第71話 夕暮れの君

 つくしに誘われ、俺達は二人で花火大会へと行く事になった。


 それでバスに乗って会場に到着。

 まだ夕刻には時間があるから空も明るいし、一望するには丁度いい。

 屋台もたくさんあるみたいで、すでに目移りしそうなくらいだ。


「ねね、彼方」

「ん、なんだつくし?」

「今日はね、あたしが彼方に色々おごったげる!」

「え?」


 でもそんな会場入りの前に、つくしが急に変な事を言いだした。

 別におごってもらわなくても、俺はお金にまったく困っていないのだけど。


「いや、いいって。つくしはお金貯めないとなんだろ? だったらこんな事で浪費する必要はないし」

「いやいや、こういう交際費はちゃんと確保しておりますがな~! それにあたしができる彼方へのお礼はこれくらいしかないからね!」

「お、お礼? ――うわっ!?」

「さっそく食べたい屋台はっけーん! 行こう彼方っ!」


 そしていつものように手を握って引っ張ってくる。

 俺の意見なんてもう完全に聞いていないみたいだ。


 まったく、つくしは本当に勝手な事ばかり言って。


 ……けど、それだからつくしらしいんだよな。

 それに、そうしたいっていうなら俺は拒否するつもりなんてない。

 なんだかんだでつくしは不器用だし、やりたい事があると真っ直ぐ突き進むし。


 だったら流れに逆らうより、ついて行った方がずっと楽だ。

 その方がずっと楽しいし、俺の性にも合ってるから。


「たこ焼きゲーット! 屋台のこれがまた不思議と美味しいんだー」

「で、自分で食べるんだな」

「でもでもふたひでたべへばいろんなの、はふはふ、たべへる!」

「急いで食べなくてもいいぞー」

「じゃあ彼方もどうぞ!」

「丸ごとォ!? あっづぅ!」


 だからっておいやめろォ!

 アツアツのたこ焼きを丸ごと口に押し込むなァ!


 ――うん、美味しい。

 なんだろう、内包物に関しては絶妙なんだけど不思議と美味しい。


 あとつくしが使った箸が唇に触れたのも、なんかこう、来るものがある。

 でも本人気にしてないし、そういうのあんまり遠慮しない子なんだな。


「ひゃっはー! りんご飴だぜぇー!」

「そういえば俺、りんご飴食べた事ないな」

「んじゃ食べてみるー!? はいっ!」


 今度はりんご飴を差し出された。

 しかも半分くらい削ぎ落されたようになくなってるやつ。

 待って、りんご飴ってこういう食べ方なの!? 本当に合ってる!?


 それに食べかけって……いいのこれ、本当に食べていいの!?


「じゃ、じゃあ遠慮なく」


 せ、せっかくだし食べないとだよな。

 そう、これは決して恥ずかしい事ではなく友情の証なのだ。


 だから欠けた飴の端をガブリと噛んで千切る。

 これだけでも充分だ。半身丸ごとはさすがに口の容量的にも無理があるし。


「どう?」

「うん、美味しい。こういうのもたまにはいいよね」

「良かったぁ! りんご飴初体験、大成功っ! にししっ!」


 ただ、その味はすぐ薄れ、まったく気にならなくなってしまった。

 つくしがふと見せてくれた笑顔がなんだかとても眩しく見えたから。


 夕陽に充てられて輝く頬が、その眩しさを象徴するかのようだった。

 無邪気に歯を見せて笑うその笑顔が、飴なんかよりずっと甘かった。


 そしてそんな彼女の可愛らしい姿を、夕焼けが俺の脳裏へと焼き付けるのだ。

 その後もずっと頭から離れなくなるほどに。


「もうそろそろ花火始まるっぽい! 見る場所決めよ!」


 それで気付けばもう辺りは暗くなり、メインイベントの時がやってくる。

 だからと二人で場所を探し、河川敷の坂に腰を下ろす。

 そうして夜空を見上げ、打ち上げられた大きな花火を楽しんだ。


 ああ、とても綺麗だな。

 昔に見た光景とはまるで違う。

 思い出も感慨も残ってないからこそ、今だけが特別に思えてならない。


 ただ、そう思えたのは決して花火がすごかったからではない。

 隣に座るつくしの方が花火よりもずっと綺麗だと思えたから。


 だからか、俺の視線はしきりに彼女へと惹かれていて。


「綺麗だね、花火!」

「え、あ、うん」


 そんな俺に気付いたつくしはにっこりとしたまま顔を覗き込んでくる。

 その表情がとても……可愛らしかったんだ。

 もうそれ以外の言葉が出てきそうにない。


 おかげで結局、ろくに見られないまま花火が終わってしまった。


 ただ祭りはまだ続いているし、まだ食べたりなくもある。

 だからとつくしはまた俺の手を引いてくれていて。


 そこで俺はようやく気付いてしまったんだ。

 俺の胸の奥でくすぶっている彼女への想いの正体に。


 俺にとってのつくしとはきっと、なくてはならない存在なのかもしれない、と。

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