第58話 紆余曲折(彼方&遥視点)
「澪奈部長、ファンレターの事いつまで引きずってるんすか」
すえつぐの突撃レポートからもう一ヵ月。
あれからというものの、部室に行くといつも黄昏れた澪奈部長がいる。
狭い窓の枠に腕をかけ、空をじっと眺めるだけの。
湿気が入るからやめて欲しいんだけど。
「先日の攻略では見せ場作ったじゃないですか。あれで結構人気出たと思いますけど?」
「そうね、そう……けどねぇ、あの時失ったファンレターはもう帰ってこないんよ」
「すえつぐの次の企画に期待しましょ? ファンレター開封動画、人気だったじゃないですか」
「彼ねぇ、あれ結構面倒臭いんだってぇ」
「ああそう……」
なんだか五月病みたいな雰囲気だけどもう六月なんだから立ち直って欲しい。
キャラ造りで迷ってるのはわかるんだけどさ、悩みすぎじゃないかな。
ほら、モモ先輩が一人寂しそうにスマホいじっているし。
つくしもこれみよがしにお菓子独占してるし。まぁこれはいつもの事だけど。
「あんなにお好きな金一封もらったんだからもういいじゃないですか。まぁ中身全部千円札だった訳ですけど」
「はぁ~~~ん!! 笑いなさい、笑えばいいのよ、三千円でスリーサイズを売った女ってぇ~!」
この人結構面倒臭い……!
最近は特に雨降る事が増えたから、憂鬱な気持ちが流行りやすいのかな。
「晴れてトップオブトップスの一位にのし上がりましたし、報酬もすごくなったでしょ? だからもうそろそろ元気になってくださいね」
なんか構っていても泥沼にしかならなさそうだし、今日はもう放っておく事にしよう。
それにしても、司条遥が姿を消してもう一ヵ月以上か。
失踪したとかいう噂もあるくらい音沙汰ないし、大丈夫なのだろうか。
そのきっかけを作ったのは俺達だけど、今は少し心配だ。
「いやー日本ランキング一位はいいですなぁ! こんなにお菓子を食べても文句言われないっ!」
「食べ過ぎると後が怖いわよ……」
「学校の待遇もなんかおかしいくらいに良くなったよな。まぁ部室は最初から応接室の一つだし、相当に資金が流れているんだろうなぁ」
司条遥との戦いを経て、宝春学園はランキングトップに輝いた。
元々のトップが消えて、かつそのトップが勝てない相手を瞬殺した結果である。
ただ司条遥の消え方があまりにも唐突で、不自然だった。
だからと紅先生経由で委員会に問い合わせてみたのだけど。
まさか世論を重視してダンジョン界を追放、だなんて。
あいつの戦闘能力は間違い無く高いはず。そこは疑いようもない事実だ。
なのにこうも簡単に切り捨てていいのだろうか。
もし反省しているなら、もったいないし復帰させてもいいんじゃないか?
その辺り、委員会側にもどうも煮え切らない感がある。
中途半端に対応しないでストイックに考えた方がいいと思うんだけど。
全国的な戦力不足に変わりは無いのだし。
本人にやる気があるのなら、が前提だけどな。
「なんか彼方も憂鬱ってるぅ?」
「うーん、澪奈部長の雰囲気に取り込まれたかな? まぁ色々思う所があるんだよ」
「まー全部の問題が一挙に解決しちゃったしー? あとは戦うだけだからちょっとくらいは悩んだっていいよねー」
「そうね……覇者の特権よ。魔王彼方だって鬱い時はあったっていいもの」
「いや俺はそこまで苦悩してないんすけどね」
まぁ正直、この部が相変わらず緩すぎて何したらいいか未だわからない。
そもそもが集まる理由も無いのに毎日こう集合するし。
だからついグルグルと思考を回す事が捗ってしまう。
とはいえ、つくし達とこうやって喋るのも悪くないけども。
最近は教室でも喋る事が増えたし、学生生活はとても充実している。
一瞬でトップオブトップスになって、しかも一位になったのだからなおさらに。
推薦してくれた匠美さん達や東北チーム、麗聖学院には感謝しかないな。
報酬が増えたおかげで、最近はよくみんなで外食したり遊んだりが増えたし。
ま、その分だけ忙しくなるのだけど。
勉強もがんばらないといけないな。
もうすぐ中間テストだし、すぐ期末テストも来るだろうから。
ああ、やる事が山積みだ。
しばらくダンジョンが沸かない事を祈るばかりだよ。
◇◇◇
「いらっしゃいませ~ですわ!」
紆余曲折あってコンビニのアルバイトを始めて三日。
ようやくお仕事にも慣れてきましたわね。
遂に先日、膨大な商品の場所をすべて把握しきる事ができましたわ!
さすがわたくし、頭の造りが優秀過ぎて笑いが零れそう。
しかし惜しむらくは縦ロールが店長に封印されてしまった事かしら。
そのおかげなのか、お客様からは普通に対応させていただいておりますの。
どうやらわたくしが司条遥であると認識されていない模様。解せませんわ。
ああ、以前の生活がもう懐かしい。
コンビニ弁当はすでに食べ慣れましたが、やはり高級食と比べてしまうと……。
……でも、このままで良いのかもしれませんね。
もうわたくしは司条を名乗る事などできないのですから。
そう、今のわたくしはただの遥。
日々一万円も稼ぐ女、コンビニバイト遥ですわ。
「遥、ちょっとバックヤード下がるから対応しといて頂戴」
「わかりましたわ店長様」
そんなわたくしを雇ってくださった店長には頭が上がりませんわね。
最初に助けていただいた時は救世主とさえ思えました。
今ではこうして働き方まで教えてもらえたのですから。
「八六番」
「え?」
「八六番だよ、早く」
あら、お客様ですわね。
でも時々いらっしゃるのですのよね、こうして不愛想な事を言う方が。
まったく、何が八六だというのかしら。
もう少し店員側がわかるよう口を開けないのでしょうか?
「わたくしは八六番という名前ではありませんわ」
「お前の名前なんて呼んでねぇよ! タバコだよタバコ!」
「八六番というタバコの銘柄はございませんわ」
「ちげぇって! 棚の番号あるだろうが! こっちは急いでるんだよ!」
「ああそういう事ですの。なら最初からそう言えば良いですのに」
この仕事を始めてからというものの、末端の末端を垣間見る事ができました。
中にはこうして人へ物を伝える事さえ不自由な人間がいるのだと。
実に嘆かわしい事ですわね。
「こちら一点で四四〇〇円になりますわ」
「なんでカートンなんだよ!? 一箱でいいよ!?」
「どうせ買うならまとめ買いをして寄り道をしない方が高効率と思いますが? 今ですとボックスで提供する事も可能ですわ」
「そんなまとめて買う金、持ち合わせてねぇよ!」
「あら残念。箸と袋は付けますか?」
「どう考えてもいらねぇだろ!? 何考えてんだお前は!? 外国人より面倒臭いな!?」
「実は後ろの賞品クジがもうすぐラストワン賞なのですがいかがかしら?」
「え? もうすぐラスワン? あ、いや要らねぇってえ!!! だから早くしてよぉ!!!!!」
はぁ、急げという割には成す事すべてが低効率過ぎますわ。
すべてに余裕をもって動く、それが成功の秘訣だというのを知らないのかしら。
ラストワン賞のフィギュア、とても良い物ですのに。
仕方ないので一箱だけタバコを渡して差し上げました。
そうしたら小銭だけを置いてさっさとレジから離れてしまわれましたわ。
ウチ、お客様対応の精算システムなんですけれど?
まぁそうすると思い、既に対応してあったので問題ありませんが。
「お客様お待ちください!」
「あ!? 今度はなんだよ!?」
「レシートをお忘れですわ」
「ああもういいよ! いらねぇよ!」
領収書もいらないなどとは。まったく、計画性の欠片もありませんね。
いくら底辺に落ちてもあのような粗暴さにだけはなりたくないものです。
「遥、また客と衝突したね? これでいったい何度目だい?」
「いざ仕方のありません事ですわ。言葉が不自由な方への応対に思考力を割きたくはありませんの」
「はぁ~~~! アンタねぇ、もうちょっと柔軟に動けない? 元お嬢様だかなんだか知らないけど、ちょっと気取り過ぎだよ! 嫌な客に対する気持ちはわかるけどさ!」
「これがわたくしのアイデンティティなのです。譲れない願いなのですわ」
「ちょっと理想と現実をごっちゃにしすぎじゃないかい? 頭ダンジョンなのかい?」
そうですわね。ダンジョンに未練はまだあります。
しかしもうそれも叶わないのならわたくしは別の理想を追い求めたい。
わたくしがわたくしでいられながらも生を享受できる人生を。
なおこの後も二度お客様と衝突。
なので店長からこっぴどく怒られた結果、コンビニバイトもクビとなりました。
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