二人の馴れ初め編
第70話 お祭りにいこう!
長野のダンジョンミミック戦からもう一ヵ月が過ぎた。
夏休みも大詰めで、残り少ない休みを有意義に満喫中だ。
あれからも俺達は二度のダンジョン攻略を行い、世間からの評価も上々。
遥もどうやら受け入れられたらしく、今では批判の声はあまり無い。
しいていうなら富裕層出身の彼女をねたむノイジーマイノリティが声を荒げているくらいか。
もう司条家と関わりがないって公言したのに、いつまで司条家と結び付けて批判しているのやら。くだらないにも程があるな。
「お、この記事って……」
それで今日は学校に行っても何も無かったから家に帰ってゆっくりしている。
澪奈部長から譲ってもらった先週分の新聞紙に目を通しつつ。
俺にとっては情報を得るなら紙の方がずっと楽みたいだ。
「ふむふむ……『新北関東プロチームメンバーでエースだった楠
「キュ!」
「あーちょっとまって、軒下に行くのはこのページ読んでからで」
この新聞のおかげで割と世間の事がわかってきた。
本当ならインターネットとかも覗いてみたいけれども、電波が届かないのではどうしようもない。
部屋の窓から外は見えるのに、なんで電波はダメなのだろうか。
今さらだけどほんと不思議な仕組みだよなぁ、うちって。
「かあーーーなたあーーー!!! あーーーそぼおーーー!!!」
「んなッ!? な、なんだあ!?」
うおお、なんだ!? これってつくしの声!?
もしかして一人で軒下通って来たのか!?
そう思って玄関まで行ってみたけど誰も姿が無い。
母さんもびっくりした顔でふすまを開いて出てきたけど、首を傾げているぞ?
え、もしかしてまさか……!?
そこで俺はふと思い立ち、自分の部屋の窓際まで向かう。
ここからなら家の正面口も見えるからと思って。
そうしたら案の定、Tシャツ短パン姿のつくしが家の前に立っていた。
もしかしてあいつ……叫んでここまで届かせたのか!?
それはそれですごい事だぞ!?
だってここまでは電波だって届かないのに。
まさかこの間のマナティクスライドで発声強化のやり方を覚えてしまったのか!?
たしかに、正面口も含めて軒下エリアだから魔法も使えるけども!
つくしってもしかして、結構な才能肌の持ち主なのでは……。
そうして覗き込んでいたら、つくしが見上げて大手を振ってくれた。
俺に気付いてくれたらしい。
なのでこっちは画用紙を取り出し、大きく文字を書いて見せる。
見えるように太く「三〇分くらい待てる?」と。
するとつくしは両腕で丸を描いてくれた。
よかった、なら一刻も早く彼女の下へ行かなければ。
退屈させるのは俺のポリシーに反する!
『ね、彼方! 今の声、つくしだよね!』
「ああ。だからすぐに外に行くぞ!」
『わぁ! 楽しみだ! 早く抱っこされたいな!』
コンも大興奮で俺の肩に乗ってきた。
やはりつくしと会うのがとても楽しみらしい。ああ、俺もな!
よし、二人で軒下をソッコー突破だ!
――と思って玄関にきた矢先、伸びてきた手がコンの首根っこを捕まえてしまった。
「コンちゃんはお母さんと一緒にいましょうねぇ」
「キュ!?」
なんだ、母さんがなんか捕まえたコンをそのまま抱き締めたぞ。
もしかして俺一人で行けって事なのか?
コンもあんなに楽しみにしていたのに?
「え、でもコンは――」
「彼方」
「え?」
「がんばって!」
「は、はい? わ、わかった、行ってきます……」
うーん、母さんにこう言われてしまったら一人で突破するしかないよな。
ふすまの隙間からは父さんも力こぶを見せてくれてるし。
よくわかんないけど応援してくれるのはとても嬉しいとも思う。
一人で突破するのはしんどいんだけど、まぁなんとかするさ。
応援されたからには報いなきゃね。意図はわかんないけど。
「それじゃあ、今回は全力で突破するか……!」
なので俺は下駄箱に仕舞われた片手剣を一本掴む。
ずっと前に仕舞ったきり使わなくなった、いつかの俺の愛剣を。
これを使えば最速で一五分クリアは行けるだろう。
きっとつくしを退屈させずに済むはず。
よし、さっさと行くとするか……!
とはいえ軒下はそう都合よくいく場所ではないのはわかっていた。
だから頑張ったものの、少し手間取って二〇分もかかってしまった。無念。
それでようやく突破し、家の前に。
つくしが大喜びで手を振ってピョコピョコやってきた。
「きたきた! あれ、彼方が小剣使うなんて珍しいねー」
「今はもう使ってない武器だしな」
「前は使ってたんだ。レベルは――あ、はい。察しました」
「まぁもう驚く事じゃないか。それで今日はどうしたんだ?」
そう、俺のレベルなんてどうでもいい。
どうしてつくしが家にまでやってきたのか、その理由がとても気になる。
気になるんだ。なぜか。
「あ、えーっとねぇ……実は今日、家の近くのあの河川敷で花火大会やるんだよね」
「ああーこの間言ってたやつか。祭りなんだっけ?」
「そそ! それでせっかくだからさ、い、一緒に遊びにいこーっ!」
「おお……!」
これは思ってもなかったサプライズ!
俺は祭りなんて行った事が――あるけどほとんど覚えていないから。
この地元でずっと小さい頃に行ったきりで、もう記憶も薄れてて。
だから誘ってもらえてとても嬉しい!
つくしとならなおさら楽しく回れそうだしな!
あ、でも……
「でもいいの? 俺、浴衣とか持ってないよ?」
「いいっていいってそんなの! あたしも無いし!」
「あ、そうなんだ。てっきりつくしは後で着替えるのかなって思ってた」
「持ってる方がすごいんだってー。あたしにお金が無いの知ってるでしょ!」
「そ、そうだった!」
「んじゃいこー!」
……前、祭りの話題が出た時に澪奈部長が言っていた。
「祭りと言えば浴衣っしょー!」だなんて。
だから浴衣を持っていない俺には縁がないと思い込んでいたんだけど。
でも今、つくしがまた俺の手を引っ張ってくれている。
それだけでもうそんな事なんてどうでもよくなっていた。
ただ彼女と楽しめるなら、それだけで嬉しく思えてならなくて。
「具体的に祭りって何をするんだろう?」
「えーっとねー、屋台でたこやき買って食べてー、屋台でかき氷買って食べてー、屋台でりんご飴買って食べる!」
「買って食べるだけじゃんか!」
「それがいいんだよぉ! あ、ちゃんと途中の花火は場所見つけて観ようね!」
こうして食欲とかが迷い無く出てくる所がつくしらしい。
そんな些細な話がなんだかもう面白くて、俺達は笑わずにはいられなかった。
もうこれだけで軒下を越えた甲斐があったってもんだ。
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