第57話 ついに勘当されましたわ(遥視点)

「司条遥さぁん、いるんでしょお!? 家賃滞納しないでくださいよぉ!」


 司条家を追い出されてから一ヵ月半ほど。

 やっとの事で新居を見つけて落ち着いていたというのに。


 くっ、六本木の賃貸マンションでは一ヵ月住みが限度ですって!?

 明らかにおかしいですわ。一千万円あったはずがもう残りたった五万円!?

 たしかにお家賃は月々百万とは言われましたが。


 高級家具の数々を揃え、毎日の食事は出張シェフの最上級料理。

 いつも通りの生活を嗜んでいたらあっという間にお金が無くなってしまいました。


 おかしい。

 明らかに足りませんわ。


「この物件は滞納禁止って契約時に伝えましたよねぇ!? 出てきてくださいよぉ!」


 わたくしはあれからずっと委員会からの参戦オファーを待っていたのですが。

 しかし一向に連絡が来る気配が無い。


 それはきっと最重要攻略案件のために機会をとっておいてくれているのでしょうが、それでは稼ぐ事ができません。

 せっかくダンジョン攻略を専業化する事に決めましたのに。


 経営学などはこれから学ぶ予定でした。

 ですがその機会を得る前に家から追い出された以上、わたくしに残されたのはもはやダンジョン攻略だけ。

 だからこそわたくしの実力をどこでも発揮できるよう待っていたのですけど。


「出てこないといい加減警察呼びますよぉ!?」

「仕方ありませんね、ひとまず事情を説明する事にしましょうか」


 ええい、わたくしが感傷に浸っているというのになんて無粋な。

 仕方ないのでさっさとここから立ち去って頂きましょう。


 そう、わたくしは司条遥!

 大財閥司条グループをまとめる司条家の三女にしてダンジョン界の女王なのですから!





 

「マンションを追い出されてしまいましたわ。解せません」


 なんという事でしょう。

 いくら説明してもあの大家は言う事を聞いてくれませんでした。

 それどころか今月分の不足家賃と違約金として家具をすべて没収されるとは。

 なんという悪徳大家……あとで警察に垂れ込むとしましょう。


 さて、残金はあと五万円。

 これでは今日の食費さえまかなえませんわ。


 ああ、そうも思うとさっそく空腹感が。

 しかしこの雑多な場所では高級レストランもなさそうですわね。

 それどころか庶民だらけでもう息が詰まりそう。


 それにしても、どうしてお父さまはたった一千万だけを渡したのでしょうか?

 あんなはした金、一~二ヵ月で使い切ってしまうでしょうに。


 あっ、そうですわ!

 きっとこれは間違いなのです。そうに違いありませんわ。

 本当は一億円ほど入れておく予定が、桁を一つ間違えたのでしょう。

 ふふっ、お父さまったら意外な所で抜けておりますわね!


 ではさっそく電話をかけてみるとしましょうか。


『――は、遥か?』

「はい、そうですわお父さま」

『そ、そうかぁ~……オホン、元気そうでなによりだよ』


 ああ、お父さまの声は相変わらず落ち着きますね。

 きっと今まで心配してくださったのでしょう、声が僅かに震えておりますわ。

 昔からわたくしの事を色々と愛してくださったから……。


『電話をかけてきたという事は、もう軌道に乗ったとみていいかな? 君の事はあえて調べないようにしておいたのだが、その様子だと心配はなさそうだね』

「その事なのですが、実は手違いがありまして」

『手違い? それは一体何かな? 場合によっては手を貸す事も吝かではないよ』


 ああ、さすがお父さまですわ!

 やはり今でも愛してくれているのですね。手を差し伸べてくれるだなんて。


「ええ、実は最初の支度金が一千万円しか入っておりませんでしたの」

『……え?』

「おそらくは一億を振り込む所を一桁間違えたのかと。ですので残金をすぐに補填して頂きたいのです」


 ふう、これで一安心ですわ。

 ではさっそくさっきのマンションに戻って新居を取り戻す事にしましょう。

 あそここそわたくしが厳選した上でもっとも相応しい場所なのですから。


『遥、もしかして……い、一千万円をもう使い切ったのかい?』

「はい。あっという間の事でしたわね」

『投資とか起業資金にしたのではなく?』

「えぇ、ダンジョン委員会からの連絡を待っていたので、生活費で」

『生活費……!? いっせんまんを、いっかげつの、せいかつひ!?』


 あれ? おかしいですわね。

 お父さまが今までに聞いた事もない素っ頓狂な声を出しておりますわ。

 そんなに驚くべき事なのでしょうか?


『……遥、私はもしかしたら君を甘やかしすぎたのかもしれない』

「え?」

『こんな事になるとわかっていたら、君を最初から人形のごとく家に置き続ける方がずっと幸せだろうと判断していただろうね』

「な、何を言って……」

『でももう、私にできる事は無いよ……君はもっと世間を知らなければならない』

「え、え!?」


 どういう事ですの!?

 この流れは一体!?

 補填は!? 手助けは!?


『さようならだ遥。もう私や司条グループに頼る事は諦めたまえ』

「ちょ、ちょっと待ってお父さま!? お父さまあ!?」


 あ、電話が切れた……。


 かけ直してもダメですわ、電話が通じなくなってしまった。

 そんな、そんな事って……。


 わたくし、お父さまにも見捨てられた……?


 あ、ありえませんわ。

 あれほど愛してくれたお父さまがわたくしを見捨てるなんて。

 それほどまでに幻滅する事をしてしまったというの?


 わたくしが、一体何を!?


 わからない、まったく見当もつかない。

 どうしてなの、誰か、誰か教えてくださいませ……!


「あれ、ひょっとして司条遥じゃね?」

「本当だ、本物じゃねーか!」


 ……なんですの? チャラチャラした男が二人こっちを見ている?

 まったく、人が悲観的になっている時にデリカシーの無い。

 庶民というものは無粋にも程がありますわね!


「なーお前、本当に司条遥?」

「そうですが何か?」

「ははっ、マジだ! あの司条遥がコンビニ前で座ってやがる!」

「ざまぁねぇ~~~! ギャハハハ!」


 なんて下品な笑い方。

 こんなのに絡まれるなんて最低ですわ。

 ああ、こんなのはもう魔物とも大差ありませんね。討伐してやりたいくらいです。


「ガッコやめたのは聞いてっけどよ、まさか本当に家出したのかよ!?」

「噂じゃ勘当されたとかって話だぜ?」


 くっ、その通りだから言い返せない。

 なんて事なの、噂っていうのは数秒単位で広まるのかしら!?

 たった今勘当されたばかりですのに!


「しっかしほんとザマァねぇな。ダンジョンにも呼ばれなくなったらこんなもんか」

「でもいいよなぁ、ダンジョン委員会に嫌われてもよぉ。いざとなったらパパァ~とママァ~が助けてくれるんだろぉ?」

「えっ……? わたくしがダンジョン委員会に嫌われてる……?」

「おっ、コイツ何も知らねーでやんの」


 な、なんですの、この男達!?

 彼等が一体何を知っている!?

 わたくしが知らぬ内に一体どういう事になっているというの!?


「お前はもうダンジョン攻略に呼ばれねーんだよ!」

「つかあんだけ庶民煽っといてよく人の前に顔出せると思ってんな。なぁ家無し上級国民さんよぉ!」

「なっ!!!??」


 え、嘘、それは一体どういう事ですの?

 わたくしはもう、ダンジョンに呼ばれない!?


 わたくしの唯一の長所がもう活かせない、ですって?

 何かの冗談、ですわよね……!?


「まぁでも顔は可愛いし? 体を売れば生きる事は簡単そうだよな」

「なんなら今日俺んち来ない? 五万で一晩中かわいがってやんよ。ははは!」

「馬鹿に……馬鹿にするなあっ! わたくしは司条はる――おぶっ!?」


 うっ!? 顔を掴まれた!?

 この男達、女に対してなんて容赦の無い!?


「あんま人なめんじゃねぇぞテメェ。お前を怨んでる奴なんかごまんといんだ。この場で殴ってやったって誰もかばいやしねぇぞ!?」

「ひ、ひい!?」

「そうだぜぇ? お前の事を知らない奴なんていないんだよ。そしてお前がやらかした事もな」

「あ、ああ……!?」


 ち、違う、この男達はわたくしを女として見ていない。

 まるで汚物をみるような眼で見下してきている!?


 あの黒い魔物と、同じように……!?


「ひ、ひいいい!? や、やめて、やめてえええ!?」

「お? なんだこいつ、勝手にビビリやがった」

「引っぱたいて黙らせればいいんじゃね?」

「いやああああ!!!」


 怖い、怖い、怖い!

 どうして、怖くて顔が上げられない!

 この男達が怖くて、もう、何も、考えられない……!


「アンタ達! 店の前で騒ぎ起こさないでおくれよ! 客が寄り付かなくなるじゃないか!」

「えっ!? あぁ、すんませぇ~ん」

「ちっ、しらけた。もう行こうぜ」


 え……誰、ですの?

 わたくし、助けられた?


 あの老婆の方が助けて、くれた……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る