築、ですか?」

「なにぶんこれから使う気象モデルは川口君、ひいては山下研究室で作られたモデルですからね。勝手を知っているのはおそらく川口君かと思います。我々の方でもコードを読んで再構築する予定ではいますが、それでは完成に1年や2年を要する可能性も否定出来ない。そのため、アドバイザーのような立場で指示を出してほしいのです」

「あ、アルバイトにしてはなかなか責任重大ですね……」

「それだけ川口君や山下研究室に期待しているってことですよ」

 話を進めている鴨井がニッコリ笑うが、正直悪魔の笑顔にも見えるだろう。

「そのため、川口君には学校生活に影響のない範囲で出勤してもらい、モデル構築の手伝いをしていただきたいと考えています。まぁ、週に1回か2回で十分かなと。後はメールなどで確認することも考えられますので、よろしくお願いします」

「分かりました」

 こうして一回目の打ち合わせは終了した。

「あぁ、疲れた……。社会人ってこういうことしてるのかぁ……」

 帰りの電車の中でそんなことをぼんやりと考えるのだった。

 それから数日の事だった。

 アメリカ南部のアトランタにて53℃という災害級の気温を観測する。その他アメリカ南部や赤道直下の国々、ヨーロッパでも過去最高気温を更新していく。

 そんな中、とあるニュースが世界中を駆け巡る。

『ホワイトハウスは昨今の異常気象は国家維持に関わる緊急事態であるした上で、この事態に対処するために北緯39度以南に居住する国民に対して、北緯39度以北に移住するように勧告しました。移住や移動に関しては任意としているものの、事実上の避難勧告であるとして、各方面から批判の声が上がっています』

 アメリカが強硬策に打って出たのだ。

 州兵や正規陸軍までも派遣し、この避難作戦に相当力を入れているようだ。

 この報道を聞いた川口は一言こういった。

「人権なくなってるじゃん」

 ニュースは次のように続く。

『またこの報道を受けて、与党幹部からは「同様の避難指示を出すべき」との声も上がっていますが、「目立った災害が発生していないにも関わらず避難指示を出すのは権力行使の上限を上回っている」として、反対する声も上がっています。また別の幹部からは、「現在の弱腰政権を見る限り、そんなことをすれば支持率低下は火を見るより明らか」として、現状維持を支持する議員もいるようです』

 とにかく、行政の一声がなければ動くことのない国民に、むやみに避難を促すのはご法度という意見が大多数を占めていた。

 この後やってくる脅威など見向きをせずに。

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