第59話 花は泥臭くとも咲き誇る
「やっと夏休みだーっ! あっそぶぞーっ!」
なんとか期末テストを乗り切り、待望の夏休みがやってきた。
今日は部活も攻略情報も無いという事なので、つくしと一緒に帰ることに。
この河川敷を二人で歩くのはもう何度目だろうか。
テスト自体はちょっと不安だったけど、結構よい結果に終わった。
ダンジョン攻略で授業が遅れる中でもよくやれたと思う。
おかげで休み中はゆっくり軒下魔宮を周回できそうだ。
「まぁつくしは追試があるんだけどな」
「そうだった! えっへへー……」
「ま、俺もどうせ夏休み中は毎日学校に行かないとだし、勉強とか対策には付き合えるよ」
「ホント!? やったぁ~! 一人で補習とか受けるの寂しくてさぁ~!」
とはいえ、俺だけは毎日学校に赴かなければならない。
ダンジョン発生時に対応できないと困るしな。
家にいるとスマホも電波が通じないのは以前に証明してしまったし。
まぁ別に苦とは思わないけど。
特に七月中なら、期末テストをしくじったつくしが補習と追試のために来る。
一人より二人なら退屈せずに済みそうだしな。
「数学苦手だろ? だったら俺が教えようか?」
「おおー助かるぅー! 彼方先生よろしくお願いしま――あれ、なんか飛んで……」
「むっ!?」
なんだ!? 何かが来る!?
いきなりすごい勢いで何かがこっちに向かって飛んできた!?
あ、あれは――フナだ!
大きなフナが川の方から空を飛んでくる! なんで!?
咄嗟に身構え、つくしを腕で制する。
すると俺達の前にフナが落下し、そのままビッチビッチと跳ね始めた。
「魚、だねぇ」
「うん、魚だ」
「魚って空飛ぶの?」
「しらん!」
「いけないいけない、つい力を入れ過ぎてしまいましたわ~」
「「えッ!?」」
しかもその直後には近くの茂みが揺れ、人影が姿を現す。
それもあろうことか、見た事のある面影の人物が。
「あっ!? あなた達は間宮彼方に虹岡つくし!」
「んなあっ!? ま、まさか司条、遥……!?」
「ええその通りですわ! ここで会ったが百年目ですわオーッホッホッホ!!!」
「ウ、ウソーッ!?」
このアホみたいな高笑い……本物だ。
本物の司条遥が俺達の目の前にいきなり現れた! フナを追って。
それでもってフナの尾を掴み上げて得意げな笑みを向けて来る。
だがなんだ!? 以前のあいつと全然違うぞ!?
服はグチャグチャのボロボロだし、肌も泥塗れで黒かったり茶色かったり。
自慢のドリルロールは一応残っているけど毛がハネハネですごくワイルド!
そして臭う! 離れているけど異臭がすごい!
雨の日の翌日に牛乳を拭いてそのままにした雑巾の臭いがするぞ!?
「うふふふ、まさかあなた達とまた会える日が来るとは思いもしませんでしたわ」
「うぶっ、ごのにおい、やば、喉にぐる!」
「た、耐えるんだつくし!」
「オーホッホッホ! わたくしのかぐわしい香りに耐えられぬなど、腑抜けてしまったのですか、宝春学園は?」
な、なんなんだ別のベクトルで進化してないかこいつ!?
性格は以前と変わらないのに別の意味で攻撃力を増しているぞ!?
俺も結構キツい! 耐えられるのか!?
「い、一体何があったんだ司条遥!? というかどうしたらそうなるの!?」
「あぁこれですの? 司条家から勘当されまして、紆余曲折あった結果ドブ川のほとりに住み着く事になりましたのよ」
「紆余曲折の振れ幅がおかしい!」
「うふふっ、最初は戸惑いましたが住めば都。草々の上で寝れば気持ちよいですし、こうして野魚を捕まえて食べればなんと一日のコストゼロですわ! これこそ究極の節約術といえましょう!?」
色々おかしい。何か間違ってる。
効率を重視しているのはわかるけど突き詰める先がまったく理解できない。
「その魚喰うの!?」
「当然ですわ。これは本日のごちそうですのよ。初めて食べた時は泥臭くて食べられたものではありませんでしたが、慣れてみると意外とイケるものですのよ」
「慣れるくらい食べたの!?」
「今では深みあるテイスティを感じられ、もはやコンビニ弁当になど帰れません。このフナこそ高級料理をも超越する至極の逸品ですわぁ!」
この三ヶ月で本当に何があったの!?
もうどん底どころか底を掘り返して深みを目指しているレベルじゃないか!
「そしてわたくしはこのドブ川のほとりに住む事により、真の自由を勝ち得ました」
「自由、だって……!?」
「そう。今まで司条家という名に縛られ、頂点を目指すという目標に囚われ、世間の目というしがらみに惑わされ続けた。しかし今! わたくしはそのすべてから解放され、遂に真の人生を取り戻したのですっ!!」
「お"ッ、もうム、無理ウボロロロロ……」
「あ、つくし! 吐く時は口を手で抑えちゃダメだ!」
なんてこった、あっちもこっちも大変な事になっている。
もう収集がつかないぞ、っていうかどっちもどうしようもない! 大惨事だ!
「ゆえに今のわたくしは司条遥ではありません。ドブ川の女王、ドブ川遥ですわ!」
遥の方に関してはもう完全に手遅れだろう。
どうしたらここまで誇らしく堕ちられるのか教えて欲しいくらいだよ!
知りたくも無いけど!
「な、なんかもうあたし達の知る司条遥じゃないね」
「うん、あれはもう別物だと思う。本物はそう、空の遥かに消えたんだ」
「今ね、ミニ遥が棒高跳びで限界の壁を飛び越えて空に消える姿が見えたよ」
しかし相変わらず高笑いがうっとおしい……ッ!
でも……なんだろうな、不思議と以前のような嫌気を感じない。
それは彼女が底辺に堕ちたからなのか?
「……おかげでわたくし、以前のような物事への執着心が薄れましたのよ。だから間宮彼方、今ではわたくしはあなたにむしろ感謝しているのです」
「えっ……?」
「ここまで堕ちる事で見えるものもある、そう教えていただきましたから」
……なんだか変な話だ。
今のコイツは昔の俺と同じ立場まで堕ちたっていうのに。
それなのに、そのきっかけを作った俺に感謝するなんてさ。
まるでお前を恨んだ俺と真逆じゃないか。
そうもなると、あの時恨んだ事が恥ずかしいと思えて来るようだよ。
「じゃあもうダンジョン攻略には復帰しないのか?」
「したくともできないでしょう? なら今の人生を謳歌するだけですわ。わたくし、今はとても充実しておりますの。お風呂に入らない事さえ気にならない自由を満喫ですわ」
「いや、そこはせめてなんとかしない?」
「この臭いも慣れれば気になりませんし、問題ありませんのよ」
「もう完全に女の子としてのデリカシーさえ失っている!」
「そのしがらみからも解放されたのがわたくし、ドブ川遥ですもの! オーッホッホッホ!!!」
ま、いいか。
今のこいつを見ているとそんな事さえどうでもよくなる。
自由に生きたい……そう願う事に関しては完全に同意だからな。
元気に生きているなら、それでいいさ。
「では再会の記念にこのおフナはいかが?」
「いらん」
「あらもったいない、とてもおいしいですのに。では失礼」
そんな遥は茂みの中に消えていった。
残された俺達は揃って唖然としながら眺めるばかりだ。
「行っちゃったね、遥」
「本当に川沿いに住んでるんだな」
嵐のような登場だったから未だ実感がわかない。
前のあいつをよく知っているから夢や虚構とさえ思えてくる。
けどつくしが俺の手を掴んだ事でやっと実感するんだ。
これはまだ現実なんだって。
「お腹のもの全部吐き散らしちゃったし、すごいお腹すいちった!」
「うん、だけどその、それを抑えた手で掴まないで?」
「もうすぐあたしん家だし、せっかくだからお昼ご飯食べてかない!?」
「えッ!?」
「んふふー、実は昨日煮物とカレーを作り過ぎちってさー!」
「煮物はわかるけどカレーは冷凍保存できるって話じゃない? あとどうしてその組み合わせを一緒に作った!?」
「まぁまぁ堅い事は言わずに!」
「お、おう!」
そしてこうしてつくしが手を引いてくれているのも事実。
だから俺はこの夢のような現実を潔く受け入れる事にした。
今の方がずっと楽しくて、最ッ高に青春してるなって思えたから。
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