トイレ中の花子さん

 最も有名な噂だろう……『トイレの花子』さんだ。


 学校の校舎の三階、(二か所あるけどどっちなのか……)のトイレの、手前から数えて三番目の個室を三回ノックし、「花子さん、いらっしゃいますか?」と声をかけると静かな声で返事がくるというものだ。

 その返事に応えて扉を開けてしまうと(鍵はかかっていない?)……、中にいたおかっぱの少女に、個室へと引きずり込まれてしまう……――なんてのはどうせ作り話だろう、と僕は信じていなかった。


 作り話なのだからなにも起こらない。だって、『こっくりさん』だって、実際に試してみたけどなにも起こらなかった。

 十円玉がぐっと引っ張られた気もするけど、それはイタズラ好きな友人が、面白半分で引っ張った、と白状したし、だから噂は作り話であることが判明したのだ。

 こっくりさんがそうなら、花子さんだってそうだ。



 夜、僕は学校に忍び込んで、作り話通りにトイレへ向かった。

 三階のトイレ……どっちだろう……まあ、どっちにもいけばいいか。階段から近い方のトイレに入り、手前から三番目の個室の前へ。


 こんこんこん、と三階ノックする……けど、やっぱり返事がなかった。

 なーんだ、やっぱり作り話じゃないか、とガッカリしながらも、まだもう一か所、トイレがあったことを思い出して、外に出ようとした時……、


 こんこんこん、と、返事があった。


 僕は飛び跳ねるように扉の前へ戻り、また三度、ノックした……、ん? でもこれじゃあ、合わせて六回、ノックしたことになるんじゃ……――まあいいか。

 実際、花子さんはこうして現場にいたわけだし。


「花子さん!? 花子さんでいいんだよね!?!?」


 クラスメイトだった、なんてオチではないことを祈る。

 まあ、深夜だし、クラスメイトなわけがないけど……それとも先生?

 だけど学校は無人……ではないだろうけど、真っ暗闇で、泊っている職員さんしかいないはずだ……だから本当に、この先にいるのは花子さんなのだ!


 再びノックする。


「花子さん! いるんでしょ! いるよね!? 出てきて顔を見せてよ!!」


 その後は、音沙汰がなく、そこにいるのに無視しているようで……嫌われた?

 しつこくノックをすれば、そりゃ嫌だろうけど……だけどそれは普通の人ならだ。

 花子さんは花子さんじゃん。


 幽霊……、妖怪? ――なんだから、扉を開ける方が普通なんじゃないの?

 どうして会いにきた僕を避けるのか……、初対面だから、人見知りをしているってわけでもなさそうだけど……。


「はーなーこーさーんっっ!!」



「――うるっさいのよアンタ!! マジで殺すわよ!? アンタがそこにいると出るモノが出なくなるんだから、早く出ていって――――出てけぇッッ!!」



 と、校舎全体に響くような怒声が聞こえて、僕は慌てて逃げた。

 忘れていたけど、ここはトイレなんだ……そりゃ、用を足すよね。



「花子さんは、でっかい方だったみたいだけど……」



 さすがにこれを言いふらすのはやめておいてあげよう。

 ……花子さんも、女の子だ。



 …了

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