第4話 ゾンビとゾンビとゾンビとゾンビ!

 屋敷に入れば、屋敷の中にいる屍人ゾンビが襲ってくるだろうと、あたしは身構えて隊長の前に立った。

 屋敷の中には誰もいなくて、薄闇と静けさ、そして、嫌な澱みが満ちていた。空気が違う。ダンジョンの奥と同じような感触がした。


 屋敷の中にいた従者や召使など、みんな屍人ゾンビになった筈なのに、その気配はない。


「油断するな、ルータ。この空気はかなりまずい」


「……ぃ」


 ピリピリと隊長から殺気が伝わって、あたしはブルっと身震いした。隊長、怖い。


「ルータ、屍鬼ゾンビクィーン屍人ゾンビを喰らう、そんな話を聞いたことがないか」


 ないよ!あったら怖いよ!!やだよ、共食いはやめようよ屍鬼クィーンさん! そんなことを思いながら、ふるふると頭を横に振る。


「私は大賢者から聞いたことがある。屍鬼ゾンビクィーンが脱皮のための栄養を集めるんだとさ」


 脱皮。隣の家のバーさんが、金運のお守りつって蛇の魔物の脱皮した皮を財布に入れてたな、なんて関係ないことが頭に浮かぶ。しかも、それ、ただの青大将の抜け殻だった、なんてことまで思い出した。

 そんな余計なことを考えて、隊長の汗の匂い、いい匂い! を追いながら屋敷の奥へと進んでいく。進めば進むほどに空気が重く臭くなっていく。腐敗臭だ。このどろりっとした空気のどんつきに屍鬼ゾンビクィーンがいる筈だ。




 飾りの付いた大きな扉を開けると、そこは、天蓋付きのベッドの置かれた、おそらくはこの屋敷の主人の寝室だった。

 天窓から薄く光が入ってくる以外に窓はない。というか何か植物のようなモノが、カーテンごと窓と壁を覆っている。瀟洒だったらしい家具は蔓に巻き込まれて原型をとどめてない。そういえば、この屍鬼ゾンビクィーンは、元々美しい花だった。花に擬態してたのかも知んないけど、植物系の魔物ではあるんだろう。


「剣を構えろ、ルータ」


 何か、禍々しいモノがベッドの中にいる。

 それは大きくはない。

 多分、あたしとそんなに大きさは変わらない。

 でも、漂わせている気は、あたしなんかの比じゃない。あたしは所詮は凡人で、バケモノなんかじゃないからだ。


 ずずううっと周囲の植物の蔓が、その屍鬼らしきモノの動きに引きずられた。

 引き連れて千切れた植物の蔓があたしに向かってきたが、剣で叩きつけると、ビシャっと音立てて潰れた。この部屋の壁も屍鬼の一部で生きてやがる。




「…ェサマ……ネェサマ」


 細くて、透き通った声。

 屍鬼ゾンビクィーンは、なぜか人の形をしていた。

 それも少女の形をしていた。

 美しい少女の形をして、美しい声で隊長を呼んだ。


「イリュウネエラ」

 隊長が呟いた。

「……オリガネエラ姉様ネエサマ


 隊長が呟いたのは、城で仮死状態にある筈の王女様の名前。

 屍鬼ゾンビクィーンが呼んだのは、隊長の名前。



 屍鬼は、王女イリュウネエラ様の形をしていた。

 その表皮から葉のような緑の皮が落ちて、それは、王女様

 そのものに脱皮しようとしている。


「イリィ!」

 隊長が悲鳴を上げて、屍鬼に駆け寄ろうとした。



「…ぇだっ」

 だめだって言いたかったけれど、あたしの喉からは半端な声しか出ない。それでも必死に腕を伸ばして隊長の腰にしがみついた。

 ダメだダメだ隊長あれはダメだ王女様なんかじゃないあれはバケモノだ屍鬼クィーンだダメだダメだ行かないでダメだダメなんだってば


「イリィ!イリュウネエラ!!」

 隊長は叫びながら、屍鬼に手を伸ばす。


姉様ネエサマ


 屍鬼も手を伸ばす。





 屍鬼の背中から、犬歯がびっしり付いた蔓が生えてくることにあたしは気が付いた。

 隊長は気付いていないっぽい。


「…んあ!」

 あたしは隊長の腰を掴んで抱え上げ、自分の後ろに放り投げた。普段の体術の訓練だったら絶対に無理だ。隊長があたしなんかに投げられる筈がない、でも、今、隊長は王女様のような屍鬼に囚われている。

 隊長の体は扉に背中からぶつかりそうになったが、隊長は体を回転させて受け身を取った。


 それでも屍鬼は隊長に牙の付いた蔓、いや触肢を伸ばす。綺麗で強い隊長を狙うってことは、なんだよメンクイじゃん、隊長がいいってならあたしと趣味は似てんじゃないの、こいつ。


 触肢が隊長に絡みつこうとする


 あたしは、隊長に飛び付くようにジャンプして、もう一度、隊長を突き飛ばす。代わりに触肢はあたしに絡みついて、触肢に生えた牙が鎧のないところに喰らいついた。



 噛まれた噛まれた噛まれた痛いよ噛まれた噛まれた噛まれた噛まれた噛まれた噛まれた噛まれた噛まれた隊長は無事?噛まれた痛いんだってば噛まれた噛まれた噛まれたあたし死んじゃう噛まれた噛まれた噛まれた噛まれた隊長噛まれた噛まれた噛まれた噛まれた噛まれた噛まれた隊長噛まれた噛まれた噛まれた隊長大好き


「ルータ!」

 我に返った隊長が触肢を全て切り落とした。

 でも、あたしの体には、触肢がかみついたまま、なんぼんもぶら下がっている。そのままショクシをぶらさげて屍鬼に向かって、あたしは剣をかまえて走った、はしった、イシキのあるうちにハシる


 隊長、たいちょ、あなたは、イきて


 あたしは屍鬼ぞびくぃん……にむかってく。

 ぞびになる前にくいーんをなんとかしなきゃ、隊長がアブない

 なんとかしなきゃなんとかしナきゃ


「ルータ、薬をよこせ!」


 そんなヒマない。あたしからクスリをうばおとする隊長をまたツキとばす。気持ちワルい。ナイゾがひっくり返ってるみたイ。噛まれたところアツくてツメたくてカユくて。かゆいカユイ。

 ああ、ぞんびになっていく。ゾンビくいんの子どもになっていく。カユイ

 いやだいやだタイチョウのそばにいたい。

 タイチョウだいすきクインきらい

 からだへんだ

 からだかわちゃウ 


「屍人になるな、ルータ!!」


 んびのこどもになんかナリタくない

 くいんいらないキエろ


 いやだきえろ

 けんササル

 くいんきえル

 けんさされ

 ささ、け、




 たいちょだいす、


 キ







 第5話につづく

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