第8話 ターニングポイント
その後の「新しい天気予報」の反応は上々だった。直近の天気予報の命中率が、テレビ局などの報道番組よりも格段に良かったからだ。
その影響もあってか、大学からは特別給付型手当として、研究室での生活費を出してくれることになった。
これにより、研究室で寝泊りしながら天気予報を出来る環境が整う。
「なんかいい感じの話になってるけど、客観的にみればブラック企業も裸足で逃げ出しそうな営業体制だな……」
「まぁ、そうなるな。でも少ない人数で天気予報をやるとなると、ちょっとくらいの無茶は必要かもな」
そんな事をメンバーと話している時だった。
「ウワーッ! またかよ!」
天気予報モデルである「旧時代」を使っていたメンバーが声を上げる。
「どないした?」
「またエラー吐いたんだよ。最近多くてさ」
「どれどれ?」
川口がエラーの内容を読むと、どうやら許容範囲が大きすぎて値が反転してしまっているようだ。これでは正確な予測ができない。
だが、この問題はすでに川口が一人でやっている時からの問題なので、特段目新しいものではないだろう。
「この時はなぁ……、簡単な方法としてメッシュを大きくするのがあるんだけど……」
「いや、実はもう確かめてるんだよね」
「え? それやってもエラー吐いてるの?」
「そうなんだよね。天気予報の時間まであと1時間だから、もう予報の作成に入らないとヤバいし……」
「そうなったら……。ちょっと変なやり方かもしれないけど、これまでの天気をディープランニングで全て学習させて、今日の予報を無理やり出す方法でやってみよう」
この日の昼の予報は、なんとか間に合った。
しかし、これまでの気象モデルが使えなくなってきているという事実は、川口にある種のプレッシャーを与えている。
改良版のモデルを作ろうにも、研究室にある備品のパソコンでは開発は難しいことは確かだ。だが、改良版のモデルを作らなければ、今後の天気予報の続行は不可能であるとも言えるだろう。
そんなわけで、研究室にある古いパソコンで改良を試みる川口。だが早速問題にぶち当たってしまった。
「うーん、あちらを立てればこちらが立たず……。エラーを吐かないように改良したら、別のエラーが発生する……。それに対処すればするほど、スパゲティコードになっていく……」
無限のエラー地獄と化してしまった。
困った川口は、対処の方法を山下先生に聞いてみる。山下先生はコードを見て一言。
「うーん、これは無理だね」
「そんなぁ……」
「これを動かせるようにするには、一から作り直す必要がありそうだね」
「そうなると余計に時間がかかっちゃいますよ? どうにか先生の力を貸していただけませんか?」
「いやいや。先生だってかなり限界なんだよ?」
「そーっすかぁ……」
結局山下先生からのアドバイスや何かしらの力は借りる事は出来ず、川口の実力のみで何とかすることに。
研究室の中がどんよりとした空気に包まれる。
今までだましだまし使っていた「旧時代」は、通常の天気を予報するよりもエラーを吐く方が多くなってしまう。改良モデルも川口が製作途中だが、これもうまく行っていない。そして何より、研究室に缶詰状態であったため、物理的に悪臭が漂う状態になっていた。
「あー……、今日何日?」
「6月の30日、もうすぐ昼の予報の締め切り……」
「一応予報自体は出来てるけど、精度に問題アリってところだな」
引きこもりの部屋よろしく、寝袋やゴミが散乱し、もはや足の踏み場もない。ギリギリの動線を確保した状態での生活が続く。
そんな時、研究室の隣にある山下先生の部屋から、先生が驚いた様子で出てくる。
「川口君! ちょっと来てくれる!?」
「はい?」
山下先生に呼ばれて、部屋に入る。先生はパソコンを指さしていた。
「これ、川口君宛てのメール」
「自分にメール、ですか?」
メールの内容をチェックすると、そこには、2通のメールの着信があった。相手は、気象庁と気象レポート株式会社である。
内容を読んでみると、どちらも同じような内容であった。簡潔に言えば、「『旧時代』と『短期間地球温暖化モデル』を使わせてほしい」とのこと。
当然、両者共に川口に対して有利な条件をつけている。
「どっちかに入庁か入社することになるけど、川口君はどう思う?」
「どうって……」
川口は迷う。実は川口は、大学院に進学するつもりでいたのだ。当然、大学院進学のために準備をして、その書類審査にも通っている。
本当なら大学院に進学するつもりなのだが、このような重要な役割を担うことになるとは想像もしていなかったのだ。
「つまり、これって進学が就職かを選べって言ってるようなものですよね?」
川口は山下先生に確認する。
「そうだね。だけどそれを決めるのは川口君次第だよ」
少し突き放すような言葉。川口は少し悩んでしまう。
「まぁ、でも……」
山下先生が言葉を続ける。
「どちらが人のためになるかって言われたら、就職の方が人のためになるかもね」
人のため。
「そうだ、俺が気象予報士になりたいのも……」
先生の部屋から出て、同期にも事情を話す。
聞き終わった同期は、一斉に口を開く。
「その提案絶対受けたほうがいい!」
「そうだ! 気象予報士に鳴るんだったら、これ以上の道はないよ!」
「しかも条件良いんだろ? だったら断る理由なんてないって」
同期も背中を押す。
「人を助けることがしたかったんだっけ……」
川口が中学生の時、実家近くの川が氾濫した。これによって近所に住んでいた祖父母を亡くしている。
その時から考えていたのだ。人の命を救える方法は何か。
自衛隊員になるか、消防隊員になるか。
だが、それよりも早く情報を知ることが出来る職業がある。
それが気象予報士であった。
それから数時間後、川口は熟考した末に答えを出す。
「……進学は蹴る。俺は気象予報士になるんだ」
こうして答えは出た。
返事を返したところ、すでに色々と話は進んでいたようだ。
川口は、気象庁と気象レポート株式会社が共同で設立した、官民の合同会社である「気象予報専門会社共同体」という会社に入社することが内定した。しかし、戦力としては今すぐにでも欲しいため、現在はアルバイトという形で入ることになった。後々大学を卒業してから正社員に登用するとのこと。
『……以上が川口君の待遇になりますが、何か質問はありますか?』
気象予報専門会社共同体からの提案であった。
「いえ、問題ありません」
パソコンのテレビ会議で説明を聞く川口。
『では、大学にあるという2つの気象モデルをUSBに入れて、来週こちらに来てください』
「分かりました」
こうして、川口は重要なポジションになっていく。
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