第118話 陰で膨らんでいた悪意

 みんなが揃ったと思って安心できたのは束の間の事だった。

 なんでもコメッターというSNSに俺がいるらしいというのだ。


「そ、そんな、俺がコメッター上に……!」

「これが彼方じゃないとしたら、これは一体!」

「ひょっとしたらこれは俺の別人格がやったのかもしれない……! 魔物化が進む事で生まれた別人格が俺の意思に関係無くッ!」

「んなわけあるかーいっ!」

「なぶちっ!」


 でも情け容赦なく澪奈部長の平手打ちが飛んできた。ちょっと痛い。

 というかなんで殴られたの俺?


「では実は俺のポルターガイスト的な者のしわざとか?」

「もう一発、いっとく?」

「いえもういいっす!」


 今日の澪奈部長はとっても容赦ない。ツッコミの神が降りてる。

 なんか手にもオーラを纏っている気がするので今日は大人しく従おう。


「これはねぇ、きっとなりすましだよぉ」

「「「なりすまし!?」」」

「そそぉ、赤の他人が彼方になりきってんのぉ。ほら見なよ、こんな事彼方っちが言う訳ないっしょお」

「どれどれ……」


 澪奈部長がそういうので、さっそくコメッター上の俺のコメントを確認する事に。


 ……うわぁ、言われて見ればたしかに。

 俺自身はこんな事なんて言わないぞ。


『:つくしちゃんをペロペロしたい』

『:澪奈ちゃんをクンクンしたい』

『:母桃ちゃんをはむはむしたい』


 なんて奴だ、コメッター上の俺!

 卑猥にもほどがある! 訂正しろ! つくしの所以外は!

 つくしは彼女だし、求めてもくるからまぁいいとしよう。


 ……あれ、でもこの中の奴は俺じゃないよな? じゃあダメだ!


「これはエゲつないわね……」

「九割セクハラですね、これ」

「極めつけは昨日の発言のコレよぉ」

「「「うわぁ……」」」


 さらには澪奈部長があたかもすでに開いていたかのごとく自分のスマホで見せてきた。


『:先日は司条財閥の総帥をぶん殴ってしまって大変申し訳ありませんでした。とっても気持ちよかったですwwwww なので反省していませんwwwww 文句がある奴は一人でオナってろカスどもwwwww』


 他のコメントも大概だが、これが一番ひどく、そして反応が桁違いに多い。

 返信がもう百件以上もついているし、その返信自体も反論で埋め尽くされている。


 これってまずい事なんじゃ……?


「わお、超炎上してるねー」

「そうか、これが炎上っていうやつなのか」

「そぉ。でも知らなくてもいいし、知らなければ無害だからほっといたんだけどねぇ。ほら、彼方っちってこういうのに耐性なさそうだしぃ?」

「そっか、澪奈パイセンあえて黙ってたんだ。バラしてごめんなさい」

「まぁバレちゃったもんはしゃーないってねぇ」


 なるほど、それで気が立っていたんだな。

 となるとさっきのは冷静さを保たせるための愛の一発か。ありがたい。


「これのおかげであーしのアカウントにもアンチが沸いて大変だったんだからぁ」

「すいません、俺のせいで……」

「あーあー彼方っち関係ないからそういうのはナシで。ほっとけばいい事だしぃ」


 色々大変なんだな、コメッターって。

 もしスマホを手に入れる事になったとしてもやらないようにしよう。


「あ、よくみたらこれ続きのコメントあるよー。どれどれ……『なお苦情は受け付けていますのでこちらの住所または電話番号、メールにてコメントください』だって!」

「なにぃ!? なら俺が直接乗り込んで――」

「待った待ったぁーーー! だからぁもぉー!」

「「なぶちっ!?」」


 しかしまた俺とつくしの頬に愛の一発が「スパパーン」とブチかまされた。

 俺達はどうやらまたやらかしそうになったらしい。


「そんな事する前にまず住所とか電話番号とかの先を調べてみなってぇ!」

「あ、言われてみたら住所ぜんぜん違うな。電話番号なんて俺持ってないぞ?」

「グルグルマップで検索してみよっと……あ、これってー」

「その住所と電話番号はね、指定暴力団『雛兎組』の事務所だよ」

「「「ぼっ、暴力団!?」」」

「そぉ、わざわざそこに通じるよう工作してんのぉ。メアドはそれっぽいけど多分転送するよぉになってるよ」

「ひ、ひえー……」


 あ、危ない、あやうくまた騙される所だった。

 とんでもない奴だな、コメッター上の俺!


「まぁそれでも騙されてとつっちゃった人はいるだろうねぇ。返信リプに注意勧告もあるけど、見ない調べないでやる人は一定数いるからさぁ」


 これは炎上させている人達を誘い込む罠みたいなものか。

 だけどこれではさらに火が燃え上がって大変な事になりそうだ。

 それこそ本物の俺にも被害が及ぶくらいに。


「すでにこの事は委員会にも伝えてあるから、今は反応しないのが一番っしょ」

「歯がゆいですね、間接的にとはいえ俺の問題なのに」

「下手に本物の彼方っちが出ると、それこそ飛び火しかねないからねぇ」

「ネットの炎は魔界の炎よりもずっとしつこいのよ……ククク」

「兄さんも『アンチは無視するに限る』って言ってたよ」

「さすがすえつぐ、対策方法も熟知しているのね……」


 ……たしかに原因は遥の父親を殴った事だろう。

 それは紛れもない事実で、暴力に頼ったのはよくない事だ。

 世間が批判するのもわかる。


 だけどあの時はああするしか無かったんだ。

 もしあのまま放っておけばあの男はまた遥の事を放り投げかねないから。


 ただ、今こうしてキノコ遥が戻ってきた以上はその言い訳もきかない。

 だとすると、もしかしたら罰せられるのは俺なのかもな。


 それならそれで構いやしないさ。

 遥が帰ってきて報われたから、その分くらいはお咎めがあったっていい。


 それくらいの覚悟はもうとっくにできているのだから。




 ――だがその後は俺の予想に反し、意外な展開が待ち構えていた。


 まず、俺になりすましていた奴が逮捕された。

 どうやら脅迫まがいな事もやっていて警察に目を付けられていたらしい。

 なおその正体は四〇代の無職男と、ダンジョンとは縁もゆかりもない奴だった。


 また、炎上に参加していた一部のコメッターアカウントが音信不通に。

 例の偽宛先の事もあって「東京湾に沈められたか!?」なんて噂が立った。


 極めつけは模倣犯と思われる俺の偽物が何人も増えては消えた事。

 しかし初代にかかわる事件が尾を引いて、どの反応も大人しいものだったが。


 なのでそこで委員会が「間宮彼方は元々コメッターをやっていない」と公言。

 ついでに「偽物を知ったのもつい最近」と発表し、事態は一気に沈静化へ。


 そんな訳で俺の偽物が爆弾発言をしてからはや一ヵ月。

 今ではもう俺に関する噂は立ち消え、コメッターは平和になったそうな。

 この急激な落ち着きには俺も驚かされたものだ。


 まるでがあったんじゃないかって思えるくらい鮮やかだったから。


 ともあれこの問題はこれにて解決。

 俺は何のお咎めもなく平穏な日常生活を続ける事ができたのである。




 だけどこの時、俺はまだ気付いていなかったのだ。

 平穏に見えた世間のその影で、俺への悪意がさらに膨らんでいたって事に。




☆☆☆




「クソッ、なんでだ! どうしてもう誰も奴の噂をしていないんだ! チクショウ!」


 東京の一角、とある一軒家の暗い部屋にて少年が一人つぶやく。

 パソコンが映す掲示板サイトを前に、いらだちを隠せないまま。


 後頭部の青春を失った男、楠である。


「これも間宮彼方のせいだ。あいつがきっと工作したに違いない! 裏金とかコネとか使って根回ししたんだ……! 間宮彼方、卑怯者のクズめぇ……!! なんとかしてこの地球から抹殺しないと……!」

 

 楠はずっと、ただひたすら憎悪に駆られながらインターネットを貪っていた。

 自分をここまでおとしめた間宮彼方に恨みを晴らそうと、部屋に引き籠って。


 そしてとある動画を眺める中、ふと「ハッ」とする。


「こ、これは……そうか、この方法だ! もう奴を止めるにはこの方法しかない……! くひひっ! もう僕がやるしかないんだ、僕が……くひ、くひひひっ!」


 その瞳孔は震え、すでに正常であるかどうかも怪しい。

 しかし楠はもはや己の欲望に囚われ、周りの声すら届きはしない。

 食事を持ってきた母親にすら罵声をあびせてしまうほどに。


 悪意が膨らむ。

 殺意が芽生える。


 その負感情が楠の瞳を獣のごとくさせていたなど、誰も気付きもしなかったのだ。

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