第120話 彼方、一人発つ

 まさか楠が魔物化したなんて。

 それどころかダンジョンの外で暴れ、俺を名指しして来た。


 おかげで存分に思い知らされたよ。

 人間の中には親切を平気にあだで返せる奴がいるんだって。

 その上どうしようもなく救えない奴がいるんだって事も。


 こうなってしまったのは俺の責任だ。

 あいつに対して甘い対応を取ってしまったがための。


 なら俺が止めなければ。

 守りたい人達がここにいるから。


「だいたい事情はわかりました。行きますよ。俺が奴を止めてみせます」

「ちょちょ、本気なん!? 相手は銃も効かない奴なんしょお!?」

「それでもやらなきゃならないんですよ。それに俺が直接倒すって訳でもない。奴の体にくくり付けられた人質を救えればそれだけでなんとかなるかもしれないから」

「だけど……」


 やっぱりみんなは優しいな。

 こうやって心配してくれるから俺も俺でいられる。


 楠もこういう人間が傍にいればまだ違っただろうに。


「ならあたし達で協力して――」

「それはダメだ」

「なんでー!?」

「奴は俺一人を指名している。それを破ればまた暴挙を起こしかねない。それにさ、みんなが場にいれば奴が人質に取ろうとするだろう。奴はそういう事を平気でできる化け物だって事を忘れちゃいけない」


 そう、奴はもう人間じゃないんだ。

 非道で支離滅裂な事を平気でやれる化け物なんだ。


 そんな奴との戦いにみんなを巻き込んではいけない。

 決して感情的な理由ではなく、勝率に左右されるという理屈でね。


 戦うなら、俺一人じゃなければならない。


「だからみんな、ここで見守っててくれ。俺が負けないようにって。それだけで俺、ずっとずっとがんばれると思うから」

「……本当はイヤ」

「つくし……」

「だけど理屈はわかる。だからわがままは言わない。絶対に生きて帰ってきて。勝ってとは言わないから」

「ああ、そのつもりだよ。絶対になんとかしてみせるから」


 つくしの手が俺の腕を掴み、そっと握る。

 そうして胸元にたぐり寄せ、ギュッっとしながら祈ってくれた。

 ついていきたいっていう気持ちを必死に押し留めて。


「ならさぁ、あーしらの分までやっちゃってよぉ!」

「そうね、あの時見捨てられた事、まだ根に持っているしクククク!」

「僕も応援してるから、がんばって!」

「仕方ありませんわね、今回は傍観に徹してあげますわよ! だからやっておしまい!」

「ああ、存分にやってやるさ!」


 みんなもきっと同じ気持ちなんだろう。

 だったらその気持ちをまとめて一緒に持って行こう。


 それだけで俺はもっと強くなれると思うから。


「どうやら話はまとまったようだな。ちょうどお迎えも来たらしい。行くぞ間宮」

「ええ。先生も見送りだけで平気ですよ」

「ふふっ、わかっている。私はお前と違ってか弱い一女性だからな」


 ついでに紅先生とも拳で軽く「コツン」と突きあって気持ちをいただいておく。

 か弱いだって? 空手でもやってるような拳の堅さじゃないか。


 しかしお迎えが来たのは本当らしい。

 ヘリコプターが激音を鳴らして校庭へと着陸する様子が見える。


 だから俺は紅先生とともに校庭へと赴いた。

 そして俺だけで迷わず乗り込み、現地へと向かったのだった。






 ――それからおよそ一時間後、現地に到着。

 すでに場は騒然としていて、物好きな奴らが野次馬として群れている。

 もっとも、多くが報道陣やビューチューバーな訳だけど。


 彼等はわかっているのだろうか?

 もし俺や自衛隊員が突破されたら一番に狙われるのは自分達なんだって。


 ……まぁいいか。俺が勝てばそれで済む話だから。

 もっとも、勝算なんてありはしないのだが。


 そんな気持ちで野次馬の傍を抜けて軍隊の領域へ。

 するといつもの委員会のおっさんが駆け寄って来た。

 この人も逃げていないのか。意外と根性あるんだな。


「間宮君、よくきてくれたね。感謝するよ」

「いえ、俺が力になれるかどうかはわからないですけど」


 ただ、その裏には自衛官が何人もついている。

 おっさんの勇気の原動力はさしずめ彼等だろうか。


「それで楠の動向は?」

「今はダンジョンの入口に陣取っているよ。でも中にいるから自衛隊も手が出せないでいるんだ」

「で、その入り口は塞いでいるから……やりあうのはおそらく外で、かな」

「や、やれるのかね?」

「やるしかないでしょう? だったやりますよ」


 自衛隊員はたしかに心強くはあるんだけどね。

 ライフル弾を弾かれたのだってたった一発ってだけだし。

 それに今は戦車もいる。遠くには軍用ヘリも待機している。

 そんな兵器に同時で撃ち込まれたら、いくら凶悪な魔物でもひとたまりもないだろうさ。


 だけどそれは味方ならば、の話だ。


 もし俺が劣勢になったら、自衛隊は治安を優先して撃ってきかねない。

 人質をも犠牲にするどころか、俺をも巻き込む可能性もあるのだ。

 そうなった場合はもう目も当てられない。生き残るなんて以ての外だろう。


 そうならないためにも一つ保険をかけておかなければ。


「ただしお願いがあります」

「な、なにかね?」

「俺が確実に負けて死んだ~とならない限り、自衛隊にはいっさい手出しをさせないでください」

「えっ!?」

「巻き添えになって死ぬのだけはごめんなんで。でなければとても怖くて戦うどころじゃありませんし、邪魔されても困りますから」

「そ、それは……」

「なので、そう約束してもらえますか?」

「う……」


 今回ばかりはなにがなんでも通してもらうぞ委員会。

 いつまでも煮え切らない事ばかりやってないで、こんな時こそ意地を見せてみろ!


 それがお前達の本来の役目なんだからな……!

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