第72話 そして俺の想いを伝えよう

 花火が終わった後も俺達の祭りは続いた。

 つくしの望むままに歩き、気が向いたら食べ、そして味に一喜一憂する。

 人が多く騒がしい中で動きにくくはあったけど、気兼ねなく大声で笑えるからそれはそれでいい。


 どんな些細な事でも笑いあえる――

 そんな今が俺には人生で最高に楽しいと感じてならなかったんだ。


 そうして散々食べ歩き続ける中で時間も過ぎ、人の数がまばらとなっていく。

 祭りが終わりに近い……気付けばそう感じさせる雰囲気になっていた。


 そんな中、会場の端の方で休憩を取る。

 思ったよりも疲れてしまったので、休む場所を選り好みせずに市営花壇の縁で。

 

 すると途端に話が途切れてしまった。

 それだけ疲れたし、夜なのに湿気もあってまだ暑いから。


 だからか、つくしは汗だくで苦しそうながら空を見上げ、深く息を吐く。

 それでもまだ余韻が残っているようで、笑顔だけは絶やしていない。

 足も交互にゆっくりとパタパタ動かしているし、よほど楽しかったに違いない。


 俺も同じ事をしたい気分だから、きっと。


 ただ、このまま無言でいさせたいとも思わない。

 なら何か話題を――そうだ。


「なぁつくし、ちょっと聞いていい?」

「んー? なになに?」

「ここに来る時、ちょっと気になる事があったんだ。着いた時の話、憶えてる?」

「んん~なんだっけ?」

「つくしが俺にお礼したいって言った事」

「ああー!」


 あの時の言葉はずっと俺の心に引っ掛かっていたのだと思う。

 ここまではずっと忘れていたけど、今になってまた思い出すくらいには。


 でも今考えてみると、あの言葉にはつくしの真意が隠れているんじゃないかって思った。


 そう気付いたら尋ねてみたくなってしまったんだ。

 つくしがどうして俺に礼なんてしたいのかって。


「俺、つくしに礼なんてしてもらうような事していないと思うけど」

「そんな事ないよー。あたしは彼方に感謝したくなる事一杯してもらったもん」


 するとつくしがなぜか目を細めさせる。

 いつも明るくぱっちりと見開いていた眼が、哀愁を漂わせるかのようにそっと。


「……実はさ、あたし、本当は諦めてたんだ」

「え、何を?」

「お母さんを助ける事」

「えっ……」


 そして零れた言葉はつくしらしくない重い話で。

 でも俺は好奇心と、聞いてあげたいという感情のまま耳を傾ける事にした。


「ある日お母さんが病気になって、死ぬかもしれないって言われて。それからあたしは小学生の時からずっとがんばってたんだ。ダンジョン攻略委員会から『ここで稼げばお母さんを助けられるかもしれない』って打診が来たからさ」

「小学生からそんな……」

「けど、あたしはどうにも上手く動けなくて。回復はデメリットあるし、叩いてばっかだし。おかげでプロチームからも戦力外通告されちゃってさぁ」


 ふと、つくしの足がパタリと揃えて止まる。

 それと共に顔も上げ、虚空を見つめていて。


 そんな細められた彼女の瞳が夜光を受け、瞬いて見えた。


「その後に澪奈パイセンに誘われて、宝春には行けるようにもなったけど……正直言って、その時はもうヤケだったんだよね。きっともう何をしてもダメなのかなってさ」

「そんな、でもそれだけ昔から稼いでいたなら――」

「あはは、実はそれだけじゃ全然足りないんだよねぇ、目標金額にはさ」


 そうしたら今度は俺に視線を向けてくる。

 いじらしく微笑んだ顔を見せつけながらに。


 ほんの少しの照れも交えたように八重歯を覗かせて。


「三億」

「え……」

「手術代と治療費、療養費含めて全部で三億円必要なんだって」

「三、億円……!?」

「そそ。なんでもアメリカの有名なお医者さんじゃないと手術できないんだってさ。しかも患者も一杯いるらしくて、まとまった資金が無いと候補に入らないんだ。みんな死にたくないから当然だよね」


 きっと本当は泣きたいくらいに辛いのかもしれない。

 だけどつくしはそれでも笑って誤魔化している。

 まるで、そう明るく振舞う事で陰鬱な気分を振り払っているかのように。


「それでも一応は前準備まで持って来れたんだけどねー、そこから先がもう果てしないの!」

「つくし……」

「だからね、お母さんにもこう言われちゃった。『もうお母さんの事なんて気にせず、つくしの好きなように生きなさい』って。お母さんももう諦めちゃってるんだろうね」

「いい人なんだね、お母さん」

「うん、すっごい優しいよ。あたしが仕送りするたびにさ、『ちゃんと生活費にも回しなさい、友達も大事にしなさい』っていちいち言ってくるくらいにね!」


 お母さんの話をすると、途端に本当に明るくなった。

 そうか、つくしは本当にお母さんの事が好きなんだな。

 話し方だけでそれがひしひし伝わって来るようだ。


「そんな時に、彼方が現れた」

「えっ!?」

「もうダメかと思ってたのにさ、彼方が現れてからどんどん押し上げてくれて、あっという間にトップスにもなって、チームランク一位にもなっちゃった。これってもう奇跡だよね? 宝くじの高額当選したみたいな感じだよー!」


 でも俺の話になるともっと喜んでいるように見えた。

 腕まで振り上げちゃってさ、なんだろう、よほど嬉しいのかってわかるくらいに。


「だからあたしは彼方に感謝してる! こんなんじゃお礼したりないくらいだよ!」


 すると上がった腕が俺の肩に降り、がしりと掴んでくれて。

 さらにはニギニギと気持ちのままに握って、万遍の笑顔まで向けてくれた。


 そうか、そうなんだな。

 君それだけ感謝してくれていたんだな。


「そっか。でもさ、それなら俺もつくしに感謝しているんだよ?」

「へ? なんで?」

「だって、つくしは俺と友達になってくれたから。外ではずっと一人だった俺を、君が見つけてくれた。それは俺にとって何より救いだったんだよ」

「か、彼方……」


 だから今度は俺が感謝しよう。

 そして俺の想いを伝えたいと思う。


「それでも今まで気付かなかった想いに、今日やっと気付けたんだ。きっとつくしは俺にとって特別なんだろうって」

「えっ……」

「こうして互いに話せたからやっとわかった」


 俺はずっと望んでいたんだ。

 こうして気兼ねなく話し合える相手を。

 同じ人として、対等に立ってくれる存在を。


 それは君しかいないんだって。


「つくし、君は……人間で一番の〝親友〟だって!」


 きっとそうに違いない。

 だって、そうじゃなきゃここまで信頼できる訳がないんだから。


 俺にとっての、人間での一番の友達。

 それがつくしなんだってさ。

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