第119話 変わり果てた男

「間宮達はいるか!? 大変な事になった!」


 それは何の前触れもなくやってきた。

 俺達が授業を受けている最中だろうが関係無く。


 それで俺達は授業を抜け出して紅先生と共に部室へ。

 すると部長やモモ先輩もすでに待機していた。

 でもみんな浮かない表情だ。


「すでに二人は状況を把握してくれているみたいだが、あえてここで説明させてもらう。実はつい先ほど開始したダンジョン攻略で問題が起きた」

「まさかまた高難易度ダンジョン……!?」

「いや違う。それよりももっと恐ろしい話だ」

「「「えっ……?」」」


 しかし紅先生の表情がもっともけわしい。

 事の異常さを示し過ぎて、つくしや遥がふざけられないくらいに。


 なら一体、何が起きている……?


「魔物化が発生したんだ……!」

「なんだって!? そんなバカな!?」


 いや、それはおかしいだろ!

 だって魔物化因子はすでに確認できて、対策ももうできている!

 危ない人間は隔離されたし、もう魔物化の危険性はないはずだ!

 委員会からもそう教えられたからもう安心して――


「ありえない事だが起きてしまったんだ。しかもその魔物に変わったのは他でもない……あの楠だ」

「ええーーーっ!? あのハゲちゃった人ー!?」


 しかもよりにもよってあの楠だって!?


 ……ああそうか、わかったぞ。

 委員会め、魔物化因子の調査は現役プレイヤーだけだったんだな。

 引退者や出禁者に対しては対象外なんだ。もう入る事はないと判断して。


 しかしなんでアイツが魔物に……?


「で、でも楠はたしかもうダンジョン関連から追放されたんじゃ……」

「ああ。だがどうやら監視の目をかいくぐってプレイヤーに紛れて侵入したらしい。それで中で魔物肉を喰らい、そして変わってしまったらしいんだ」

「そんな、ただ肉を喰らえば変化するってもんじゃないのに……!」


 そう、肉を喰ったりダンジョンに入っただけで変わるもんじゃない。

 その上で魔物化を望むような強い意思があったりないと条件は揃わない。


 だとすると、楠は魔物になる事を心から望んだ……?


 そ、そんなバカな事を望むか!?

 自ら魔物になりたいなんて奴がいるのかよ!?


「奴の真意は不明だ。だがその結果、大変な事件となってしまった。これを見てくれ」


 すると紅先生が持ち前のタブレットを取り出し、俺達に見せた。

 そうしたらさっそくとニュースの映像が映り、俺達を驚愕させる事になる。


『見てください! 例の魔物化したプレイヤーがダンジョンから出てきました!』

『聞いているかァ間宮彼方ァァァ! てめぇのせいだ! てめぇのせいでこうなっちまったんだよォォォ! ヒヒヒッ、だったらよぉ、もう止まらねぇ! てめぇが僕の事をおとしめたのがいけないんだからなあああ!!!』

『彼の体にはなんとプレイヤー達が縛り付けられています! 人質です! これでは自衛隊員も迂闊に手が出せません! ああっ、自衛隊員が一人殴り飛ばされてしまいました! え、うそ、こっちに来る!? 逃げて! 逃げてーーーっ!』


 もう言葉が出なかった。

 楠だった魔物がダンジョンから出てきて暴れ放題だったのだから。

 しかもこれみよがしに俺を名指しだ。明らかな怨恨での犯行だ。


 まさかそんな怨恨のためだけに、あいつは魔物化を望んだのか……!?


 その姿はもう人間とはとても思えない。

 人の面影こそある二足歩行型だが、身長は三メートルくらい。

 だが全体的に太い筋肉質で青色の肌、腕が四本、加えて太長い尻尾も生えている。

 雰囲気はまるで化け物版の仁王って感じか。


 ……こうなったのは俺が甘かったからなのかもしれない。

 あいつをなまじ中途半端に許してしまったから。

 こんな事になるのなら、徹底的に心も潰して再起不能にした方がまだ親切だっただろう。


 つまりこれは、俺の判断ミスが招いた事態なんだ……! クソッ!


『ひ、ひい!? たたたすけて、たすけ――』

『うるせぇよ死んでろ! お前は撮影を続けろよォ?』

『は、はひ……』


 あまりにもむごい。

 テレビ局のリポーターを殴り飛ばしてしまった。あれじゃあもう……。

 その惨劇を前に、カメラマンももう言いなりになるしかない状態だ。


『ああ~聞いているか間宮彼方ァ? もしこの事態をどうにかしたいならよぉ、僕の前に一人で来い。それまでは大人しく待っててやるよォ』

「コイツ……ッ!」

『だがもしビビッて来なかった場合! ダンジョンに閉じ込めた他のプレイヤーどもの命は無い。それとぉ!』


 なんだ、何をする気だ!?

 長太い筋肉質の尻尾をうねらせて、先端を地面につけている……?


 なっ、先から白くて丸い塊を吐き出した!?

 これはまさか……卵なのか!?


「うええ、キモぉ……」

「冗談じゃないっしょ、あんなん!」

『そう! 僕の眷属を産んで産んで産みまくってェ! そいつらを一気に放出ッ! そうなれば後はどうなるかもうわかるよなぁ?』

「考えたくもないわね……」

『そうだ、僕がこの日本を支配するゥ! 魔物による、魔物のための国家樹立だぁ! そこにてめぇらクズカスの居場所なんか一ミリもねぇんだよォォォ! ヒャーーーッハッハッハ!!!!!』


 もし際限なくあの卵が産み出せるのなら本当に厄介な事だ。

 もしあれが大量にふ化して、一気に表へと出れば大惨事はまぬがれない。

 おまけに自衛隊もダンジョンに入れないから防ぎようもないぞ!?


『という訳だ間宮彼方。いいか、必ず来いよ? じゃないと大変な事になっちゃうよぉ~? てめぇの悪事を僕が暴いてやるからよぉ、早く来い。楽しみにしているぜぇ~~~!』


 動画はここまでだった。

 次の瞬間にはカメラが踏み潰されてしまって。


 きっと探せば他にも色々あるだろう。

 だけどこれだけで充分だ。もう重大性はしっかりと伝わった。


 あの楠だけは何とかしなければならないのだと。

 

「人質は奴の言った通り、ダンジョンに押し込められている。出入口の付近を大岩で塞ぐ事によってな。しかも今回は低難易度ダンジョンだったためプレイヤーはほぼ低レベルで固められていて自力脱出は不可能だ」

「おまけに体にも人質が縛られてるから迂闊に手出しできないってぇ……どっちが悪事を働いてんだか」

「実はその最中にも狙撃銃で一発奴の頭に撃ち込んだらしい。だが効果は無し。貫通性の高いライフル弾でも奴の堅い装甲を貫くのは不可能だったんだ」

「そそ、そんなの勝てる訳ありませんよぉ!?」


 聞くだけでますます化け物になってしまったってわかる。

 俺達が今まで相手をしていたのはそんな存在だったのか、とも。


 でもこうなってしまったのは、間接的に俺の責任だ。


 だったらやるしかない。俺があいつを倒すしか。

 なんとしてでも場を収めなければ――これよりずっと多くの犠牲者が出てしまう。


 そうならないためにも覚悟を決めろよ、俺……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る