第111話 お前は何もわかっちゃいない

「君が間宮彼方君だね?」


 ダンジョンを脱出し、少女の遥を助け出した俺達。

 しかしそんな俺達の前にあの遥の父親が姿を現した。


 遥を見放した、あの男が……!


「……娘の遥が大変お世話になりました。そして娘を助けてくれて本当にありがとうございます」

「「「えっ!?」」」


 だが出会いがしら、その男は深くお辞儀していた。

 大財閥の長でもある人物が俺達に頭を下げたのだ。


 これは一体どういう事なんだ?

 

「おねがい、離して」

「え? あ、ああ」

「お父さまーっ!」

「おおお遥ぁ! よく無事で! 本当に良かった、本当に……!」


 それに遥を前にして見せたのは、なんて事のない父親の姿だった。

 大事な娘を抱え上げ、再会できた事に涙を流す――そんな深い愛情を感じる親らしい姿。


 遥は想像していたよりもずっと愛されていたんだってわかるくらいに。


 そうして遥を抱いたまま彼はヘリコプターへ。

 機内にいるスーツ姿の老人に遥を託す。


「遥、少し待っててくれるかい? 私は今からあの人と話をするから」

「うんっ! 待ってますわ!」


 それで何を思ったのか、遥の父親が俺達の下へと戻ってきた。

 ただし今度はさっきと違い、キリッとした表情で。


「見苦しい所を失礼した。自己紹介が遅れて申し訳ない、私の名前は司条貴晴たかはるという。ご存知とは思うが、司条グループを束ねる立場の者だ」


 少しだけかたくなにはなったものの、しゃべり方は温和で聞き取りやすい。

 それになんだか引き込まれる感じがする。


 だけどなんだかちょっととっかかり難い感じだ。


「この度は本当に感謝している。心よりお礼を申し上げたい」

「ま、待ってください。俺達は友達を助けるために当然の事をしたまでで……」

「ああ、よく知っている。君達の事は報告を受けているからね」

「えっ?」


 なんだか人を見透かしてくる雰囲気だ。

 再会した時の遥にも通じる、何もかも知っているかのような。


「実は遥との連絡を絶った後、ひそかに内偵を走らせていたんだ。それで君達の事も知った。ダンジョンに再び参戦した事もね。だから私もそれからは影からあの子を見守っていたものさ」


 この人がそうも言うから、実際そうなんだろう。

 ただ家庭の事情とか色々あるだろうから手が出せなかったんだろうな。

 遥いわく、司条家っていうのは身内だろうと厳しいっていう話だから。


「でも今回の事が起きて、いてもたってもいられなくて。それで来てみれば、遥を救ってくれたと聞いた。だからこそ私は君にとてもとても感謝しているんだ。これ以上ないほどにね」


 ああ、そうだ。俺が助けた。

 遥を助けて、魔物も倒した。


 にはな。


「そんな君に何かお礼がしたいと私は考えている。もちろんお金でも将来の約束でもかまわない。くれた礼なんだ、私にできる事ならどんな事だって叶えたいと思っているよ」

「……そうっすか」

「従って、これをどうか受け取って欲しい。私への連絡手段を記した名刺だ。何か思い立った事があればこれに電話かメールを送って――」


 そうさ、彼は遥が戻ってきたからそれでよかったんだ。

 まだ純粋で、何も起こしていない真っ白な遥が帰って来たから。


 これが一番もっとも正しい結末だったんだよ。




 ――ゆえに俺は今、この男の顔面を全力で殴りつけていた。

 鼻骨をへし折り、鼻血を撒き散らすほどに激しく容赦なく。


 さらには拳でえぐるようにして捻り込み、大地へと叩きつけてやった。




「がぶばっッ!!?」

「そんな物がいるかよ……こンの大馬鹿野郎があッッッ!!!!!」

「ッ!!?」


 周囲が騒然としたのが空気でわかったが、この際無視させてもらう!

 もう俺には、コイツを前に冷静さを保たせられる自信がないッ!!


 よかったな、ここが田園地帯で土が柔らかくて!

 意識がまだあるなら、この際だから全部をぶつけてやるッ!!!


「言ったなお前は! 俺が遥を救ったと!」

「う、うう……?」

「お前にはそう見えただろうさ! お前の可愛い遥が帰って来て嬉しかっただろうさ!」


 コイツは何も見えていない。

 なのに見守ってきただと!? よくそんな図々しい事が言えるものだ!


 俺は、俺達は、一切何も救えていないっていうのに!!


「だが俺達にとっては違う! 俺達は何も救えていない! 俺達の救いたかった遥はもうここにいないんだよッ!!!」

「ッ!?」

「そうさ、俺達の遥は……ドブ川遥はもう、この世にはいないんだ……ッ! この意味がアンタにわかるかよ……!?」


 おかげで声が震えて止まらない。

 怒りと共に悲しみも喉奥からせり上がってきそうだ。


 だがそれでも、俺は必要ならばコイツを殴り続ける気概がある!


 そんな俺に気付き、ヘリからスーツの老人が走って来た。

 あの大きなガタイだからな、俺でも対処するには骨が折れるだろう。

 それでも知った事か、俺はトコトンまでやってやらなきゃ気が済まない!


「来るな蔵橋ッ!」

「ッ!? で、ですが旦那様!?」

「わ、私は彼の話を聞かなくてはなならないッ! とても大事な事なんだ……!」


 しかしまさかそれを遥の父親が止めるなんてな。

 それなりに罪悪感もあるという事か。


 だったら。


「続ぎを頼む、間宮君。ゴフッ……私は君の、話を詳しぐ聞ぎたい」

「わかったよ、それなら教えてやる。アンタが犯した罪を、それが遥をどれだけ追い詰めていたかってな!」

「ッ!?」

「遥が魔物になったのは他でもない、アンタが原因だ! アンタが中途半端な愛情であいつを扱い、翻弄し、その上で無造作に投げ捨てた! そうやって生まれたのがあの魔物だ! つまりあれは、お前が育て上げた魔物なんだよッ!!!」

「「「なッ!!?」」」


 そうさ、もし遥が普通に育てられていれば魔物化なんてしなかったかもしれない。

 他のプレイヤーにその兆しが無いのがその証拠だ。


 しかし遥は家柄と、自分の悩みのストレスとプレッシャーを一身に受けていた。

 普通の子どもよりもずっと強い強迫概念をな。

 そのせいで魔物化に繋がってしまった悲しい事例だと思う。


 その原因を親が知らないのは、絶対に間違っている。


「アンタはあいつが友達を欲しがっていた事を知っていたのか!?」

「そ、それは……」

「あいつが司条家を守ろうとしてドブ川を名乗っていた事を知っていたのか!?」

「遥がそんな事を……!?」

「それでもなお、あいつはアンタを愛していたって事を知っていたのかよ!!?」

「し、知らない……私は、遥の事を何も知らなかった、のか……!?」


 地に伏せた遥の父親がついには震え、両腕を地面に着かせる。

 よほどショックだったんだろうな。わかるよ、その気持ちだけは。


 俺もやっとあいつの本当の気持ちに気付いたばかりだから。


「……きっと遥もそうだって知っていたと思う」

「えっ……?」

「でも関係無かったんだ。あいつはさ、自分が愛したいって思えるだけで充分だったから。だからこの形を選んだんだと思う。もっとも正しく元鞘に戻せるこの形をさ。わかりにくいけど、あいつの愛ってそれくらい重いんだ」


 あいつは学力こそ無かったけど、とても賢い女だった。

 物事をすばやく判断し、何よりも最善の形を導こうとするような。


 そしてダンジョンに犯されていない小さな遥として甦る事も、それが最善だと。


「だったら……本当の親ならもう二度と同じ過ちを繰り返させてくれるなよ?」

「あ、あ……」

「それがあいつにできる最高の手向けで、託された願いでもあるんだからさ」

「……今度はもう間違わないと誓う。全力であの子を支えますからっ!」

「じゃあ、ちゃんとした友達くらいは作らせてやれよな?」

「わかり、ました……!」


 こう伝えたおかげで彼もわかってくれたようだ。

 だからこそ遥の父親は一心に土下座し、ひれ伏していた。


「本当に、ありがとうございましたッ!!!!!」


 これでいいんだよな、遥?

 こうすればきっとお前はもっとマシに育ってくれるよな?


 そうしたら……ドブ川遥ではなく、れっきとした司条遥としてあの笑顔を、また。




 ――こうしてヘリコプターは空へ去っていった。


 でもきっと俺はあの男の事をずっと許さないだろう。

 あそこまでやっておいてなんだが、未だ許せる気はしないんだ。

 遥をあそこまで追い詰めた事に変わりはないしな。


 だからこそ、できる限り監視し続けてやろうとも思う。

 遥がきちんと育っているかどうかを逐一見守りながら。


 俺が彼を許せるのは、遥がちゃんとした子に育ったとわかった時だろうから。

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